100:ハードな会談を終え、ダンジョンマスターは心癒す
喧騒が、次いで世界の色が、そして、空気のにおいと手触りが戻ってきた。
タツキは己が削り残した、岩石に過ぎない、ごつごつした椅子の感触と、そして、左手に人肌のぬくもりを知覚する。
「チェリ…?」
そちらの方を見れば、彼女がタツキの手を取って、自身の護衛である天使とともに周囲を警戒、というよりは、無防備になったタツキをさりげなく守ってくれているようだった。
「タツキ様? うまくいかなかったんですか?」
「え? なんで?」
「力が抜けたなぁ、って思ったら、すぐに目を覚ましたので…」
なるほど、あの空間でちんちくりん幼女が言っていたとおり、こちら側での時間経過は、ほとんどなかったらしい。
「大丈夫、うまく…」
いった――、と言いかけて思い出す、というか、怒涛の如く脳裏で再生する弄られ記憶。
「た、タツキ様っ!?」
タツキはうるりと瞳を潤ませると、そのままチェリを抱き寄せ、座っている関係上、彼女のお腹に顔をうずめた。
「ちょ、タツキ様、くすぐった、あはは、って、お腹、お腹禁止ですっ! 最近お肉がついきて、恥ずかしいですってばぁっ!」
チェリはひとしきりジタバタした後、
「もぅ、本当に、どうしたんですか?」
そういって、タツキを抱え込むようにして、背中を優しくなでてくれた。
彼女の体温と匂いを堪能し、ついでに、頭頂部に当たる豊かなお胸の感触で、タツキのメンタルはモリモリと回復していく。
「うん、持ち直してきた。ありがとう」
そういって「本当に大丈夫ですか?」と、頭をなでなでしてくれるチェリに若干後ろ髪をひかれつつも、スキンシップを解く。
なんとなく周囲から、生暖かい視線、というか、優しく見守るオーラというか、それを具現化したエーテルの流れを感じてしまったので、居たたまれなくなった、ともいう。
なにせタツキのランク10スキルは、それら思慕のエネルギーを蓄積し続けたことによって《比翼連理》になったらしい。そんな衝撃の事実を得た直後なのだ。それを「ああ、こういうことだったのね」と実地で理解させられると、こそばゆさが半端ないのである。
「…と、とりあえずは、まずは砦をひっこめて原状復帰しようか。その後はサツキも呼んで戦勝パーティーしようぜっ!」
タツキがその気持ちを取り繕うように宣言すると、
「はいっ!」
と、チェリが嬉しそうに応じ、
「パーティー?」
と、のんべぇダンジョンマスターの流儀を知らないミアズナ住民が首をかしげた。
「ああ、祭りだよ、祭り。坊っちゃんは定期的に祭りを開いてくれてな、そこで、今朝みたいに美味いものを食わしてくれるんだ。酒も出るぞ」
それを、ちょうど城壁上までやってきたヴォルドガングが補足してくれた。
その言葉で、村人たちがわっと沸き立つ。
「おお? なんか、盛り上がってるのな? やっぱ旦那といると退屈してる暇がねーな」
「おいしいお酒が飲めるのです。それに勝る幸せはありませんよ」
続いて、ロベルトとエルローネの2人が姿を見せると、
「エル姉さまっ!」
チェリが、大規模戦闘の前線に立った彼女の無事をねぎらうように抱き着く。
「あらあら、チェリ様。どうしたんですか?」
酒さえ入らなければ、あと、可愛いもの大好きスイッチさえ入らなければ、大人のおっとりお姉さんなエルローネが、チェリがタツキにそうしたように、彼女をやさしく抱き留めて、その栗色の髪をなでる。
「姉さま、お怪我はなかったですか?」
「ええ。おふたりがしっかりと護ってくれましたから」
と言いながらも、視線はロベルトの方にあるエルローネ。
「がははっ。あ~、俺も堅気になったわけだし、そろそろ嫁さんでも探すかね?」
視線だけで通じ合っている2人がうらやましくなったのか、ヴォルドガングは、昼時となり、陽光がその存在を主張し始めてきた空を見やる。
すると。
「まぁ旦那様! でしたら、ウチの妹なんてどうです?」
「港のモンゼ爺さんのところの孫娘も独り身だったわよね」
「ほらぁ、ミッケも紹介してやりなよ」
「ここは漁業と林業、そして狩猟の村だからね。強い男は大歓迎だよっ」
「お? おおお!?」
そのつぶやきをどう拾ったものか、わらわらとヴォルドガングの周りに集まってくるおばさま方。冗談か本気か「あたしなんてどうだい」と、自分を売り込むおばさまもいて、いかつい大男は、目を白黒させながら慌てている。
「あらあら、クマの町会長様にも春がくるのでしょうか」
その光景が面白かったのか、エルローネがころころ笑うと、
「はい。こういうの、いいですねぇ~」
彼女に抱かれたまま、チェリもほっこりとした表情で同意する。
「タツキ様」
「ん?」
「これからも、みんなでこんな世界を作っていきましょうね」
そして、タツキにとびきりの笑顔をくれた。
「う~ん? チェリ様? なんだか少し、変わりましたか?」
そのやりとりに、彼女の記憶が戻ったことを知らないエルローネがタツキに視線を向ける。
「ああ、ちょっと色々あってね。あとで本人から聞くといいよ。俺もいろいろ知りたいし」
記憶が戻って、ほんの少しぎくしゃくしたけど、たぶん、前よりもっと仲良くなれると思ってるんだ――、とは、さすがに照れくさくて言えない。
「なるほど、お2人に何か、いいことがあったんですね」
それを聞いたエルローネも嬉しそうに笑う。
そして、
「――ついにチェリ様も殿方を知りましたか」
などと発言し、ふたりを大いに慌てさせるのだった。




