9 Child of the Sun
ユカリがヨウジの子どもを出産したという連絡があったのは、帰国して半年ほど経ってからだった。
ヨウジは彼女が妊娠していたことも知らされていなかった。
ふだんはユカリを病人扱いしないことにしていたし、一緒に過ごしていて彼女の状態がよい時は、そういうこともあった。
ピルを使っていると言っていたはずだ。
「ヨウジさんのベビーがほしかったんじゃないのかなあ」
国際電話でまおが言った。
「そんなに軽く言うなよ、おれに知らせないで産むなんて……どうする、来月あたり、行っていろいろ相談するか……」
「ヨウジさんは、どうもしなくていいよ」
「なんだ、それ……それじゃおれがバカみたいじゃないか」
「ごめんなさい、そういうつもりじゃなくて……これはお姉ちゃんの考えなんだけどさ」
「言ってくれ」
「二人も三人も一緒だし、ヨウジさんには迷惑をかけない、こちらで育てたいって」
「そりゃあ、ないだろ……大雑把な話だな」
「ヨウジさんのことを軽く見てるんじゃなくて、理由もあるんだ。
前のダンナとディヴォースした時、子どもたちが成人するまでお姉ちゃんは誰とも結婚しない、それで養育費の支払いを受けるっていう契約になってるから」
「ディヴォースって何だ、離婚? 離婚に契約なんてあるのか」
「ごめんごめん、そうだよ、アメリカは契約社会だっていうでしょ」
「結婚はしないけど子どもは産むなんて、そんな話、通らないだろ」
「契約書に子どもを産んではいけないって書いてなかったんだよ、ダンナのミスだね、プロなのに」
なにを言っているのだろう? 現実の話ではないみたいだった。
まおはあとでメールを送ってきて、もう少し詳しいことを教えてくれた。
ユカリの元の夫は、彼女の出産を知らされても異議申し立てをしなかったという。
離婚はしていても自分たちの子どもの存在があるし、彼女の保護を継続していく意思があるそうだ。
「子どもを産んだり育てたりするのは症状の改善に有効かもしれないというシュナイダーの話を聞いて、彼も喜んでいました」
ヨウジは、そういう説明に簡単に納得したわけではなかった。
(どんなに手間をかけても、借金をしてでも……裁判か何かを起こし、ユカリと自分の子どもを手元におこう)
そうも考えた。
けれど、彼女を保護してくれている人間たちを敵に回すことはできない。
何よりも問題だったのは、そういうヨウジの立場がユカリ自身に理解できていないことだった。
そのことを改めて思い知らされたら、本当に自分のほうが壊れてしまうのではないだろうか。
ヨウジが行動を起こすことは、できなかった。
「別に、たしかに腹は立つけど、悲しい話ではないと思うよ」
明子が朝のコーヒーをいれてくれた。
「みんながみんな、あの子のためにって考えた結果じゃないの」
ヨウジは返事をする代わりに小さく笑った。
「あんまり気にしなさんな」
彼女は自分のぶんのコーヒーを置き、煙草を手にとった。
「向こうで育ててくれるっていうんならそれもよし、そのうち、一戦構える覚悟で、子どもを渡せっていうのもよし」
「過激ですね」
「大人の都合で子どもを不幸にするのだけはダメだからね、ユカリちゃんとその子どもが一番いいように考えて……その子、男なの女なの」
「女の子ですよ、名前は、未来」
「誰がつけたの」
「名前をつけるのと、認知だけはさせてくれたんです」
「そのぐらいはね……ミライちゃんか、写真とか持ってる?」
「ねえさんのとこ、PCありましたよね」
ヨウジはPCの電源をつけ、ネットを立ち上げて、暗記しているアドレスを打ち込んだ。
「なんなの」
「ユカリが作っているサイトがあるんですよ、公開とか宣伝はしてないから、知り合いしか見られないようになってます」
「へえ」
画面が浮かび上がった。
伝言コーナーがあって、ヨウジへのメッセージが書き込まれている。
『ヨウちゃん、またお水のシゴトをはじめたんだって?
やっぱり、ヨウちゃんはシェーカー振ってるのがいちばん似合うよねぇ
でもちょっとカッコイイと思ってオンナ泣かすなよ、このヤロー
こないだみんなで遊びに行った時の写真をアップしとくから見てねっ』
新しい写真のアイコンを押した。
ヨウジたちが最後に行った公園らしい場所で、上の男の子ふたりに挟まれるようにして、小さな女の子が立っている。
「あんたのほうに似てるねえ」
「そうですか? 自分じゃわからないな」
写真の下には、英語でキャプションがつけられていた。
『Mirai, A lady in the future, Child of the Sun』




