第5話 正義の味方、逮捕される
朝だった。
旅先の小さな食堂で、空手家パパは出された朝飯を食べながら、ぼんやりと壁掛けテレビを眺めていた。
その画面が、不意に速報へ切り替わる。
『続いてのニュースです。覆面姿で人命救助などを行い、SNS上で“ブルーライン”と呼ばれていた男性が、住居侵入および傷害の疑いで逮捕されました』
「……ブルーライン?」
画面には、警察車両へ乗せられる青い覆面の男が映っていた。
男は二十八歳。本名は青柳直人。配送会社に勤務する、ごく普通の会社員だという。
ただし、やってきたことは普通ではない。
事故車から人を助け出し、火災現場から子供を救い、暴漢を取り押さえた。半年ほど前から夜の街に現れては人を救ってきた男を、世間は――ヒーローと呼んでいた。
「ヒーローなの?」
空手家パパが尋ねると、肩の横を飛んでいた小さな少女の姿をした精霊――リュミが首を傾げた。
「ニュースでは、そう呼ばれてるみたい。でもヒーローって、本当の名前じゃないよね?」
「ふーん」
今回、ブルーラインが逮捕された理由は、一人の女性を救うためだった。
交際相手から暴力を受けていた女性を助けるため、ブルーラインはマンションの窓を破壊して侵入し、男を殴り倒した。
女性は助かったが、窓は壊れ、男は顎を骨折した。結果としてブルーラインには、住居侵入、器物損壊、傷害の容疑がかけられた。
テレビの中では、様々な声が飛び交っている。
『ブルーラインを釈放しろ』
『人を助けたんだぞ』
『犯罪者をヒーロー扱いするな』
『結果が良ければ何してもいいのか?』
空手家パパはそれを聞きながら味噌汁を飲み干した。
「ヒーローも大変だねぇ」
それだけ言って立ち上がる。
「おばさん、ご馳走様! おいしかったよ!」
「はいよ、また寄ってね!」
食堂を出た。
今日も旅の一日が始まる――はずだった。
胸元で、ブルブルッと何かが震えた。
「……」
魂カード《光》。
空手家パパは嫌そうな顔でカードを取り出した。
「なんか、カードが震えて嫌な予感がするんですけど」
「……」
「リュミさん。今日は大人しく過ごそうね」
「うん!」
リュミも力強く頷いた。
「今日は平和にいこう。怪しいところにも行かない。変なのも追いかけない!」
「それがいいね」
その瞬間、消防車が二台、サイレンを響かせながら目の前の交差点を猛スピードで通過した。
ウウウウウ――!
続いて救急車も走り抜ける。
通行人たちが足を止め、スマートフォンを確認し始めた。
「駅の北側だって」
「マンション?」
「子供が落ちそうって……」
リュミは空を見た。
ものすごく不自然に。
空手家パパも黙った。
胸元では《光》がさっきより激しく震えている。
ブルブルブルブル。
二人は数秒、何も言わなかった。
「…………」
「わかったよ!」
空手家パパは走り出した。
「いくよ! 行けばいいんだろ!」
「パパ!?」
「呪いのカードだ! これ!」
「呪いじゃないもん!」
二人は消防車を追った。
◆
現場は十階建てほどのマンションだった。
周囲には人だかりができ、消防車と救急車が道を塞いでいる。その間を消防隊員たちが慌ただしく動き回っていた。
「あっ!」
リュミが上を指さす。
高層階のベランダ、その柵の外側に、小さな子供がしがみついていた。
「うおおおおー! まずい!」
地上では消防隊員たちが救助用マットを展開しているが、まだ完全には開いていない。
空手家パパは迷わずマンションへ飛び込んだ。
「間に合え!」
階段を駆け上がる。
途中、消防隊員とぶつかりそうになって足が止まった。その直後、上から悲鳴が響く。
「いやぁぁぁ!」
時間がない。
九階まで駆け上がった空手家パパは、廊下の非常用窓を開けた。冷たい風が一気に吹き込んでくる。
数メートル先には、柵にしがみついた子供がいる。
「よし!」
空手家パパは窓から外壁へ出た。
足を置ける場所は、わずかな縁と配管、壁の凹凸だけ。普通なら絶対に行く場所ではない。
それでも壁へ身体を寄せ、慎重に足を運びながら少しずつ子供へ近づいていく。
「パパ、気をつけて!」
「大丈夫大丈夫!」
「それ言うとき、だいたい大丈夫じゃないよ!」
「失礼な!」
子供まで、あと少しだった。
もう手が届く。
そう思った瞬間、足元が滑った。
「うおっ!?」
身体が宙へ放り出され、とっさに片手で配管を掴む。
肩に激痛が走った。
「ぐっ……!」
それでも、落ちなかった。
「パパ!」
「大丈夫!」
空手家パパは配管にぶら下がったまま、子供を見る。
そのとき。
小さな指が、一本。
柵から外れた。
「おい!」
もう一本。
子供の手が離れた。
「あっ」
落ちた。
考える時間などなかった。
空手家パパは配管から手を離した。
「飛び出すぜ!」
壁を蹴る。
「何も考えてないぜ!」
「パパぁぁぁぁ!?」
リュミの絶叫が響く。
空手家パパの身体は、落下する子供を追って――
九階から宙へ飛び出した。




