94:少女との関係を、ダンジョンマスターは再構築する
変化は劇的だった。
とはいえ、村に住む者たちにとっては、なんの影響もない変化であるとも言える。
「お、おい、ないぞ、なくなってるぞ!?」
「あれまぁ」
なにせ、《悪食の床》によって消えるのは、ダンジョン内にいる者たち――、すなわち、主に村人の、誰もが所有権を主張しない、意識外にあるものだけだからだ。
「いいんじゃねぇか、どうせ村長は逃げてったんだから」
「もう、村長でもないわけだし」
「あの土地、あんなに広かったねぇ」
簡易砦の城壁から見えていた、ミアズナで最も大きく立派な建物である《旧村長の館》が、綺麗さっぱり消えてしまったのだ。
『…おにぃ、不用品って、こんな一瞬で消えるものだっけ?』
『ダンジョン化してからずっと、吸収対象としてマークされてたんじゃないか?』
ミアズナは、タツキがダンジョン化してから一晩は経過しているのだから、まぁ、通常営業の範疇だろう。
『それよりも、だな』
「あ、あわわわわ」
そして、こちらの変化のほうが劇的だった。
村長の館消滅と同時に、チェリが、急にあわあわし始めたのだ。
「その、た、タツキ、さま。チェリは、わ、私は今、とてもとても恥ずかしいと申しますか…」
襲い来る飛行系のイロナシに対処するため、弓射る手を止めることは許されないが、その特徴的なエルフ耳の先まで真っ赤である。
《悪食の床》の起動によって完璧なダンジョン空間と化したミアズナは、その詳細をタツキが感知・操作可能な空間となったわけだが、
『これはどういうことだ?』
村長宅の消滅直後に、タツキがダンジョンにおいて、《チェリ》と感知可能なものが一瞬、増えたのだ。
「御屋形様! 一瞬だけ御台所様の気配が増えて、そして消えました」
「そうだ、確かに増えた。俺は、消える前にこっちのチェリに吸収されたように感じたぞ」
「さすがはお屋形様! クロベニはそこまで詳細には察知できませんでした」
そしてその後に、チェリの感情が爆発している。
羞恥と喜びに彩られた、なんというか、甘酸っぱい、青春ど真ん中な感情である。
『おにぃ、表現がおっさんくさい』
『そこ、突っ込むところと違うから』
現在進行形で、チェリから過去一のエーテルが流れ込んでくる状況について、彼女に詳細を聞いておきたいところだが、唯一の対空戦力をひっこめるという選択もできず悩んでいると――
「ダンジョンマスターの坊ちゃん、どうか俺たちにも、とびっきりの弓矢を出していただけませんか?」
情けは人の為ならず、か。
救いの手は、ミアズナ村民からもたらされたのだった。
***
「た、タツキ様、あの…、あの、ですね…」
そしてタツキは、校舎裏ならぬ、砦の隅っこにチェリと移動し、
「オラオラ化け物どもっ! 狩りと漁で鍛えた俺たちの筋肉なめんなよっ!!」
「家事育児だって、立派な重労働よーっ!!」
「搾取され続けてきた恨みっ、お前らで晴らしてやるぜっ!!」
「「「ヒャッハーっ!!」」」
ウォルフの《勇者の祈り》で世紀末状態になってしまった村人たちの雄叫び(女性もいるが)をバックコーラスに、チェリと向き合っている。
「チェリは…、私は、今まで忘れていたんです。そして、忘れていたことにさえ、気づくことができなかったんです」
そして、チェリはチェリだが、立ち居振る舞いがグッと大人びたというか、天真爛漫な少女が恥じらいを覚えたというか、そんな、メンタルおっさんであるタツキにとっては瑞々しくも眩い存在となった少女が、目の前で、顔を真っ赤にして何かを告白してくるのだ。
「その、た、タツキさま」
2人のこれまでの関係性から、互いの距離感は近いのに、その近い距離にあわあわする。 つまり、タツキを名前で呼ぶことにすら、喜びと恥ずかしさがあふれるような、初々しさの塊のようなチェリ。
「私は、ヒーズルの第一王女、チェリシエルでした。思い出しちゃいました。ごめんなさいっ!」
そんな彼女の第一声は、告白と、謝罪からだった。
「え? なんで謝るの?」
告白は、ロベルトから前情報を得ていたため、さほど驚きはない。
また、記憶が戻ったことも、村長宅崩壊時に出現した、もう一つのチェリの気配が、何らかの方法で封じられていた彼女の《王族としての記憶》であった、と仮定すれば理解はできる。おそらく、ダンジョン産のマジックアイテムだろう。
「私は、記憶がなくて嬉しかったんです」
ただ、思い出して謝られる理由は、タツキにはさっぱりわからない。
「もしかして、つらい記憶だったのか?」
ないほうが良い思い出なら、対策を考えねばなるまい。
何せタツキはランク9ダンジョンマスターだ。褒章一覧を探せば、多分、再封印できるようなアイテムはあるのではないだろうか。
「いいえ」
しかし、チェリはそれを否定して、薄く笑う。
「私は王家から追放されちゃったので、楽しいことばかりとは言えませんが、いい思い出もいっぱいありますよ」
「なら、良いけど」
良いのだが、う~ん、何かしっくりこない。
遠慮しているのだろうか? 彼女の声音に、少しばかり距離を感じてしまうのは、やはり彼女に記憶が戻った影響なのだろうか。
そう、タツキは考え、
「こら、チェリ」
思わず、少し強めに彼女を呼んだ。
「はい!?」
ビクッと、肩を揺らすチェリ。
「なんか、さっきから硬いよ」
「そ、それはぁ…、記憶がなかったころの私のやらかしっぷりを、今の私が反芻すると居た堪れないものがあるといいますか…」
大きなお胸の前に手をぎゅっとして、チェリがくねくねもじもじし始める。
「あ~」
それは、なんとなく理解できなくもない。
《新鮮な黒歴史》の発掘とでも言おうか、あるいは、酔いが醒めてきて、自らの醜態に気づいた酔っ払いの気持ち、とでも言おうか。
しかしながら、タツキとしては、せっかく縮まった2人の距離がぎくしゃくするのは嫌なので、軽めに挑発をしてみることにする。
「なぁ、チェリ。チェリがいまさら俺に遠慮する必要あるか? それとも記憶が戻ったら、ダンジョンマスターが怖くなったか?」
「っ!? そんなことは、絶対にないっ! ありえないよっ!!」
その効果はてきめんで、顔を真っ赤にして、チェリは宣言した。
「タツキ様はイイモノのダンジョンマスターだもん。怖がるなんてありあえないっ! 記憶なんか関係ないっ!! タツキ様は私の、私のっ!」
チェリはそのブラウンの瞳でタツキをぎっと睨む。
「大好きな人だもんっ!!」
そして、心の距離とともに、少し開いていた物理的な距離もゼロとなった。




