第7話 カードの話はしていませんが
病室に入ってきた警察官は、ベッド脇の椅子に腰を下ろした。
「まずは、お子さんを救助していただいたことに感謝します。ご自身も大変な怪我をされたそうですね」
「いやー、子供が無事でよかったですよ」
空手家パパは笑顔で答えたが、少し身体を動かしただけで全身に痛みが走った。
「いてて……まあ、ちょっと派手に転びまして」
「九階から落下したと伺っていますが」
「そうとも言いますね」
警察官は何とも言えない表情を浮かべ、手帳を開いた。
救助の経緯、なぜ現場へ向かったのか、どうしてマンションに入ったのか。質問は一つずつ、丁寧に進められていった。
「消防車が走っていったんで、何事かと思いましてねー」
「それで現場へ?」
「はい。そしたら子供が落ちそうになってたんですよ」
「それで九階まで上がったと」
「そうですそうです」
「そして外壁へ出た?」
「はい!」
「……九階の?」
「はい!」
警察官のペンが止まった。
「ずいぶん思い切った判断ですね」
「いやー、我ながらそう思います」
リュミはベッドの枕元で、静かに顔を覆っていた。
警察官は小さく咳払いをして、手帳へ視線を戻した。
「もう一つ、お聞きしたいことがあります」
「なんでしょう?」
「現場へ向かう前、誰かから『子供が危ない』という情報を受け取っていませんか?」
空手家パパの笑顔が固まった。
「いやー、ぜんぜん」
額に汗が浮かぶ。
「消防車の野次馬に行ったら、大変なことになっててー」
警察官は黙って聞いている。
「本当に偶然なんですよ。カードとか関係ないですよー」
警察官のペンが止まった。
沈黙が流れる。
「……私はまだ」
警察官がゆっくり顔を上げた。
「カードの話はしていませんが」
「……」
リュミが両手で顔を覆った。
「その『カード』というのは、何のことでしょう?」
「えっと……」
空手家パパは考えた。
どう説明すればいいのだろう。
魂カード。
《光》。
勝手に震えて事件を知らせてくる、よく分からない不思議なカード。
そんな話をして、信じてもらえるのだろうか。
そもそも、どこまで話していいのかも分からない。
空手家パパは、昔からこういう説明が苦手だった。
そして、追い詰められた彼が出した結論は――。
「すいません!」
突然、布団を跳ねのけた。
「体調がすぐれないので!」
「はい?」
「逃げます!」
「え?」
「説明は苦手なの!」
空手家パパはベッドから降り、病室の扉へ向かった。
「待ってください! まだお話が――」
「失礼しまーす!」
そのまま廊下へ飛び出した。
だが、重傷患者である。
三歩も持たなかった。
「ぐおっ……!」
膝から崩れ落ち、その場にうずくまる。
「だから重傷なのー!」
リュミが慌てて追いかけてきた。
「パパ! 何やってるの!?」
「逃げようと思ったんだけど、身体が言うこと聞かない!」
「当たり前だよ!」
警察官も病室から出てきた。
「大丈夫ですか!? 看護師さん!」
「いやいや、ちょっと待って!」
空手家パパは床に膝をついたまま、必死に手を振った。
このままでは、また事情を聞かれてしまう。
何とかしなければ。
そう思った瞬間、なぜか胸元の魂カードへ手が伸びた。
「こうなったら……!」
「パパ?」
「《光》!」
ピカァァァァァ!!
病院の廊下が、真昼のような眩しい光に包まれた。
「うわっ!」
警察官が目を覆う。
駆けつけた看護師も、思わず顔を背けた。
「きゃっ! 何ですか!?」
「今だ!」
空手家パパは立ち上がろうとした。
しかし、全身に激痛が走り、壁に手をついたまま動けなくなった。
「……あれ?」
光が消える。
廊下には、何とも言えない沈黙が広がっていた。
警察官はゆっくり目を開け、壁際で固まっている空手家パパを見つめた。
「……分かりました」
「……」
「少なくとも、そのカードについては、後で詳しくお話を聞かせてください」
「……はい」
リュミが小声で呟いた。
「パパ……隠すの、ものすごく下手だね」
「カードの情報がどんどん漏れていくー」
空手家パパは頭を抱えた。
結局、看護師に支えられながら病室へ戻され、再びベッドに寝かされることになった。
警察官は体調を考慮して、その日の事情聴取を打ち切った。
ただし、カードについては改めて確認するという。
空手家パパにとって、まったく嬉しくない約束だった。
「リュミさんや。このカードって黙ってた方がいいもんなん?」
「むやみに見せない方がいい、とは言われてたよ」
「雨宮さんも言ってた気がする……」
「持ってる人を狙う相手がいるかもしれないし、普通の人には説明も大変だから」
「もう説明どころじゃないよ」
廊下では、警察官が看護師と何かを話している。時々こちらを見ているようで、空手家パパは落ち着かなかった。
「よし」
しばらく考えた末、空手家パパは決断した。
「とりあえず、寝よー」
布団を頭まで引き上げる。
「錯乱してるとか思われてそうで、つらい」
「今日は九階から落ちて、光って、逃げようとして廊下で倒れたからね」
「言わないで」
「寝よ?」
「はい」
やがて消灯の時間になり、病室が暗くなった。
枕元にはリュミが座り、空手家パパの顔を心配そうに覗き込んでいる。
「おやすみ、パパ」
「おやすみー」
少し間を置いて、リュミが付け加えた。
「……明日は絶対、九階から飛ばないでね」
「おやすみなさい!」
空手家パパは返事をして、目を閉じた。
遠くの廊下から、まだテレビのニュースが聞こえていた。
ブルーラインは、今も拘束されているという。
なぜ彼は事件が起きる前に、子供の危険を知っていたのか。
なぜ過去にも、通報より早く現場へ向かうことができたのか。
超能力なのか、魂カードなのか。それとも、ただ異常に勘がいいだけなのか。
結局、何も分からなかった。
ただ一つ、確かなことがある。
今日、誰かが「助けて」と叫んだとき、一人の男は牢の中で何かを感じていたらしい。
そして、もう一人の男は――。
何も考えず、九階から飛んだ。
その夜、魂カード《光》はもう震えなかった。
押忍!空手家パパです。
「正義の味方、逮捕される」これにて完結!
謎解きそっちのけで九階から飛び降りる主人公。
結局、ブルーライン本人には一度も会えませんでした。
これぞTRPG!予定通りに進まないのが面白い!
この物語を生み出した自作アプリはこちら
https://note.com/gentle_curlew322/n/n4e46d54e3fb2
次はどんな事件が待っているのか!?
押忍!




