103:真なる迷宮に、ダンジョンマスターは戦慄する
《ダンジョンマスター・マリアが、配下に加入しました》
《ダンジョンコアの統合を行っています》
《ダンジョンマスター・マリアが有するダンジョンの、閲覧・編集権限を付与しています》
《最適化しています…》
《最適化しています…》
《最適化…》
バーサスモードを介して《侵食》しきったサツキの時とは違い、禅譲というか、平和的な配下加入の際には、このように相手の権能を取り込むようなプロセスが発生するらしい。
「あ、あの、マリアさん、大丈夫ですか?」
その際、何やら負荷がかかっているのか「んっ」とか、「あっ」とか、頬を染めながら艶めかしい声を上げるメイドさんに、タツキはあわあわする。
「し、失礼いたしました。メイドとして、理想の主にお仕えできたという喜びと、んっ、そして、認知可能となったご主人様の強大なお力への畏怖…。その2つの感情が溢れだし、不覚にも恍惚としておりました」
「…さ、左様でございましたか」
そして、斜め上の彼女の言葉に、タツキはすん、と冷静さを取り戻す。
けっして、すすす、と彼女の斜め後ろに回り込んで、げっ歯類ほっぺで睨んでくるチェリに恐れをなしたわけではない。
ほ、ほら、クールビューティーさんが見せる隙って、よりぐっと来ない?
ね、ロベルト、ヴォルドガング、ウォルフ?
いまだご立腹な様子のお姫様に、これは男子の生態だから仕方ないよねアピールをすると、大人な2人はあいまいな笑みで受け流しにかかる。
「――ふーん。お兄さんにも隙が有効、っと」
一方、思春期も終盤な年代であると思われるウォルフは回避に失敗し、赤面したところをルートに弄られている。
「むむぅ、隙を見せる…?」
その様子に、チェリもげっ歯類ほっぺを解除し、思考モードに入ったのだが、君の場合はいつも隙だらけなので、みんな、ほほえましく見守るだけかなぁ、とタツキは苦笑せざるを得なかった。
「先ほどは失礼いたしました。ご主人様、統合が完了したようです」
そして、そのタイミングで、再起動でもしたかのような冷静さでマリアが言う。
「どれどれ」
と、タツキが《ダンジョンマスターの本能》を覗くと、
「え…、ちょ、深くない?」
そこに示されていた情報に我が目を疑った。
「ダンジョン深度は、おおよそ《ダンジョンランク+N階層》と冒険者ギルドでは教えられており、その法則からは逸脱しておりませんが?」
72階層。
それが、ダンジョンマスターの本能内で俯瞰できるようになったマリアのダンジョンの全てだ。
それを知り、タツキは心中で***の叫びのような顔になる。
お、俺のダンジョン地下3階…。もしかして、これ、マズいのではなかろうか…?
しかも、コア周辺にある部屋はダンジョンチームの私室と大浴場、そして、食堂兼会議室の、マオウ椅子の間のみ。あとはトイレと倉庫ぐらいだろうか。
比してマリアのダンジョンは。
階層を重ねるごとに少しずつ強くなるモンスター。
徐々に広がるマップに、ひっそりと配される一攫千金の隠し部屋と、凶悪なモンスターハウス。さらに潜ればパーティー分断の転移トラップが現れ、それらを乗り越えた先には、立ちはだかる名のある魔人たち。
これら圧倒的な困難と、ひりつくような死の気配を感じながらも、冒険者たちはそれらを掻き分け進まねばならない。なぜなら、国家の経済や、趨勢すらも決めかねないマジックアイテムが、このダンジョンの深奥には、確かに存在するのだから。
「こ、これが、正当な、ガチのダンジョン…」
気が遠くなるほどのテストプレイとデバック。幾多の人命を投じることで磨き上げられた、ロジカルな狂気をはらんだ美学。それにタツキは打ちのめされる。
「え、ええと? 《N》は…ランクの累乗…、と言われていますが、なぜ今…その話題に?」
虚空に視線をさまよわせ、あわあわするタツキが気になったのか、あるいは、ルートのさらなる追及から逃れたいのか、ウォルフが話題に乗っかってくる。
もちろん、タツキ以外、マリアがダンジョンマスターであることに気づいている者はいない。
「累乗なのかぁ…。ってことは逆算すると…」
「はい。私のランクは8でございます、ご主人様」
「えっ、ランク8!? い、いや、そうじゃなくて――」
若干、タメを作ってタツキは嘆く。
「――も、もしかして俺、地下3層じゃなくて、ほんとは100層越えのダンジョンを作ってないとダメだったのか?」
ダンジョンタウンの構築なる、チート級の横紙破りをしておきながら、タツキのメンタルは横並び大好き民族、**人のそれである。この世界でだいぶ鍛えられたとはいえ、基準値を大きく逸脱してると知らされることで、大変不安になったのだ。
それが顔に出ていたのか、あるいは、よほど情けない声だったのか、もしくはその両方か。
「がーっはっはっ!」
「はははっ、ダンナ、いまさら何を言ってるんっすか?」
「タツキ様らしい悩みかたですよね」
「ああ~、分かります。御屋形様って、時々可愛いですね」
「ううん、結構たくさん、可愛いの」
「ええっ、聞きたいです! 教えてください、御台所様っ!」
ダンジョンチームの面々に生暖かく慰められてしまう。
いや、後段はからかわれている?
「ああ――、死にゆく恐怖、生に対する渇望、そして、財宝に対する執着。それらどれでもないエーテルは、なんて暖かくて、そして柔らかいのでしょう」
そして、通常のダンジョンでは生まれることのない、あっても稀だと思われる思いの奔流に、マリアが優しいほほ笑みを浮かべるのだった。




