↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
9/17

第八話 月極駐車場にUFOを停めないでください

月夜だった。


旅先の静かな住宅街を、空手家パパは一人歩いていた。稽古を終え、あとは宿へ帰って寝るだけ。夜風が心地よく、今日は珍しく平和な一日で終われそうだった。


――そのはずだった。


胸元で何かが小さく震えた。


ぷるっ。


足を止めて服の中を覗くと、魂カード《光》が微かに振動していた。


「……嫌な予感するなぁ」


最近、このカードが反応したあとに、ろくなことが起きない。


空手家パパはため息をつき、周囲を見回した。


目の前には、小さな月極駐車場があった。


『北ヶ丘第3月極駐車場』


住宅街の一角にある、ごく普通の駐車場だった。アスファルトには白線が引かれ、隅には契約者募集の看板が立っている。


ただし、白線の中に停まっているものだけが、まったく普通ではなかった。


銀色で、丸くて、車輪がない。


月明かりを反射する滑らかな機体は、どう見ても自動車には見えなかった。


「……UFOじゃん」


空手家パパはしばらく眺めたあと、静かに頷いた。


「うん。帰ろう」


その横では、作業着姿の初老の男性が頭を抱えていた。


空手家パパに気づくと、男性は恐る恐る銀色の物体を指さした。


「……あの。お宅のですか?」


「違いますね」


即答した。


そして踵を返す。


「とても関わりたくないです」


「ですよねぇ……」


男性は深いため息をついた。


駐車場管理会社の大森というらしい。契約者から「自分の駐車区画に変なものがある」と連絡を受け、確認に来たのだという。


「警察に電話した方がいいんですかねぇ……」


「そうですねぇ。私もそう思います」


「でも、これ何て説明すれば……」


「UFOが停まってますって」


「信じてもらえますかね?」


「難しいでしょうねぇ」


二人は並んで銀色の円盤を眺めた。


やがて空手家パパは、大森の肩を軽く叩いた。


「大変でしょうけど、頑張ってください!」


「えっ、帰っちゃうんですか?」


「はい!」


そのまま立ち去ろうとした、そのときだった。


銀色の物体の底から、ぬるっと小柄な人物が這い出してきた。


大きなコートに、目深にかぶった帽子。顔立ちは人間に近いものの、どこか微妙に違っている。


その人物は二人を見つけると、首を傾げた。


「質問です」


「はい?」


「『月極』は、月を基準とした駐機許可ではないのですか?」


空手家パパは黙った。


大森も黙った。


二人は顔を見合わせ、それから駐車場の看板を見た。


「……違いますよ」


空手家パパは看板を指さした。


「月じゃなくて期間です。一か月単位で借りて、駐車……駐機? できる場所です」


小柄な人物は看板を見て、UFOを見て、もう一度看板へ視線を戻した。


「……理解しました」


しばらく考え込んだあと、深刻そうに頷く。


「私は、重大な翻訳上の誤解をしています」


「いや、翻訳以前にこれ何なんです?」


大森が銀色の円盤を指さした、その瞬間だった。


バチン!


UFOの底から青白い火花が散った。


「……あっ」


小柄な人物が慌てて機体へ駆け寄る。


「それはさらに良くないです」


「でしょうねぇ……」


空手家パパは遠い目をした。


目の前にあるのは宇宙船らしきもの。そして、そこから出てきた宇宙人らしき人物。


どう考えても、自分の理解できる範囲を超えている。


「宇宙船と宇宙人に見えるけど……」


そう呟いたとき、肩のあたりに小さな光が現れた。


光の中から姿を見せたのは、手のひらほどの少女だった。背中には透明な虫の翅があり、空中をふわふわと漂っている。


精霊リュミである。


「リュミさん。あなたに会ってからこんなんばっかなんですけど……」


「ええーっ!? なんでわたしのせいなの!? UFOなんてわたしも初めてだよ!」


リュミは抗議するように両手を振った。


すると、小柄な人物の視線がぴたりと止まった。


その目は、空手家パパではなく、リュミを追っていた。


「……あなた」


「はい?」


「その発光する小型生命体とは、意思疎通が可能なのですか?」


「見えるの!?」


空手家パパは思わず声を上げた。


これまで、リュミの姿が見える人間は限られていた。それなのに、目の前の人物は当然のように彼女を認識している。


「ほら挨拶して、リュミさん!」


「はーい! よろしくー!」


リュミが空中でぺこりと頭を下げる。


空手家パパも胸を張った。


「あ、私は空手家パパと言います」


小柄な人物は二人を交互に見つめ、何かを考えているようだった。


空手家パパは改めてUFOへ目を向けた。


火花は収まったものの、機体の底からは時折、不穏な音が聞こえてくる。


駐車場の管理人は困り果て、宇宙人らしき人物も途方に暮れている。


正直なところ、今すぐ帰りたい。


しかし、ここまで来てしまった以上、見なかったことにもできなかった。


「まあ、何かの縁ですので……」


空手家パパは頭を掻いた。


「何かお助けしましょうか?」


小柄な人物は驚いたように顔を上げた。


そして、丁寧に頭を下げる。


「ありがとうございます。私はルルです」


「ルルさんですね。よろしくお願いします!」


「よろしくお願いします」


ルルは銀色の円盤を指さした。


「では、ご厚意に甘えます。この船を、この区画から移動できる状態にしたいです」


「なるほど!」


「現在、推進系が故障しています」


「ふむふむ!」


「修理には、いくつかの部品と工具が必要です」


「なるほどなるほど!」


空手家パパは力強く頷いた。


そして、数秒考えた。


「……ちなみに、私、宇宙船の修理なんてしたことないですよ?」


「私も、地球人に依頼するのは初めてです」


「ですよねー!」


大森は二人の会話を聞きながら、静かに天を仰いだ。


こうして空手家パパは、人生で初めて宇宙船を修理することになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。