第八話 月極駐車場にUFOを停めないでください
月夜だった。
旅先の静かな住宅街を、空手家パパは一人歩いていた。稽古を終え、あとは宿へ帰って寝るだけ。夜風が心地よく、今日は珍しく平和な一日で終われそうだった。
――そのはずだった。
胸元で何かが小さく震えた。
ぷるっ。
足を止めて服の中を覗くと、魂カード《光》が微かに振動していた。
「……嫌な予感するなぁ」
最近、このカードが反応したあとに、ろくなことが起きない。
空手家パパはため息をつき、周囲を見回した。
目の前には、小さな月極駐車場があった。
『北ヶ丘第3月極駐車場』
住宅街の一角にある、ごく普通の駐車場だった。アスファルトには白線が引かれ、隅には契約者募集の看板が立っている。
ただし、白線の中に停まっているものだけが、まったく普通ではなかった。
銀色で、丸くて、車輪がない。
月明かりを反射する滑らかな機体は、どう見ても自動車には見えなかった。
「……UFOじゃん」
空手家パパはしばらく眺めたあと、静かに頷いた。
「うん。帰ろう」
その横では、作業着姿の初老の男性が頭を抱えていた。
空手家パパに気づくと、男性は恐る恐る銀色の物体を指さした。
「……あの。お宅のですか?」
「違いますね」
即答した。
そして踵を返す。
「とても関わりたくないです」
「ですよねぇ……」
男性は深いため息をついた。
駐車場管理会社の大森というらしい。契約者から「自分の駐車区画に変なものがある」と連絡を受け、確認に来たのだという。
「警察に電話した方がいいんですかねぇ……」
「そうですねぇ。私もそう思います」
「でも、これ何て説明すれば……」
「UFOが停まってますって」
「信じてもらえますかね?」
「難しいでしょうねぇ」
二人は並んで銀色の円盤を眺めた。
やがて空手家パパは、大森の肩を軽く叩いた。
「大変でしょうけど、頑張ってください!」
「えっ、帰っちゃうんですか?」
「はい!」
そのまま立ち去ろうとした、そのときだった。
銀色の物体の底から、ぬるっと小柄な人物が這い出してきた。
大きなコートに、目深にかぶった帽子。顔立ちは人間に近いものの、どこか微妙に違っている。
その人物は二人を見つけると、首を傾げた。
「質問です」
「はい?」
「『月極』は、月を基準とした駐機許可ではないのですか?」
空手家パパは黙った。
大森も黙った。
二人は顔を見合わせ、それから駐車場の看板を見た。
「……違いますよ」
空手家パパは看板を指さした。
「月じゃなくて期間です。一か月単位で借りて、駐車……駐機? できる場所です」
小柄な人物は看板を見て、UFOを見て、もう一度看板へ視線を戻した。
「……理解しました」
しばらく考え込んだあと、深刻そうに頷く。
「私は、重大な翻訳上の誤解をしています」
「いや、翻訳以前にこれ何なんです?」
大森が銀色の円盤を指さした、その瞬間だった。
バチン!
UFOの底から青白い火花が散った。
「……あっ」
小柄な人物が慌てて機体へ駆け寄る。
「それはさらに良くないです」
「でしょうねぇ……」
空手家パパは遠い目をした。
目の前にあるのは宇宙船らしきもの。そして、そこから出てきた宇宙人らしき人物。
どう考えても、自分の理解できる範囲を超えている。
「宇宙船と宇宙人に見えるけど……」
そう呟いたとき、肩のあたりに小さな光が現れた。
光の中から姿を見せたのは、手のひらほどの少女だった。背中には透明な虫の翅があり、空中をふわふわと漂っている。
精霊リュミである。
「リュミさん。あなたに会ってからこんなんばっかなんですけど……」
「ええーっ!? なんでわたしのせいなの!? UFOなんてわたしも初めてだよ!」
リュミは抗議するように両手を振った。
すると、小柄な人物の視線がぴたりと止まった。
その目は、空手家パパではなく、リュミを追っていた。
「……あなた」
「はい?」
「その発光する小型生命体とは、意思疎通が可能なのですか?」
「見えるの!?」
空手家パパは思わず声を上げた。
これまで、リュミの姿が見える人間は限られていた。それなのに、目の前の人物は当然のように彼女を認識している。
「ほら挨拶して、リュミさん!」
「はーい! よろしくー!」
リュミが空中でぺこりと頭を下げる。
空手家パパも胸を張った。
「あ、私は空手家パパと言います」
小柄な人物は二人を交互に見つめ、何かを考えているようだった。
空手家パパは改めてUFOへ目を向けた。
火花は収まったものの、機体の底からは時折、不穏な音が聞こえてくる。
駐車場の管理人は困り果て、宇宙人らしき人物も途方に暮れている。
正直なところ、今すぐ帰りたい。
しかし、ここまで来てしまった以上、見なかったことにもできなかった。
「まあ、何かの縁ですので……」
空手家パパは頭を掻いた。
「何かお助けしましょうか?」
小柄な人物は驚いたように顔を上げた。
そして、丁寧に頭を下げる。
「ありがとうございます。私はルルです」
「ルルさんですね。よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします」
ルルは銀色の円盤を指さした。
「では、ご厚意に甘えます。この船を、この区画から移動できる状態にしたいです」
「なるほど!」
「現在、推進系が故障しています」
「ふむふむ!」
「修理には、いくつかの部品と工具が必要です」
「なるほどなるほど!」
空手家パパは力強く頷いた。
そして、数秒考えた。
「……ちなみに、私、宇宙船の修理なんてしたことないですよ?」
「私も、地球人に依頼するのは初めてです」
「ですよねー!」
大森は二人の会話を聞きながら、静かに天を仰いだ。
こうして空手家パパは、人生で初めて宇宙船を修理することになった。




