2 Leather Boots
ヨウジが売場に戻っても、そうお客は来ていなかった。
午後三時から四時は、そういう時間帯だ。
夕方からもうひと山あれば充分だと思った。
展示されている商品の位置を直したりして、時間が過ぎるのを待つ。
店内のBGMは月の初めから、ずっとクリスマスソングだ。
七・八年前にこの仕事をしていた時に聴かされすぎて、その手の音楽が嫌いになっていたのをヨウジは思い出した。
いまはそれほどでもない。
いまかかっているのはそれ用のうすっぺらなBGMではなく本格的なゴスペルグループのものだから、そのせいもあるだろう。
綺麗なアカペラで、ヨウジにはよくわからないが、クリスマスソングというより宗教歌のようなものを歌っている。
ひざを折って靴を磨いていたら、前に人が立った。
漂ってくる雰囲気が、なにか覚えのあるものだった。女の人だ。
「ヨウジくん」
明子だった。白いジャケットに茶のセーター、ベージュのスラックス。
地味に見えるが、それなりに高価いものだ。
着ている中身のほうが映えているのは、そのせいだけではない。
ヨウジは立ち上がって挨拶をした。
「どうも……ママさんのおうちはこの沿線でしたっけ」
「そうだよ、こんど遊びにいらっしゃい、襲わないから」
軽口をたたいて笑う明子は、一年前よりいくつか若くなったように見える。
自分より頭ひとつは背が高いヨウジを見上げて、顔をのぞきこむようにした。
「元気そうだね……そうでもないか?」
「いやあ……きょうはお買い物ですか」
「そう、靴を買おうと思ってね、あんたが靴屋になったのは聞いてたけど、こことは知らなかった」
「……ここには、ママさんが履けるのはないなあ、ワンフロア上にはブランドの店がありますけど」
「こら、それじゃ商売人失格だぞ」
ヨウジが担当しているのは若い人間向けのカジュアルで、明子が買うような高級品は置いていないので、正直に言った。
「年寄り扱いしないでよ、若作りのブーツはどうかなと思ってるんだ」
「まあ、見てってください、こっちのコーナーです」
案内されながら、ヨウジの耳に口を近づけて、明子が囁く。
「ああ、それから、ママさんはやめてね」
ヨウジは笑った。ひさしぶりに会った彼女の機嫌がよさそうなのは嬉しい。
「じゃあ、何てお呼びすればいいんですか……お客さま」
「アキコって呼んで」
「お戯れを……」
明子はほんの十分ほどで品物を選んだ。女性にしては買い物が早い。
縦半分に割ったかたちで、本革とバックスキンが貼られたデザインのブーツだ。
「これはお洒落かもしれませんね、さすがだなあ」
「何年も履くより、これはひと冬のもんだからね、これがいいよ」
「似合いますよ……ありがとうございます」
包装と会計が済んで、明子は紙袋を手にした。
「ヨウジくん」
「はい」
「顔を出しなさいね、マーサでも、ドラゴンでもいいから」
「なんとなく、ついね……近いうちに行こうと思ってたんです、いやほんとに」
「コウちゃんはあたしが面倒みてるから」
『GG』をいったん閉めた時、バーテンダーの見習いをしていたコウは、パブ『マーサ』のママ、明子が引き取ってくれた。
(うちはカクテル専門じゃないけど、コウちゃんが来てくれるんならメニューに取り入れられるしね)
(あたしなんかまだまだですけど……よろしくお願いします)
それはあとで聞いた話で、ヨウジはその時、日本にいなかった。
生真面目な表情でシェーカーを振っていたコウの姿を思い出す。
「おれなんか、彼女に何もしてやらなかったですけどね……会いに行きますよ」
「ほんとだぞ! じゃあね」
明子はもう、はんぶん背中を向けて歩き出している。
少し行ってから振り向いて、笑顔でVサインをつくった。
つられてヨウジも、同じことをした。
(ちょっとバカみたいかな? いや、おれはバカにはちがいないけど)
(会えてよかったかな……やっぱり、偶然だよな)
聖歌にひざを折っていたら明子さんが現れました




