102:新たなる仲間を、ダンジョンマスターは得る
このような手段があったとは。
その事実を目にしたとき、彼女は、いや、彼女を宿し、彼女を模したそれは、驚きと感動のあまり、危うく地面に膝をつくところだった。
結果だけ見れば、なんてことはない。
ほんの少しの発想の転換に過ぎない。
しかし独力では、彼女は永遠に、それに気づくことはなかっただろう。
これまでの彼女が知る限り、すなわち、彼女が稼働し、少しずつ成長してきた永い年月の間に。そのような噂は、そのような機能と形態を持った《ダンジョン》の存在は、一度たりとも耳にすることがなかったのだから。
「来たかいがありました――。ワタシがお仕えするに、ふさわしいお方のようですね」
そう、彼女は呟いて、この奇跡のような、優しくも力強い領域に手を伸ばした。
***
メイドさんである。
艶のある赤毛。そのてっぺんを飾るホワイトプリムから、足先の、きれいに磨かれた革靴にいたるまで、100%メイドさん、である。
「これはこれは、チェリシエル様。このような所でお会いするとは。そしてロベルト様までいらっしゃる。――やはり、何か運命のようなものをを感じますね」
しかも、何故かチェリとロベルトの知己である。
「えっ? あ~っ!? も、もしかして、マリアお姉ちゃん!?」
「いや、すげぇ偶然だな。そして全然変わってねーのな。その恰好、今でもどこかでメイドとして働いているのか?」
ダンジョンマスターの本能が反応する相手を、あきらめの境地で招き入れたらメイドさんだった。しかも、仲間たちの知り合い。
タツキにしてみれば、何を言ってるのか わからねーと思うが俺も何をされたのかわからなかった…(後略)、な気持ちで一杯である。
しかも彼女は、
「いいえ。ワタシはここの主にお仕えしたく、はるばる王都から参上したのです」
などど、真摯なまなざしでこのようなことをのたまう。
「ここの主? 少し前に逃げてった貴族の末のことか?」
それはやめた方が良いと思うぜ、と、ロベルトが困った顔をするが、チェリはピンときたようで、
「もしかして――、タツキ様ですね」
と、嬉しそうな顔をする。
「はい、チェリシエル様。――いえ、もう、奥様とお呼びした方がよろしいでしょうか?」
長旅を思わせない、清潔感溢れるメイド服。ヘッドドレスやカフス、エプロンは純白であり、クラシックなワンピースは埃ひとつない漆黒である。
そして、人形のような無機質を感じる、しかし、整ったなかんばせ。
《配下加入の申請がありました。受諾しますか? 申請者はマリアです》
そんな彼女が、無言でタツキと向かい合う。
「何故なんだ?」
なぜ対等の同盟ではなく配下なのか。
そう、タツキは問うたつもりだったのだが。
「――メイドとは、主を得てこそ輝くものなのです」
「あ、ああ、そういう…」
その一言でタツキは理解してしまった。
というか、経験上理解せざるを得なかった。
幻視したのは、あの、白い部屋で相まみえた絶対的強者たち。
要するにこの人も、彼女ら同様、どこか頭のネジが抜け落ちたゴーイング・マイウェイなタイプなんだろうなぁ、という理解に、半ば強制的に至ったのである。
というわけで、助けて。知り合いなら、ちょっと説明して――、な、視線をチェリに向けるも、
「おくさま、えへへ、おくさま」
みたいな感じになっていて、使い物にならない。
この辺は、記憶があろうがなかろうが変わっていないようだ。
次いでロベルトの方を見れば、
「いいんじゃねーか? マリアは滅茶苦茶優秀で、王宮でも噂のメイドだったんだぜ」
軽い調子でそのようにのたまうではないか。
そして、クロベニに視線を向けて、
「あの~、御屋形様、こっちにも対応して頂きたいというか…」
「あっ!?」
進行中のもう一つの案件を、すっかりと放置していたことに思い至る。黙秘によって取り調べが中断した形となっている神父然とした男も、若干戸惑っておられるご様子。
「僭越ながらご主人様」
「は、はいっ!?」
まだ配下の受諾はしていない。していないのだが、彼女の深みある声で「ご主人様」などと呼ばれると、首の後ろ辺りがむずむずするのは、女子の掌の上で転がされることを運命づけられた、男子という生き物の本能であろうか?
「ワタシをお雇いになれば、このような些事は、すべて私が対応させていただきます」
「これ、些事っすか?」
タツキは苦笑する。
しかし。
「はい。些事でございます。終末思想を有するカルト教団の末端が、その教えどおり世界の白化を促進しようとして、ご主人様方に阻止されただけのことですから――」
「…え? ちょ、ええ!?」
「――些事でございましょう?」
《ダンジョンマスター・マリアが、配下に加入しました》
マリアのその一言で、タツキは即決した。
彼の次なる目標はスローライフである。
このような厄介事を些事と言い切る彼女を配下に持てば、タツキののんびり生活は約束されたもの――、ではなく。
「ははっ。そっか、これは些事なんだ」
「はい。ご主人様」
彼女の、その心意気、ブレのない思いに、何か感じ入るものがあったのだ。
ダンジョン・タウンの一員に、ふさわしいのではないか、と思ってしまったのだ。
「ありがとうございます。誠心誠意、お仕えさせていただきます」
そしてマリアは、深々と一礼するのだった。




