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10 Dragon Noodle

 

 土曜日の午後、『レディー・ドラゴン』の調理場でヨウジとジロウが新メニューの開発に取り組んでいる。

 言い出したのはヨウジだった。

「ジロウ、こういうの作れないかなあ」


 ヨウジは流行(はや)っているといわれるラーメン店に入るたび、何か違うものを作れないかと感じていた。

 それぞれの店は工夫を()らした美味しいものを作っているのだが、一杯の麺類に複雑な味が入りすぎているような気がするのだ。

 食べている最中は旨いなと感じるが、食べ終わった瞬間にもう後味が消えていて何も残さない、そんなものを食べてみたかった。


「そう言われても、ラーメンの世界はみんなすごく努力してやってますからね。

 おれあたりが、専門じゃないのにぽっと簡単に作れないすよ」

「種類はラーメンじゃなくてもいいんだけどさ」


 ヒントは中華のつけ麺だった。

 どんなに湯切りをしてもラーメンにはゆで汁の味とぬめりが残り、それがけっこう旨さの元だったりもするのだが、ヨウジはそれを取ろうと思った。

 いったん水でさらす。

 そのままスープにつけたのでは普通のつけ麺で、それも悪くないが、食べているうちにぬるくなる短所がある。


「熱いねぎ油をかけて軽く焼きそば状にしてから、スープに入れる」

「その手順が一番難しいすね、あとスープに入れた時、味をなじませるところ」


 ふたりは春先から夏の半ばまで、仕込みの合間にこの料理を試作していた。

 満足のいく麺が作れるようになるまでが大変だった。

 スープは鶏ガラで、丁寧にアクを取ってほとんど透明にしたものがベースだ。

 麺がほのかに焦げ味のついたさっぱりしたものなので、それに合わせた。


「ここまではできたな」

「ラーメンとは違いますね……あとは、トッピングですか」


 できあがった麺に、ちんげん菜、鶏肉、豚肉、牡蠣、あらゆるものを煮たり焼いたり炒めたりして載せてみた。

 ふたりが夕方の仕事に入る前のまかないは、ずっとこの料理の試食だった。

 これでひとまず完成したとふたりの意見が一致して、夏の終わりの午後、明子とコウ、サキを呼んで食べてみてもらった。


「大の男ふたり、これに熱中してたわけね、浮気でもしてんのかと思った」

「勘弁してくださいよ、ねえさん……」

「でもすごく美味しい、中国にもない味です」

 サキが言った。

「たしかに、食べたことない味……ラーメンってどんなにさっぱりが売りの店でも、けっこう濃厚な味ですもん」

 コウが言って、明子がつけ加えた。

「ラーメンとは呼ばないほうがいいかもね、やかましい人が多いから」


 おおむね好評だったので、店に出した。

 炒め物を中心とした(さかな)で酒を飲んだあとによく合う麺だったので、すぐ常連客に浸透して人気メニューになった。


「オイスター・ドラゴンふたつ」

 ヨウジがオーダーを通す。

 トッピングの具の名前を入れてそのように呼んでいた。

「はい、これでドラゴン・ヌードル終わりです」

「了解っ」


 ある日の夜、店がひけてから、ヨウジはジロウの相談を受けた。

 ヨウジとふたりで開発した麺がうけたのは嬉しい。

 しかし、ゆでて水にさらし、ねぎ油をかけるこの製法では、ドラゴンで出し続けるのは難しい。

 酒を飲んでもらって儲けをとる形の店にしては、手間がかかりすぎるのだ。


「おれもそれは考えてたし、ねえさんにも言われたんだ」

「明子さんが……なんて」

「あんた道楽であれ作ったわけ、自分の商売にしなさいよって」

「さすがですねえ」

「いや、ねえさんに言われる前から思ってたよ……ジロウがかまわなければ、おれはやってみるつもりなんだ」

「おれが止めるわけないじゃないですか、応援しますよ」


 カクテル作りが本業のつもりだったヨウジが麺の専門店を出すことになるとは、自分でも意外だった。

 けれど、いつまでもふたつの店の手伝いでは仕方がない。

 明子の手助けも少しは必要としたけれど、なんとか開店費用を捻出した。

 店名は、ジロウが考えた『昇龍麺』が面白かったが、見送られた。

 明子が『火龍舞(かりゅうまい)』というのを出して、それが採用された。



『火龍舞』の開店当日。

 雇い入れた新人が麺の製法に慣れるまでヘルプをする約束で、ジロウが来てくれた。

「あとでサキも来ますから」

「みんなで揃って、客がひとりも来なかったらさびしいじゃねえか」

「それは絶対ないすよ、おれはこの店に繁盛してもらって、ドラゴン・ヌードルの権利料を半分頂きますから」

「そんなの、儲かった時の話だろ……そうなるといいけどな」

「そんなこと言って」

 ジロウはヨウジの横顔をじっと見る。

「なんだ、気持ち悪いな」

「……明子さんのため、ユカリさんや未来(みらい)ちゃんのため、絶対成功させるぞって思ってるでしょ」

「そんなに面倒みきれねえよ」

 ヨウジはそう言った。

 もちろん、ジロウの言葉は当たっていた。


 サキがやってきた。

 黒地に金の糸で刺繍が入ったチャイナドレス姿だ。

「ヨウジさん、おめでとうございます」

「どうもありがとう……お疲れさま」

「いまそこで明子さんとコウちゃんに会ったんですよ、もうすぐ来られると思います」


 明子とコウが歩いてきて、ウィンドウの前に立つのが見えた。

 コウは真っ赤なミニのチャイナドレスを、少し恥ずかしそうに身につけている。

「……聞いてなかったよ、女同士で打ち合わせたのか」

 コウがドアを押して、明子が入ってきた。彼女のほうはロングだ。

 純白に見えるがごく微かに青い地の上を、緑と赤の龍が天に昇っている。


「コウちゃん、かわいいじゃん」

「また、心にもないこと言って……どうぞ、ママさんをほめてください」

「ねえさん、気合い入ってんな」

「コウちゃんはかわいいで、あたしは気合い?」

 ヨウジは腕組みをして明子を眺めた。

 彼女はいつものアルカイックスマイルではなく、咲き誇った花のような笑顔を浮かべている。

 そのほうが衣裳に合っているのを知っているからだが、それだけでもない。

 ヨウジはにっこり笑って言った。

「すげえ、キレイだよ」

「なに言ってんのよ……本当にバカだね、あんた」

 そう言いながら、明子の頬が紅くなる。意外と言われたことがないのだ。


「結婚式みたいですねえ」

 サキが言った。

「そうだ、今日はふたりの結婚式のようなもんだよ」

 ジロウは、陽気に言ったつもりだったが、急に自分の言葉が胸に来た。

 涙がこぼれそうになり、後ろを向いてしまった。

「おめえが泣くことねえじゃねえか……」

 そう言ったヨウジの口調が、亡くなった『GG』のマスターにそっくりだとジロウは思った。


「さあ、店を開けるぞ」



(了)



この料理は全くの空想で「そんな作り方で美味いわけない」というお叱りもあるかと思います

明子さんの晴れ姿が書きたかったから……彼女に脅されたから?

♪いつかおれは見るだろう/空を駆ける火の龍を


『GG』の物語はここでひと区切りです

『夢の更新 〜Phase3: 夜の鳩、月の熊〜』はサンジとイチさんが登場

外伝的なものになります、詳細は活動報告で!

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