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3 Life's been good

 ずいぶんと長い時が流れたような気がする。

 それでも、会えば、きのうの続きのように話しはじめる。

 自分たちはそれでいいのだとヨウジは思っていた。

 無理をしているつもりはなかったが、何かが限界に達していた。


(嫌いになったり、憎んだり、そういうことはない)

(でも、これからまたあいつに会って、また別れて)

(そういうのは、もういい)


 そう考えて胸の中があまく痛む、その時期は終わった。

 ずっと一緒にいれば安心感がそれに代わることもあるのだろう。

 ユカリとそうなることはできなかった。

 それはそれだけのことで、考えても仕方がない。

 そのうちに、気がついたら思い出さなくなっているだろう。

 ヨウジに残された、唯一の知恵だ。


 ヨウジには、もうずっと前からわかっていた。

 まっすぐおれを見て、愛しつづけていてくれと、それだけが言いたかった。

 子どもっぽいかもしれないが、それは誰でもそうなのではないだろうか。

 それを受け容れてもらえなかった時、気持ちには行き場がない。



「女はね、そんなメンドクサイ男は苦手なんだよ」

 明子が言う。

 ヨウジの(もも)の上に乗っている。

「もっと簡単にね、あんなバカ女もう知らねえって、それでいいんだよ」

 ヨウジは、明子の腰を引き寄せてから、長いキスをした。


「いやらしいおばさんだと思わなかった?」

「そんなの、思うわけないじゃないすか」

「うちに入れて何もなかったら、ずっとそのままになっちゃうもの」

 ヨウジには、何も言葉がみつからなかった。

「あたしはね、あんたとこうなってみたかったの」

 そんなふうに言っても品が落ちて聞こえないのは、明子のいいところだと思う。

 ヨウジはゆっくりと彼女を突き上げつづける。

 優しい、穏やかな時間だ。


「もう、おなか一杯だよ」

 そう言って明子は、からだの力を抜いて身を投げ出した。

「あんたって、上手なんだねぇ」

「……なんて言ったらいいか」

「ひと休みしたら、お茶いれるからね」

 ヨウジは身づくろいをして、あらためてソファに座り直した。

 背中をもたせかけ、ひさしぶりに心地よい疲れを感じた。



 明子が()ててくれたコーヒーが置かれる。

「これじゃ、あんたが捨てられるの待ってたみたいだね」

「それ、止めてくださいよ……煙草、いいですか」

「おやまあ、礼儀正しいこと」


 あたしの男になろうなんて考えなくていいからね。

 あんたはそれで義理がたいから、そう努力しちゃったりするんでしょ。

 そんなの、わからないじゃないすか。

 おれが明子さんに惚れちゃうことだってあるでしょ。

 あんたがあたしに執着することは、ないよ、わかるもの。

 それに、あたしはそういう男のほうが好きなんだ。

 それじゃ、すごく都合がいい男みたいじゃないすか。

 そう、あんたはあたしに食われただけ。


「かなわないなあ」

「ふふ……太刀打ちできると思った?」


 あたしが決めることじゃないけど、コウちゃんはいいと思うけどなあ。

 あの子だったら、ずっと素直にヨウジくんを好きでいてくれるよ。

 そう言われて、そうなるわけにはいかないでしょ。

 明子さんはけっこう悪人ですねえ、おれを味見しといてあの子に振るんですか。

 だって、若い人同士で倖せになってほしいじゃないの。

 そういうもんですかね? 明子さんはどうしたいとかないんですか。

 あたしはいいのよ、もう充分、人生を満喫したから。


 他人が聞いたら、モラルも何もない会話かもしれない。

 けれど、ヨウジと明子は率直に話すことができた。

 お互いにそういう人間だと知っていたからだ。

 このまま普通に男と女になっていくこともあるのだろうか。


「このあと、ドラゴンに行ってメシ食いますよ……一緒に行きますか」

「きょうはいいや、生々しいもの」

「そんなの、わかんないでしょ」

「他人にはわかるもんだよ、けものくさいよ、きっと」

「うーん……そうかもしれないけど」

「何日か経ったら、平気だよ、いままで通りで」


 玄関のところで、もう一度だけ明子を抱きしめて、キスをした。

