第十一話 宇宙より屋根!
月明かりに照らされた住宅街を、空手家パパは全力で走っていた。
腕の中には小柄な宇宙人、ルル。背後からは超常対策局の黒瀬と、異星の監察官セトが追ってきている。
「空手家パパさん! 止まりなさい!」
「すいませーん! 今ちょっと忙しいんですー!」
「何が忙しいんですか!」
「逃げるのに!」
胸元からリュミが顔を出した。
「パパー! なんでこうなるのー!?」
「ルルさんが帰りたくないって言うから!」
「だからって抱えて逃げる!?」
「ほかに何かある!?」
「話し合いとかあるでしょー!」
それはもっともだった。
しかし、すでに走り出してしまったものは仕方がない。空手家パパはルルを抱え直し、さらに速度を上げた。
そのとき、背後から青白い光が伸びてきた。
「抵抗を停止してください」
セトの声と同時に、光の紐が空手家パパの足へ絡みつく。
「うおっ!?」
身体が前のめりになり、そのまま地面へ転がった。咄嗟にルルを抱き込んで庇ったものの、足首に鋭い痛みが走る。
「いっててて……」
「空手家パパ!」
ルルが心配そうに声を上げた。
「大丈夫、大丈夫! ちょっと痛めただけ!」
そう言って立ち上がろうとするが、足に力を入れると痛みが走った。
セトがゆっくりと近づいてくる。
「身体的危害を加える意図はありません。抵抗を停止してください」
「私も危害は加えませんよ!」
空手家パパは胸元から魂カード《光》を取り出した。
「光ー!」
次の瞬間、凄まじい閃光が住宅街を包み込んだ。
真っ白になった視界の中で、黒瀬たちの声が響く。
「何だ!?」
「視覚妨害を確認!」
「よし、今のうちに……」
空手家パパは駆け出そうとした。
しかし。
「……見えねぇ!」
自分の視界まで真っ白だった。
「カードまじ使えねー!」
「だから使い方だってばー!」
リュミの抗議が聞こえる。
それでも空手家パパは、すぐに身体の力を抜いた。
視界が完全でなくても、相手の動きを感じ取る方法はある。長年の稽古で培ってきた身体操作。相手に触れ、力の流れを読む技術だ。
近づいてきたセトの腕に、空手家パパは柔らかく手を添えた。
「……失礼します!」
力と力をぶつけない。
肩、肘、足裏。相手の重心がどこへ向かっているのかを感じ取り、その流れをわずかにずらす。
セトの体勢が崩れ、倒れる。
「……!」
空手家パパはその隙に、足へ絡みついていた光の拘束を外した。
「よし!」
しかし、痛めた足で長く走るのは難しい。
空手家パパは周囲を見回した。逃げることに夢中で気づかなかったが、いつの間にか月極駐車場が見える位置まで戻ってきていた。
修理を終えたルルの宇宙船が、白線の中で淡い光を放っている。
「ルルさん! 船、動かせる!?」
「はい! 遠隔操作できます!」
ルルがコートの袖に触れると、宇宙船が低い音を立てて浮かび上がった。
銀色の機体が駐車場から滑るように移動し、二人の頭上で停止する。
船底のハッチが開いた。
「おお! 便利!」
空手家パパは空を見上げた。
「ルルさん!」
「はい!?」
「飛ぶよ!」
「……え?」
「行けーっ!」
空手家パパはルルを頭上へ放り上げた。
攻撃ではない。相手を傷つけるためではなく、宇宙船へ届けるための投げだった。
小柄な身体が夜空を舞う。
「わああああっ!?」
ルルは必死に手を伸ばし、開いたハッチの縁を掴んだ。そのまま身体を引き上げ、船内へ転がり込む。
「よっしゃ!」
空手家パパが拳を握った。
次の瞬間、ハッチが閉まり、銀色の船が一気に高度を上げた。
「ルル! 停止しなさい!」
セトが船へ手を向ける。
その腕から、再び青白い光が生まれようとしていた。
