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8 Saturday in the park

 

 何か月かが過ぎた。

 楽しかったのか、苦しかったのかは、ヨウジにはよくわからない。

 夢の中で見る夢のような……。

 そんな時間が、ただ流れた。



 ヨウジは日本に帰らなければならなくなった。

 聴講生の資格は、期限切れが迫っている。

 どちらにしても、本格的にアメリカにいるつもりなら正式に手続きをしなければならない。


「とにかく一度ね、戻ってワーキングビザを取ってくるよ」

 ヨウジはクルマの中で、まおにそう言った。


 土曜日の午後、みんなで郊外の公園に来た。

 ヨウジは、不便なので米国での運転免許を取っていた。

 運転してきてそのまま少し休み、ユカリと子どもたちが外で遊んでいるのを眺めていた。

 買い物に行っていたまおが助手席に乗ってきて、二人きりの会話になった。


「ヨウジさん」

「ん?」

「ヨウジさんは、アメリカでずっと暮らしていけそう? もっと英語を勉強して、ちゃんとした仕事を見つけて……」

「……そうしようと思ってるけど」

 まおは少しの間、黙っていた。

 それから、正面を向いたまま後を続けた。

「ヨウジさんが、お姉ちゃんとは関係なくアメリカでの生活を楽しんでいてくれるなら、それもいいと思うんだ」


(来たか)

 まおが何を言いたいかは、わかっていた。

 ずっと機会を待っていたのだろう。

「でも、そうじゃないでしょ」

「……なんて言ったらいいんだろうね」

「一生、お姉ちゃんのお()りみたいな生活なんて、してほしくないと思う」


 ここまではっきり言われたら、観念するしかないのかと思った。

 まおはユカリとは違う。

 姉のことは自分たちがどうにかしていく、身内ではないヨウジにこれ以上関わられても困る、そういう意味も彼女の言葉には含まれている。

 それが普通なのかもしれない。


 ヨウジは、わざと軽くぼやくように言ってみた。

「ミスター・シュナイダーにも(いじ)められるし、おれってさんざんだなぁ」

「彼はあれで、あなたのことが好きみたいよ」

「そうか? 全然そんな感じしないんだけど」

「お姉ちゃんと共倒れになってほしくないって、そう思ってるんだよ」

「……そうだろうな」

 ヨウジは、まおの横顔を見た。

 まおは半分ほど向き直って、にっこり笑ってみせた。


「まおちゃんは、きつくないのか」

「あたしは平気だよ、子どものころから慣れてるし、いまでもお姉ちゃんのこと、そんなにおかしいとは思ってない」

「そうだよ、おかしくはないよ」

「別にお姉ちゃんの犠牲になってるとかじゃないし、一緒にいると楽しいし」

「そうだな、楽しいな」

「あたしだって、こっちにボーイフレンド作ったし」

「こないだ、紹介してくれたもんな……」


 そんな調子で話していたら、かえってやり切れなくなってきた。

 いつかシュナイダーのところで泣くだけ泣いてしまったから、涙にはならない。

「ヨウジさん、今日までどうもありがとう」

「礼なんて、言うな」


 せめて、ユカリたちが日本にいてくれたらいい。

 そうヨウジは思うが、ユカリはこちらのほうが居やすいらしい。

 米国人が日本人ほど相手の感情を勘繰(かんぐ)ったり、言葉に裏の意味を込めたりしないからだろう。

 全くないわけではないけれど。



「こらあ、二人でなにしてんの、ヨウちゃん、こっちにおいでよ」

 ユカリの声が呼ぶ。

 いつか持っていたボールとグラブを手にしている。

「ひさしぶりに、キャッチボールしよ」

「そうだな」

 ヨウジは運転席から降りた。


 ユカリからグラブを受け取って、ボールをやり取りしながら距離をあけていった。

 グラブがすぱんと鳴る音が、規則正しいリズムになっていく。

 キャッチボールをするのは、もちろんあれ以来だ。

 あの時はずいぶん手加減をしたなと思い出した。

 何球か投げたあと、ヨウジは「いくぞ」と言って少し強めのボールを投げた。

 ユカリは目を丸くしてそれを受け、笑顔になった。

「こいつ、やっとその気になったなあ」

 嬉しそうに唇をかんで返球してくる。


 また何球か往復してから、ヨウジは思いつき、ポップフライのように高くボールを上方に投げた。

「あれえ」

 ユカリは空を見上げて、少し口を開けている。

 ヨウジは、青空に浮かんだ白いボールを目の裏に焼きつけた。


"Saturday in the Park" Chicago, 1975

ヨウジの滞在資格や運転免許については微妙なところです

平常時のユカリの事務処理能力が優秀だったということで

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