「またやらせてくれよ」

 わざと乱暴にヨウジは言った。

「それは、その時ね……ダメかもよ」

 そう言って明子は、いつか見たのと同じ菩薩さまの笑みをうかべた。

 自分では気づかなかったが、ヨウジも同じような顔になっていた。

「それじゃ」

「じゃあね」



 師走の風が、すぐにヨウジのからだを冷ましていく。

 なにか胸の中がからっぽになった感じはするが、悪い気分ではない。

 明子との時間は、不思議とヨウジの中に余韻を残さなかった。

 夢の中で一瞬出会っただけのような感触だ。


(明子さんが大人だからかな)

(でも、いつまでも女の人の親切に甘えてちゃいけない……おれは男なんだ)


 適当に女性と遊んでもらって、いい気になっていてはいけない。

 明子との間にあるものはそれだけではないと思うが、いま突き詰めることではないだろう。


(仕事を頑張って、お土産でも買っていこう……それぐらいしかできないし)

(べつに、もうHがなくてもいいや……)



『レディー・ドラゴン』の看板は、ネオン管で描かれたアルファベット文字だ。

 派手な装飾はそれだけで、とくに中華風の演出はしていない。

 もともと、サキの故郷が中国の南の島だからか、どちらかというとトロピカル系の内装にしている。

 ヨウジはゆっくりと店に入っていき、カウンター席の端に座った。

 ちょうど調理場からカウンターに顔を出したジロウがすぐヨウジの姿に気づき、笑顔になった。

「おう」

「いらっしゃい」


 どうしたんですか、ひさしぶりじゃないですか、みんな心配してたんですよ……ジロウは、そういうことは言わない。

 ヨウジの性格を知っているからだ。

「なにからいきますか」

「コロナと、あとなんか適当につまみ出して」

「了解っ、です」


 サキが飲み物を持ってきた。

 まだ美容院の開店までは手が回らないので、ウェイトレス役をしている。

「ヨウジさん、おひさしぶりです」

「ご無沙汰しちゃって、どうも……サキちゃん、まだおなかは目立たないね」

 サキの体内には、ベビー・ドラゴンが宿っている。


「男か女か、もうわかるんじゃないの」

「お医者さんではもうわかっているんだけど、おとうさんが教えないでくれと言うんです」

 つまみを出しながらジロウがぼやく。

「聞いてくださいよ、ヨウジさん、まだ生まれてないのに、オレのことおとうさんって言うんですよ」

「そりゃあ気の毒っていうか……いいじゃねえか、倖せなんだからよ」

 サキが首をかしげて言う。

「おかしいですか?」

「おかしくはないけど、気が早いね」

「わたしは早くジロウのことそう呼びたいんですよ、だっておとうさんはいちばん偉いのですから」


 その言葉がどこかで、かちりと当たった。

 ヨウジにはめずらしいことだが、声をあげて笑った。

 笑いすぎて咳き込み、涙が出てしまった。

 サキが心配して背中をさすりに来たほどだ。

「わたし、そんなにへんなこと言ったでしょうか」

「……ごめんごめん、へんじゃないよ、そうだよ、おとうさんはいちばん偉くなきゃいけないんだ」


 ジロウにはわかっていた。

 ヨウジはそう家庭に恵まれた人間ではなかったから、サキの何気ない言葉がこたえたのだ。

(おとうさんはいちばん偉いのですから)

 そう言ってまっすぐ自分を信頼してくれる人間が、ヨウジにも必要なのだ。

 結婚して店を開いた経験が、短い期間でジロウを大人にしていた。


(立ち直るっていうと、いまのヨウジさんが駄目だってことになるし、おれの口からそんなふうには言えないけど)


 ジロウは、シューフィッターの仕事についてはよく知らない。

 ただ、ヨウジにはシェーカーを振っていてほしいと思った。

 自分の店で下についてもらうわけにはいかないだろう、ヨウジは気にしないかもしれないが。


(うちでバイトしませんか……軽すぎるか、おれを助けてくれませんか……これならいいかな)


 ジロウは、ヨウジと仕事がしたかった。


Life's been good……人生は上々だ

ここでは「そんなに悪いことばかりでもないのさ」くらいの意味でしょうか

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