96:戦いの趨勢を、ダンジョンマスターは決する
『どゆこと? え? おにぃ、どゆこと!?』
『ふふん、それはだな――』
「っと、その前に」
『サツキ、俺の本体に悪さする奴がいないか監視しといて』
どうやらクロベニも暗躍し始めたようなので、タツキは《削り残し》で椅子を構成し、そこにどっこらせ、と腰掛ける。
そして、
「ミアズナの民たちよ!」
「「「て、天使様がお言葉をっ!?」」」
チェリを取り巻く天使は3柱。
大剣を持つ鎧戦士のような大天使が2柱と、銀の錫杖を持ち統治者を導く存在、権天使が1柱だ。
その、高司祭のような出で立ちの権天使が、タツキの《ユニット憑依》を受けて言葉を発する。
記憶を取り戻したチェリが「もぅ、しかたないなぁ」と、悪戯っ子をとがめるような顔をしているのに対し、参謀であるはずのウォルフが大いに感情を揺らしている、つまり、ダンジョンマスターの憑依であることが分かろうものなのに、彼から感動のエーテルがダダ漏れているのが面白い。
つまり、いちユニットでしかない天使であっても、通常シルヴィス教国にしか現れないそれは、宗教者にとってはかなりの権威を有する、ということを意味するのではないか。
「我らは、この娘を守護する者である」
いわんや。
外界の情報にあまり触れることのない、村人をや。
「はっ、ははぁっ!!」
戦いの最中であるにもかかわらず、ざざっと、村人たちが平伏した。
そのうち何人かが、青い顔になっているのは、かつてチェリを冷たくあしらった者たちであろうか。
『おにい』
『ん?』
『私、小さかった頃に、おばあちゃんちでこんな感じの時代劇見た記憶がある』
チェリを守るように囲む天使たち。
その光景に、弓矢を投げ出し跪き、首を垂れる村人たち。
『なんだろう? 先の副将軍って言葉が脳裏に浮かんだんだが』
『正解よ』
『でも、ちょっと効果ありすぎだな』
なんというか、天使の権威が溢れすぎではないか。
城壁上では、村人全員が平伏している。そして、バフを維持せざるを得ないウォルフからは、平伏できない罪悪感がだだ漏れてくる。
『でもおにぃ、このままだと』
『分かってる』
チェリはこの思惑に乗ってくれて、村人たちに温かい笑顔を見せている。
記憶が戻ったせいだろう。
所作や表情にカリスマがマシマシになったお姫様に、天使という権威が上乗せされて、村人たちはもはや全員が彼女を拝んでいるような状態だ。
『対空防御はこいつらに代わってもらうよ』
「さぁ、天使たちよ、娘の愛する村を、そこに住まう民を救うのだ。砦に迫る悪を断罪せよっ!」
さらに魔法陣が追加され、無冠の《天使_ユニットランクD》がそこから次々と飛び立っていく。
『お、おにぃ、ユニットじゃイロナシは――、あぁ、もぅ、だから、どゆことなの!?』
舞い上がった複数の天使たちは、その剣で空中のイロナシたちを次々と両断し、虚空へと返していく。
また、地上では、これまでけん制に回っていた黒砦兵達が、イロナシを斬り伏せ押し返し、Aランクユニットたるミスリルゴーレムは、奴らの発生源近くまで食い込んで、敵本陣を蹂躙していく。
「おまえは、――い、いや、あなた様は、ここで家畜のように扱われていたのに、ミアズナを好きだと言うのか?」
「はい」
と、チェリは即答する。
天使の輪から一歩前に出て、
「今、私は生きています。それは捨てられ続けてきた私に、たとえ家畜小屋といえど、安住の場を与えてくれたミアズナのおかげなんです」
それに、と、チェリは花咲くように笑う。
「動物たちのお世話は楽しかったし、この村から見える湖はきれいだった。私に冷たくする人はもちろんいたけど――」
その笑顔のまま、チェリは頷いて、穏やかに言葉を紡ぐ。
「――助けてくれる人も、たくさんたくさんいたんだよ」
その言葉に、いくつかの嗚咽が漏れる。
チェリへの親愛の情がさざ波のように広がっていくのをタツキは感じる。
「だからね、私はこの人と、イイモノのダンジョンマスターのタツキ様と、一緒にミアズナに恩返しするんだ。みんな、私たちと一緒に幸せになろうねっ!」
そのさざ波は、チェリが太陽のような笑顔で、こぶしを突き上げたことで、大きな嵐となってタツキの中に流れ込む。
『《比翼連理》だってさ。洒落が効いてると思わないか?』
『え? 何のこと?』
流れ込んできた《陽》なるエーテルを、タツキはダンジョンマスターランク10の権能をもって、タツキを親愛する全員に、そして、タツキの配下たる全てのユニットたちに纏わせる。
『さっきからの答え。俺の、ダンジョンマスターの最後の《本能》』
『ラブアンドピース? これで、みんなを強化して、ユニットでも、イロナシをやっつけられるようになったってこと!?』
チェリの演説で士気が爆上がりした村人たちは、彼女と、天使たちとで空を制す。
地上でも、敵を屠れるようになった高ランクユニットたちが、水を得た魚のように縦横無尽に活躍し、
「おいおい、ダンナ、俺たちの出番はもう終わりかい?」
「せっかく調子が出てきたのによぉ!」
バトルジャンキーたちが、不完全燃焼を訴え、
「あの、私は、とてもとてもくたびれましたので…、ほっとしました」
エルローネが、ほっと胸を撫でおろしている。
それは、戦いの趨勢が決した瞬間だった。




