第39話 創造神の真意
翌朝、セステアの教会には昨夜のどんよりした空気とは打って変わった、どこか浮き足立った空気が流れていた。
「メロちゃん、準備はいい? 町には可愛い服がいっぱいあるから、楽しみにしててね!」
「……お、おう。マジ頼むわリオラ(マジ聖女)。アタシ、このワンピのままだと精神が風化して、萎え死しちゃうから……」
リオラに手を引かれ、数人の年長の子供たちと共に教会の門をくぐるメロ。
昨夜の絶望からは幾分か立ち直った彼女は慣れない平たい靴でパタパタと、しかし期待を胸に歩き出していく。
その賑やかな一行を、二階の窓から冷めた目で見送った少年――ラオは、彼女たちが森の向こうへ消えるのを確認すると静かにカーテンを閉めた。
◇◇
ラオは無造作に、自分の身体に幾重にも巻かれていた包帯を解いた。
不浄の化身ミアスを概念ごと消し飛ばす為、脆弱な体の限界を越えた『神の権能』を行使した反動で、焼き切れたはずの神経やボロボロだった内臓。
だが包帯の下から現れたのは、傷跡一つない滑らかな少年の肌だった。
「……脆く、すぐに壊れる欠陥品だが、再生の早さだけは唯一の救いか」
ラオは短く呟くと窓を薄く開け、教会の屋根へと登る。
そして自らの体に『神の権能』と魔力を巡らせると、黒髪がふわりと逆立ち、微かな銀光が体を包む。
「ふむ……」
身体の感触を確認したラオは遥か上空を見据える。そして気配を完全に遮断し、音もなく教会の屋根を蹴った。
重力という「小ヌルい」法則を無視し、彼は一直線に上空へと突き抜けた。
雲を割り、空気が薄くなる成層圏の間近。
地上からは豆粒どころか視認することさえ不可能な高度に達すると、ラオはそこでピタリと静止し、虚空に胡座をかいた。
「……さて。……おい、ドジっ子」
ラオが虚空に呼びかける。
すると空間が微かに歪み、天界の通信担当天使エルルの焦ったような声が脳内に直接響いた。
『ひぇっ!? は、はいっ! ラオデレティオ様! お目覚め、というか……そんな高度にいたらその体の肺がパンクしちゃいますよぉ!』
「黙れ。……今すぐ創造神ゴルドアンに繋げ。あの老いぼれと、少し『詰め』の話をせねばならん」
「え……えぇ~……」
エルルの情けない声がラオの脳内に返ってきた。
◇◇
天界の最奥。
創造神ゴルドアンの眼前には、百万那由多にも及ぶ世界が、結晶体の群れのように美しく、そして残酷に広がっていた。
彼はその無数の輝きの中から、ある特定の「座標」を凝視している。
その世界の一部には、癌細胞のようにじわりと広がるどす黒い「汚染」の胎動があった。
「……やはり……思った通りか。根源より奴らが動き出したな」
ゴルドアンの独り言は、宇宙の深淵を揺らす。彼が注視していたのは、単なる不浄の魔物ではない。
世界の理そのものを腐食させる、もっと根源的な「汚染」だった。
そこへ通信室のエルルから狼狽した声が入る。
『あ、あのぉ……ゴ、ゴルドアン様! 申し訳ありません、ラオデレティオ様が……ラオデレティオ様が直通ラインを開けと仰っていて……!』
「フム……良かろう、繋げ」
ゴルドアンの目の前の空間が裂け、上空で不敵に座るラオの姿が映し出された。
ラオは天界の主を前にしても不遜な態度のまま、氷のような眼差しを向けた。
「ゴルドアン。……いい加減、お前の本当の目的を話せ。貴様が気まぐれや酔狂で、この我をあんな掃き溜めのような世界に、これほど脆い体で送り込んだわけではないだろう?」
ラオの問いは鋭く、創造神の真意を抉ろうとする。
メロウディアという爆弾を送り込んだことも含め、盤面をかき乱すような神の采配に、ラオは明確な違和感を抱いていた。
それに対し、ゴルドアンは怒るでもなく、ただゆっくりと、深く、不敵な笑みを浮かべた。
「……察しが良いな、ラオデレティオ。ならばお前が考える儂の本当の目的やらを話してみよ」
「フン……我を試すのか? 創造神よ」
その笑みの意味するところは福音か、あるいは更なる絶望か。
二柱の神の視線が、次元を超えて交錯した。
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