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5 Celebration Day

 

 ヨウジは、シューフィッターの派遣会社に「しばらくの間、別の仕事をしてみます」という断りを入れた。

 マーサとドラゴン、両方の店の仕込みを担当して、夜はドラゴンのカウンターに立つことにした。

 マーサで接客をするとしたら、ママとその男という図式になってしまう。

 そう勘繰(かんぐ)る客は多いし、実際そうなのだからそれは避けたほうがいい。

 それに、マーサのカウンターはコウに任せていれば大丈夫だ。


 ヨウジはバンを運転して、酒と食材をマーサに運び入れる。

 土曜日で、早い時間にコウが来ていた。

「おう」

「おうっす」

 コウは仕事の時は男の子のように返事をする。


 コウは、まだ昼間の仕事を続けていた。

 明子がよくしてくれるし、夜一本で……と考えたこともある。

 続けられるものなら続けたほうがいいと彼女が忠告してくれるので、いまのところそれに従っている。

 完全にこちら側に来てしまう覚悟はまだないかなと思っている。


「今日はママさんのとこから来たの?」

「いや、おとといから会ってない」

「一緒に住んじゃえばいいのに」

「そう言われるよ、部屋代がもったいないからって」

 コウにはとくに明子との仲について話さなかったが、隠すこともなかったので、自然と既成事実になった。

 コウがヨウジに好意を抱いていたことも、なにか昔の話になった。

 ヨウジがユカリを追って飛行機に乗った時に、コウのほうでは気持ちに区切りがついている。


「結婚しちゃえば? トシが違いすぎる?」

「最初は、自分の母親ぐらいだと思ってたもんなあ」

「そんなに老けてた? いくつ違うんだっけ」

「ねえさんは落ち着いてるからね、そう見えたんだ、十三だよ」

「上って言えば上だけど、そんなに不自然でもないねえ、最近ママさん若いし」

「まあ、その話はいいじゃん」

 ヨウジは食材を並べて、コウに今日のメニューを説明した。

「おれが下ごしらえまでやっていくから、加熱するのと盛り付けだけな」

「わかった」

「お通しは、ねえさんが煮物かなんか作ってくると思う」


 二人で並んで、(たけのこ)やピーマンを切る。

「なんでそんなに働くの?」

「いや、それほどでもないよ……けっこうぶらぶらしてたからな」

「やっぱり、ママさんに迷惑をかけたくないから?」

「おれがねえさんにカネの心配させるわけにいかないだろ」

「そうだよね、そういうのなんて言うんだっけ……カモメ」

 ヨウジは包丁を置いて、笑ってコウに向き直った。

「マジかよ……マジボケ? それは、ツバメ」

 コウが自分の口を押さえて、頬を(あか)くした。



 マーサを出て、クルマを駐車場に入れた。

 ドラゴンの開店まで、まだ二時間ある。

 賑やかな通りを外れて、行ったことのあるカフェに入った。

 およそ売上げをあげようと思っていない感じの静かな店だ。

 アルコール類も出すところで、ジンバックを頼んだ。

 ひところほど酒は飲まなくなったが、運転の用が済んで夜の仕事に備える時、気分を切り替えるのに一杯だけ飲む。

 誰かの連れてきた犬が足元にじゃれついてくる。


 明子とつき合うようになって半年が過ぎた。

 彼女がしきりと突っ張った言動をしていたのは、ヨウジを手に入れるため、それなりに緊張も警戒もしていたのだとわかった。

 慣れてくると彼女は、最初に出会った時と同じ、静かな女性に戻った。

 無口というのではなく、必要なことしか話さない。

 彼女の中には人一倍の優しさも激しさもあるのだが、それを自覚していて制御することを知っている。

 ヨウジが改まってそう考えることはなかったが、肌で理解はしていた。


「若い男つくってツヤツヤするなんて、かえって恥ずかしいよ」

 自分でそうやって言うほど、目に見えて明子は生気を漂わせている。

 もともとヨウジも年齢にしては落ち着いて見えるので、並んで歩いていてもそう違和感はなくなってきた。

 人前でねえさんと呼ばないでくれとは言われる。

 やくざな女とその舎弟みたいだからだが、ヨウジは気に入っている。

 そんなふうには見えないはずで、結婚していても不思議ではないかもしれない。


 携帯に明子の着信があった。

「ヨウジくん、産まれたよ、女の子」

「そうですか」

 ジロウとサキの子だ。

「どうする、あんた、こっちに来る?」

「いや、おれが病院に行っても仕方ないでしょ……ジロウはいるんでしょ? 店、休みかな」

「本人はやるって言ってるんだけど、どうしよ、休ませてあげたいねえ」

「ジロウ、そこらへんにいますか、出られますか」

「待って」


「ヨウジさん、先に店入っててください、お願いします」

「ついててやんなくていいのか」

「コドモ産まれたからこそ、やるっきゃないっしょ」

「おう、そうだな、行って仕度しとくわ」

「ありがとうございます……明子さんに替わりますか」

「いや、いい、あとでうちのほうに行くって言っといて」



 遅れて店にやってきたジロウは、ヨウジに抱きついて顔をくしゃくしゃにした。

「よかったな」

 ヨウジは、ジロウの肩と背中をぱんぱんと叩いた。

 その日のジロウは一日、調理場でなにか叫んだり歌をうたったりしながら仕事をしていた。



 午前二時、明子の家に寄ると、彼女も帰ってきたところだった。

「すげえなあ、あんなになるもんかなと思ったよ」

「よかったねえ……遊び人には女の子ができて、子煩悩になるもんだけど」

「ジロウは全然、遊んでないよ」

「あんたとは違うか? ワインでも開けようか」

「いいすね」


 ヨウジは、ドイツ製のワインオープナーを手にした。

 膝を折ってちょこんと座った明子が、ヨウジがワインを開けるのを見ながら言う。

「あたしが、あんたの子を産んであげられたらいいんだけどね」

「よしてくださいよ」

「まだ大丈夫なトシなんだけど、命がけになっちゃうかもしれないんだ」

「わかってますって」

「なんだったら、よそで作ってくれば、あたしは止めないよ」

「そんなこと言っといて、八つ裂きでしょうよ」


 うまく抜けたコルクの栓を丁寧にオープナーの刃から取る。

 ヨウジがそのままワインを注いだ。

 グラスを手にとった明子が言う。

「ワインの()ぎ方にも上手下手ってあるよね、あんたおいしそうに注ぐわ」

「いちおう、プロなんで」

 目で乾杯して、ふたりともグラスに半分ほど一気に飲んだ。

 明子の顔が晴れやかに輝いているのを見て、この人をずいぶん好きになったなとヨウジは思う。


「意外と隠し子でもいるんじゃないの? え、ヨウジくん」

 ヨウジは目を伏せてさらりと答えた。

「隠してはいないっていうか、いますよ」

 明子は、笑顔のまま小さく言った。

「マジかよ……」

 ヨウジの口調が伝染(うつ)っている。


“Celebration Day(祭典の日)” Led Zeppelin Ⅲ, 1970

ジロウとサキにとって祝福の日になりました

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