第40話 撒き餌となった破壊神
天界の最奥、万物の設計図が流転する「至聖所」。
黄金の玉座に鎮座する創造神ゴルドアンの唇が不敵な弧を描く。
モニター越しに放たれたラオの鋭い追及は宇宙の静寂を切り裂き、創造主の胸元へと真っ直ぐに届いていた。
地上三万メートルの成層圏。
凍てつく風と希薄な酸素の中においても、ラオは苛立ちを隠さず、銀色の瞳を細めて創造神の双桙を見据える。
『我の魂をこのような矮小な体に閉じ込めたのだ。それ相応の理由があるのだな? その答え如何によっては創造といえど容赦はせんぞ?』
『ふむ……そうじゃの……』
ゴルドアンの思案する声は低く重く、ラオの脳内に直接響き渡る。
ラオは不満げな表情を浮かべたまま、ゴルドアンの言葉に耳を傾ける。
『儂の狙いは一つ。我が創造した百万那由多の世界に、寄生虫の如く必ず現れる不浄の根源――「汚染」そのものの完全な浄化だ。お前も知っての通り、これまで「汚染」が一定の閾値を超えた世界が現れれば、儂はお前たち破壊神を送り込んできた。そして侵食された世界ごと、不浄を概念から焼き払い、また新たな無垢な種を蒔いてきた。……だがそれは永遠の足踏みに過ぎぬのだ』
ゴルドアンの手元にある水槽のような空間では、一つの銀河が黒い靄に包まれ、腐食していく様子が映し出されている。
『「汚染」の根源を断たねば、この機関は永遠に繰り返される。……だが奴らは極めて狡猾だ。完成された破壊神が放つ、圧倒的な「終焉の気配」を察知すれば、奴らは即座に次元の狭間へと逃げ延び、別の世界へと移りゆく。我らがこれまで破壊し、浄化してきたのは奴らが侵食した後の「腐敗」……ただの残留物に過ぎんのだ』
ラオの銀色の瞳に理解と、そして更なる不快の色が混じる。
「……だから、罠を張るというわけか。この我という『餌』を使って」
『左様。奴らは侵略者だ。自分より強い者からは逃げ、自分より弱い者、あるいは「弱った強者」を喰らうことに異常なまでの執着を見せる。……ならば、その捕食対象を奴らが『喰える』と思えるほどにまで矮小化させればどうなるか? 神の権能の大部分を封じられ、脆く、すぐにでも壊れそうな少年の体に閉じ込められた……弱体化した神。……逃げ続けてきた『汚染の根源』にとって、今の貴様は、喉から手が出るほどに喰らいたい、宇宙で最も甘美な「撒き餌」に見えているのだよ』
ゴルドアンの笑みが深まる。
その冷徹な計算高さは慈愛の神というよりは、冷酷な謀略家のそれであった。
『奴らは貴様の弱体化を、千載一遇の好機と捉えておる。今まさに世界を侵食する『汚染の根源』は、自らの本体を晒してでも貴様を喰らい尽くそうと、その間近まで近付いてきている。……昨夜の「不浄の化身」など、その先触れに過ぎん』
ラオは、ふっと自嘲気味に口角を上げた。
十二歳の子供の体に押し込められた屈辱。
包帯だらけの惨めな姿。それら全てが敵を釣り上げるための精密な設計図の一部だったのだ。
「なるほどな。クソジジイめ。……つまり我は、不浄の親玉をおびき寄せるための『生贄』というわけだ。……それも、いつ死んでもおかしくないほどに弱らせた、最高級の餌だな」
ラオは吐き捨てるように言った。しかしその声に悲壮感はない。
むしろ瞳の奥には、隠しきれない凶暴な戦意の炎が冷たく燃え上がり始めていた。
「……まあ、いい。退屈を凌ぐ暇潰しには丁度良いな。あの小ヌルい魔物どもを相手にするよりは、少しは骨がありそうだ。我が食われるか、それとも奴の喉を食い破ってやるか。……面白い賭けではないか」
『ふっ……お前ならばそう言うだろうと思い、その姿で送り込んだのだよ。ラオデレティオ、お前のその不遜な魂こそが、奴らを誘き寄せる最高のスパイスなのだからな』
「やはり、救いようのないクソジジイだな、貴様は。性格が歪みきっている」
ラオは冷笑を浮かべ、深青の空を仰いだ。
自分が「餌」であることを自覚した瞬間、彼の中の破壊神としてのスイッチが完全に入った。
脆弱な肉体という枷さえも、今は獲物を狩るための最高の「遊び」に感じられていた。
ふとラオは思い出したように、今朝方リオラに連れられて不慣れな靴で出かけていった、あの騒がしい存在のことを問いかけた。
「……で。あのメロウディアは何故ここにいる? あれも貴様の緻密な計画(罠)の一部か? 破壊神を二柱も餌にするなど、効率が悪すぎるだろう」
ラオの問いにゴルドアンは一瞬だけ、本当に一瞬だけ言葉を詰まらせ、視線を泳がせた。
『……いや。……まあ、あれは……いわば「ついで」のようなものだ。報告に来たあやつがあまりに煩く、せっかくの静寂を乱すゆえ……「ならばラオのところへ行け」と、なかば追い払うように送り出した。詳しい事情は後で儂から直接説明しておこう』
ゴルドアンの言葉を聞いた瞬間、ラオは天を仰ぎ、深い深い溜息をついた。
地上ではあの花柄ワンピースの少女が、リオラの聖女オーラに当てられて感激していたはずだが、その本質は凶暴な破壊神だ。
『……それは止めておいた方がいいな。貴様、アレを舐めすぎだぞ』
『なに?』
『奴は今、自分が貴様に嵌められたと思って、発狂しているぞ。現にあの絶望的にセンスのない花柄のワンピースと天界への帰還パスが閉ざされた現実を突きつけられた時……奴は「あのクソジジイを八つ裂きにして、その根源を宇宙の塵にしてやる」と、わんわん泣きながら喚き散らしていたからな』
『…………フム。……それは……少々、いや、かなり面倒なことになりそうだな』
全知全能のはずの創造神の声が明らかにたじろぎ、うろたえたのをラオは聞き逃さなかった。
破壊神を二人同時に、敵に回すことが創造神にとってどれほどのストレスになるか。
『覚悟しておくことだな、クソジジイ。我もあいつも、ただでは死なぬぞ。我が「汚染の根源」を破壊し、天界に還るのを震えて待っておけ』
ラオは通信を一方的に遮断した。
雲を突き抜け、自由落下に近い速度で教会へと降下を開始する。
風を切る音が鼓膜を激しく叩く。
自らを撒き餌にされた怒りはある。
だがそれ以上に自らを狙って近づいてくると知らされた「汚染の根源」を、この小さな手でどう蹂躙してやるか――。
ラオの唇に残酷で美しい、子供らしくない笑みが浮かんだ。
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