98:真っ白な部屋で、ダンジョンマスターは真実を語る
たかいいたかーいからの肩車。
その行為に抵抗がなく、懐かしさを感じるあたり、もしかすると前世の自分には子育て経験もあったのかもしれない。
そして、時空間的に隔絶してしまった過去に感じるのが、郷愁ではなく安らぎであるあたり、それはきっと、悔いのない人生だったのだろうという納得がある。
加えて、
「君ねぇ、レディーのおまたに頭突っ込むって何事!? デリカシーないのっ!?」
きっと今生も、それを、凌駕するくらいの、楽しそうな未来が予感できるから、なのかもしれない。
「もう一回してあげよっか? 肩車」
「えっ? えっとぉ、――って!? ダメ、ダメ、駄目だよ。ダメに決まってるでしょっ!」
ぷくぷくと頬をふくらませ、赤面する彼女の顔には、楽しかった、もっとやって、と書いてあるのがいとをかし。
「ふ、ふふっ、お…お願い、アルジェ、もうやめてぇ…。あはは…、わ、笑いすぎて…お腹いたひぃ…」
きれいな黒髪が白い部屋に絨毯のように広がっている。その中心で、カオルコ先輩が打ち上がった魚のようにビクビクしている。
こっちは、一度ツボにはまると止められなくなくなるタイプのようだ。
「――で、なんで俺はこんなところに呼ばれたんだ? 今、結構取込み中だったんだけど?」
「もぉっ! いきなり真面目になるね、君」
「ここで意識を取り戻してからというもの、色々ありすぎたから」
さすがにそろそろスローライフを、と思い、本格的なダンジョン内政に着手しようと思ったとたん、隣村が良く分からんモノどもに襲われ、その結末としての白い部屋への召喚である。いい加減、驚いていてもきりがない、という事を学習してきた。
「大変だったんだねぇ。でも、大丈夫だよ。ここはあっちとは別空間だから、戻ってもほとんど時間は経過してないから」
「あー、そういう設定」
よって、もはや大概のことは受け入れられてしまう。
「なら、助かるな」
あっちは、イロナシどもを駆逐して、今や大団円のはずだ。
早く戻って宴会を企画して、相思相愛を再確認したチェリと、全力でイチャイチャしなければなるまい。
「なるほどー。だから《比翼連理》なんだ」
「ん?」
「君のダンジョンマスターとしての大躍進は、彼女無くしては成り立たなかったって証明だね。健気だなぁ。お姉さん、感動したよ」
「んん?」
ふんすふんすと、幼女が鼻息荒く感動を述べる。
「とてもぉ、興味深いお話ねぇ」
そして、話題の切り替わりを感知したのか、ゆらりと復帰したカオルコが、ずもも、と床からソファーのような形状を形成する。
「この空間はねぇ、使い慣れてないとぉ、思考がみんな漏れちゃうのよねぇ」
そこに腰かけて、優雅に足を組んで、そして何やら、とてつもなく不穏な発言をする。
「あ、そういえば、先に言っとけばよかったね。これ、上の人たちベースの通信システムだから、発話の意志のようなものを拾っちゃうのよね」
そ、それはまさかっ!?
頭ではわかりかけているが、尋ねなければならない。ま、まさか、こんなところにまでお約束を踏襲しているだと!?
「そういう事よぉ。お約束云々は良く分からないけどぉ」
え、じゃ、この心つぶやきも伝わっている!?
「うん。ちゃんと伝わってるよ」
え!? じゃ、あ~んなことやこ~んなことも伝わるっ!?
「意識的に、伝わるとマズいって、思いが勝ってると伝わらないよ」
などとタツキが、大いに焦りながら、通信システムと呼称されたこの空間の挙動確認をしていると、
「ねぇ、アルジェちゃん」
カオルコ先輩が幼女を、おいでおいでと己のソファに手招く。
彼女の動作の一つ一つは、なんというか、幽霊的な儚さ、そして儚さゆえの美がある。
死族系ダンジョンの頂点に立つ者故なのだろうか。きっと、親和種族は《魂種》にちがいない。オリジナルもたしか《魂縛》だ。
《干物女》が称号のうちのサツキとは大違いである。とはいえ、サツキの《創薬師》はエリキシルが有り余るダンジョン・タウンにとってはチートクラスの可能性を有しているが。
などとひとしきり、慎重に思考してから2人の方に視線を向ける。
「むーっ、タツキ君、絶対碌なこと考えてないはずなのに、思考が漏れなくなったね。適応が早い」
どうやら大丈夫だったようだ。
「だからねぇ、アルジェちゃん、適応が完全じゃない今のうちにぃ――」
だがしかし。
ことり、とカオルコ先輩の首がかしぐ。
なお、美人すぎる先輩の幽霊ムーブは、美しさと儚さ、そしてさらに恐怖とが、時に見事に調和するということを教えてくれる。
「――チェリちゃんとのことをぉ」
「え? なんでチェリ? ――って、おいこらまて!?」
そして、まったく別種の恐怖が、タツキの背筋をゾクゾクと攻撃する。
「よしっ、あーんなことやこ~んなこと、色々聞いておこっか」
タツキには女性陣の瞳が、らんらんと怪しく輝いているように見える。
「ちょ、ちょっと待て、待って、頼むから待ちやがってくださいっ!!」
***
そしてこの空間基準で数十分後。
煤けて床に「の」の字を書く男子ダンジョンマスターと、コイバナ成分を大量補給して、つやつやになった美女と幼女がそこにいた。