しかし、空手家パパはもう一度セトの腕を取った。
「すいませんね!」
触れた瞬間に重心を崩し、船へ向けられていた力の流れをずらす。
青白い光は誰もいない道路へ走り、路面を一瞬だけ照らした。
その間にルルの船は高度を上げていく。
「空手家パパさん!」
黒瀬の声が響いた。
セトも体勢を立て直し、空を見上げる。
空手家パパは両手を上げた。
「はーい、もう何もやりません」
黒瀬が足を止めた。
「……今さらですか?」
「はい!」
「あなたねぇ……」
空手家パパはセトへ向き直った。
「セトさん、手荒にしてごめんね。怪我ない?」
セトは自分の肩を確認した。
「損傷は軽微です。謝罪は受領します」
「よかった!」
セトは空を見上げた。ルルの船はすでに高度を上げ、住宅街の上空を離れようとしている。
「……帰還命令は、まだ解除されていません」
セトは静かに告げると、空手家パパへ向き直った。
「あなたの行動は理解しました。しかし、私には私の職務があります」
「……そっか」
空手家パパは頷いた。
「セトさんも大変だねぇ」
セトは少しだけ意外そうな顔をした。
「私を止めないのですか?」
「いや、もう足痛いし」
「……」
「それに、ルルさんがどうするかはルルさんが決めることですから。セトさんも、できれば話を聞いてあげてね」
セトはしばらく黙っていた。
やがて、小さく頭を下げる。
「……あなたの言葉は記録しておきます」
そう言い残すと、セトの身体が白い光に包まれた。
光の柱が空へ伸び、セトは巨大な船へと戻っていく。
間もなく、その船も動き始めた。
ルルの船を追うように、ゆっくりと旋回する。
二隻の宇宙船は月明かりの中を進み、やがて雲の向こうへ消えていった。
逃げ切ったのか。
捕まったのか。
その先で二人がどんな話をしたのか。
空手家パパには分からなかった。
ただ、あのときルルが見せた表情だけは、忘れられそうになかった。
「……まあ」
不意に、背後から声がした。
振り返ると、田中が自分の車のそばに立っていた。
夜勤明けの疲れた顔で、空になった駐車区画を眺めている。
「俺の場所は空いたな」
そう呟くと、田中は何事もなかったように車を停めた。
宇宙規模の問題が起きても、月極駐車場は月極駐車場だった。
⸻
「さて」
黒瀬が口を開いた。
「あなたとは、少し話があります」
「な、な、なんでしょうか」
空手家パパは思わず姿勢を正した。
「まず、今夜の経緯について詳しく確認したい。それから、先ほどの光についても説明していただきます」
「光?」
「あなたが使用したものです」
「……懐中電灯とか?」
黒瀬は黙って空手家パパを見つめた。
「……魂カードについても、話を聞かせてください」
空手家パパの背筋が伸びた。
胸元ではリュミが小さく息を呑んでいる。
「……リュミさん」
「な、なに?」
「どうしよう」
「ちゃんと話せばいいじゃん!」
「説明は苦手なの!」
空手家パパは踵を返した。
そして、逃げた。
「待て!」
しかし、足が痛かった。
三歩ほど走ったところで速度が落ち、あっさり黒瀬に回り込まれた。
「……何をしているんですか?」
「いや、その……」
「逃げる必要がありますか?」
「ないかもしれません!」
胸元からリュミが飛び出した。
「えええっ!? なんで逃げるのー!? 今ふつうに話できてたじゃん!」
「……逃げるから話が長くなるんです」
黒瀬がため息をついた。
「はい。すいません」
空手家パパは素直に頭を下げた。
「ほらー! だから逃げなくていいって言ったじゃん!」
結局、全部話すことになった。
ルルとの出会いから、宇宙船の修理、帰還命令、記憶検査のことまで。さらに、魂カード《光》や精霊リュミについても説明した。
