95:頂へと、ダンジョンマスターは登り詰める
「タツキ様は、私が王族だってしっても、いつもと変わらないんだね」
チェリはタツキの肩のあたりに顔をうずめ、もごもごと呟いてくる。吐息の温みと首に感じるふわふわした髪の感覚がこそばゆい。
「そうね。俺は、こっちの世界の常識って、あんまり持ってないから、王族と言われてもあまりピンとこない」
そんな彼女の背を左手で抱きしめて、右手で頭をなでる。
「王女様だろうが、穢れ女だろうが、チェリはチェリだ」
そういって、背中を優しくポンポンと叩くと、ふにゅ~、とチェリが謎のうめき声を上げ、そして、がばっと顔を上げた。
「タツキ様!」
「はいはい?」
「なんかズルいですっ!」
「え?」
チェリが至近距離から、そのブラウンの瞳でタツキを見つめる。
その瞳は、可愛い、というより、美しい、というより、ほっとする。
タツキにとっては、自分はここにいていいんだ、と思わせてくれる、圧倒的な安心感を与えてくれるものだ。
「私ばっかりに言わせないで、タツキ様も、しっかりはっきり言葉にしてくださいっ!」
おやまぁ、と、タツキは苦笑する。
「記憶が戻ったら、なんか、強くなってないか?」
2人は至近で見つめあい、
「お嫌でしたか?」
「お嫌ではありません」
そして微笑みあう。
「それじゃ、改めて生贄の少女よ。お前はどこかの国の王女らしいが、俺のダンジョンに捧げられた供物だ。もう一生、俺のダンジョンから出ることは許されない」
「はい。一生、捕まえていてください。――そして、ふざけてないで、ちゃんと言ってください。一生ネタにしますよ」
ああ、やっぱりこの娘は最高だ。
「チェリ、愛してるよ」
と、タツキは言って、そのまま優しくキスをした。
『獲得エリキシルが規定値を突破――』
そんな甘やかな接触の中で、脳裏では、もはや聞き慣れた宣告が成されるが、今はそれに注意を払う時ではない。
俺を俺に戻した少女。彼女のエーテルがもたらした宣告が、悪しきものであろうはずは、ないのだから。
***
この対応で、お姫様にはご満足いただけたのだろう。
「ふわぁ…キス、しちゃった」
へにょっと垂れた耳の先まで真っ赤にして、チェリがとろけるような笑顔になる。
そして、膨大なエーテルがタツキのダンジョンに流れこみ、それが新たなタツキの力になる。
「というわけで、末永く、よろしく」
「ふぁいっ! …んんっ」
びくーんと、体を伸ばして、かみかみで返事をするチェリが可愛すぎて、もう一度キスをしておく。
『お、おにぃ。大事なところ邪魔してごめんだけど、次のウェーブに至ったみたい。それから――、ちょっと、砂糖吐いてきていいかな?』
『…覗いてたんかいっ!』
「ふにゅぅ…」
サツキにツッコミを入れ、刺激が強すぎたのか、2度目のキスで腰砕けになってしまったチェリをお姫様抱っこして、タツキは再び城壁上に姿を現す。
「くそっ、飛んでる奴らにもデカいのが増えてきやがったっ!」
「疲れたやつは交代して、矢の補充に回れっ!」
「ダンジョンマスターの坊っちゃん!? もう少し嬢ちゃんを休ませてあげな! こっちはまだいけるから!」
「はわわ、私は疲れているのではなくてですね」
くってりしていたチェリも、その熱気で己を取り戻し、慌ててタツキの腕の中でびったんばったんする。
「たたた、タツキ様、私も戦います~。おろしてくださいぃ〜」
「あはは。なんか、これ、懐かしいな」
「何を言って…あ」
それは2人の始まりの記憶だ。
ダンジョン入口につながる、断崖絶壁を下る階段。そこでタツキの腕の中で、同じように暴れた記憶。そして、2人で見た美しい湖面と連なる山脈。
「えへへ」
そこから今まで、季節は一巡りもしていないが、ずいぶんと昔のことのようだ。
「もう大丈夫。チェリも、村のみんなも、そしてロベルトたちも頑張らなくていいんだ」
「え? それってどういうこと?」
タツキに優しく下ろしてもらって、急いで弓矢を手に取って、チェリが訊ねる。
「いつもみたいに、タツキ様だけ頑張るのは絶対に禁止だよっ!」
矢をつがえ、猛禽類のような形状のイロナシを打ち抜く。
「おお~。お見事! でも、今回はそんなことないかな」
「…今回は?」
もう1体を射落とした後、ジト目で振り返るチェリ。
やっぱり、記憶が戻った彼女は、ちょっぴり強くなっている気がする。
「え、ええと、次回以降も、できれば前向きに善処する方向で」
「もぅ。宰相みたいなこと言わないの」
「あはは…」
なんというか、お姫様ツッコミをもらってしまったタツキは、弓射るチェリの背後に複数の召喚陣を出現させる。
『おにぃ、何する気? ユニットではイロナシを倒せないわ』
『いや、後のためにもちょっと演出を、と思って』
『演出?』
キン、と閃く、タツキのオレンジ色の召喚光。
そこから翼を持つシルエットが複数浮かび上がる。
「て、て、天使さまっ!?」
ワナジーマ防衛戦において、タツキの呼んだ天使たちを目撃していないウォルフが、ひっくり返る勢いで仰天する。
「ウォル君、祈りを中断しちゃダメ」
「は、はいっ!」
現在複数の強化を維持する《祈祷師》のウォルフは、地味ながらにこの戦いの要となっている。
「お兄さん、今のうちに魔力回復ポーションも飲んで」
「んがくっく!」
そんな彼をルートが支えている。
「天使様だっ! 天使様が降臨されたぞ!?」
そして、ウォルフの衝撃が村人の間にも広がって、
「勝てる! この戦い、勝てるぞ!」
「おい見ろっ、俺の矢が化物を落としたぞ!」
戦いに参加する村人たちのテンションもダダ上がりする。
『え? バフもかけてないのに攻撃力が上がった?』
「おおっ!? こりゃ、ダンナがなんかやらかしたな」
猪のようなイロナシを、いなすつもりが一刀両断したロベルトが、歓声に沸く城門上を見上げる。
「うおりゃーっ! どうやら俺も、コツが掴めてきたぜようだぜっ!!」
黒砦兵に体勢を崩された、オーガのようなイロナシ。その軸足をヴォルドガングの大斧が両断し、
「消えなさいっ!」
エルローネの鞭が、まるで砲弾のようにその胸板をうがち、巨大な個体を虚空に還す。
『どゆこと? え? おにぃ、どゆこと!?』
明らかに、防衛側の、イロナシに与えるダメージ量が増え始めている。
『ふふん、それはだな――』
サツキの問いに、タツキは自慢げに答えるのだった。