これまで遭遇した妙な出来事についても、覚えている限り話した。
もっとも、空手家パパの説明はかなり雑だった。
「それで、コンビニでいろいろあってー」
「いろいろとは?」
「えっと、時間が止まったりしてー」
「時間が?」
「あと九階から飛び降りたりしました!」
「……なぜ?」
「子供が落ちたので!」
黒瀬は途中で何度か眉間を押さえた。
それでも最後まで話を聞いてくれた。
リュミも横で何度も頷いている。
「うんうん。だいたい合ってる! 説明がめちゃくちゃ雑だけど!」
「リュミさん、フォローしてよ!」
「してるよー!」
やがて黒瀬は端末を閉じた。
「……理解できた部分から処理します」
「お願いします!」
「それと、今後こうした事態に遭遇した場合は、できるだけ早く連絡してください」
黒瀬は連絡先を渡した。
「次に宇宙船を拾ったら、抱えて逃げる前にここへ連絡してください」
空手家パパはその連絡先を見つめた。
そして、思った。
いい人や。
「あ、すいません」
「まだ何か?」
「できたら宿まで送ってくれませんか?」
黒瀬が黙った。
「さっき逃げた時、足痛めたみたいで」
黒瀬はゆっくりと目を閉じた。
「……逃げたときの怪我で、逃げた相手に送迎を頼むんですか」
「はい!」
「……」
「ダメですか?」
結局、送ってくれた。
⸻
車の後部座席に座り、空手家パパは窓の外を眺めていた。
長い夜が終わり、住宅街には朝の気配が漂い始めている。
隣ではリュミが楽しそうに笑っていた。
「あははっ! 空手家パパ、すごいね! その図太さだけなら★12くらいあるよ!」
「褒めてる?」
「褒めてない! ……でも、ちょっと好きかも、そういうとこ!」
「おお、ありがとう!」
空手家パパは笑い、それから窓の外へ視線を戻した。
もう二隻の船は見えない。
ルルがどうなったのかも分からなかった。
記憶を調べること。
危険な記憶を隔離すること。
それが正しいのかどうかも、結局分からないままだった。
セトにも守るべきものがあったのだろう。ルルの知らない事情も、きっとあるのだと思う。
それでも、あのときのルルの言葉だけは耳に残っていた。
――私の記憶は、私のものです。
空手家パパは胸元へ手を当てた。
魂カード《光》が、ほんの少しだけ温かかった。
「……元気でやってるといいなぁ」
「ルルのこと?」
「うん」
リュミは小さく頷いた。
「そうだね」
しばらくの間、二人は静かに窓の外を眺めていた。
そして、宿へ着く直前。
空手家パパは突然、顔を上げた。
「あ」
「ん? どしたの?」
「屋根」
「屋根?」
「ルルさんの工具が刺さった家……後日修理するって約束したんだった」
リュミが目を見開いた。
「あーーーーっ!! 屋根!! 完全に忘れてた!!」
運転席の黒瀬が、バックミラー越しにこちらを見る。
数秒の沈黙が流れた。
「……空手家パパさん」
「はい」
「宇宙人より先に、そっちを片付けてください」
「押忍……」
リュミが勢いよく空手家パパの肩を叩いた。
「そうそう! 宇宙より屋根! まず屋根ー!」
宇宙規模の逃亡事件が終わっても。
壊した屋根の修理代は、
たぶん地球人が払うのである。
押忍!空手家パパです。
UFO編、これにて完結!
宇宙人を助けて、監察官と戦って、最後に残ったのは屋根の修理代
いやー、宇宙って怖いねー
ちなみにこの物語、自作TRPGアプリ「Butler」で遊んだ内容を小説にしています!
バト沼への入口はこちら
https://note.com/gentle_curlew322/n/n4e46d54e3fb2
次は何が起こるのか!?
作者にもわかりませーん!
押忍!




