第38話 聖女の提案(マジ聖女)
セステア教会の食堂。
いつもなら子供たちの笑い声が絶えない賑やかな夕食の時間は今宵、奇妙な静寂に包まれていた。
その中心にいるのは、昼間にボロボロの姿で現れた新入りの少女――メロウディアである。
彼女の表情はまさに「お通夜」そのものだった。
目の前に並んだ教会の温かな家庭料理。
昼間あれほど貪り食ったはずの食事に、今の彼女は全く手が伸びない。
彼女の脳内を埋め尽くしているのは創造神への呪詛と、この「地味ワンピ」で過ごさねばならない永遠にも等しい時間への絶望だった。
「……メロウディアちゃん、お口に合わないかしら? 無理して食べなくていいのよ」
メアリが心配そうに彼女の顔を覗き込む。
彼女たちの目にはこの少女が「戦争で全てを失い、心に深い傷を負って言葉を失った哀れな戦争孤児」にしか見えていない。
「ゆっくりで構いませんから。目の前の食事は逃げないのですからね」
サミエルもまた慈愛に満ちた眼差しで、彼女を励ます。
子供たちも自分たちの分からパンを分け与えようとしたり、お気に入りの玩具をそっと差し出したりと、彼らなりのやり方で「新しい仲間」を元気づけようとしていた。
「……あ、あざっす……。マジで、みんな優しすぎて……逆に辛いんだけど……」
メロウディアが力なく呟く。
そんな中、一人の小さな子供が首を傾げてメロウディアの沈んだ顔を覗き込む。
「め、めろうでぃあ……? なまえ、ながくてむずかしい。……めろちゃん、でもいい?」
その無邪気な一言にサミエルが優しく頷いた。
「そうだね、メロウディアは少し長いかもしれないね。みんな、今日から彼女のことは『メロちゃん』と呼んであげよう。それでいいかな?」
「……メロ。……うん、まあ、いい。メロって響き……アタシっぽくて嫌いじゃないし」
こうして天界で恐れられた破壊神の一柱は、この地上で「メロちゃん」という、あまりに愛らしい呼び名で固定されることとなった。
◇◇◇
夜……消灯時間を過ぎた静かな教会の廊下で、メロは月明かりを浴びながら、窓の外の暗い森を眺めていた。
自慢のネイルは剥げ、服はダサい花柄。
天界へ帰る道は閉ざされている。
「……マジでありえない。アタシの人生、激ぺしゃだわ……」
膝を抱えて溜息をつく彼女の背後に、柔らかな気配が近づいた。
「メロちゃん、まだ起きてたの?」
振り返ると、そこには寝巻き姿のリオラが立っていた。彼女はメロの隣にそっと腰を下ろすと、その小さな肩を包み込むように優しく微笑んだ。
「ねえ、メロちゃん。明日、私と一緒にセステアの町まで買い出しに行かない?」
「……町? 買い出し?」
「ええ。サミエル神父にお願いしたから。メロちゃん、着替えも持ってないでしょう? そこでメロちゃんに似合う、最高に可愛い服を一緒に選んであげる」
メロが目を見開く。
リオラはメロがなぜこれほどまでに落ち込んでいるのか、その本質的な理由――「ファッションへの飢え」を無意識のうちに察知していた。
「リオラが、アタシに服を……?」
「もちろん! メロちゃんはこんなに可愛いんだもの。もっとキラキラした、お姫様みたいな服を着たらきっと元気が出るわ。私、一生懸命選んじゃうからっ!」
リオラの瞳は、一点の曇りもない善意と慈愛に満ちていた。
その聖女のごとき輝きは、闇の中で絶望していたメロウディアの心に暴力的なまでの温かさで突き刺さる。
(……な、なにこれ……。この子、マジ天使? いや、アタシの知ってる天使より全然天使なんだけど……! これがホントの聖女ってやつ!? マジ尊い……マジ聖女……!)
破壊神としての自尊心がリオラの圧倒的な優しさによって、さらさらと砂のように崩れ落ちていく。メロの瞳から再び大粒の涙が溢れ出した。
「う、うわぁぁぁん! リオラぁ、マジ大好き! アンタについていくわー!」
「ふふふ、喜んでくれてよかった。じゃあ明日は一緒に早起きしようね」
リオラに抱きしめられながらメロは心の中で誓った。
この「地味ワンピ」の刑期を終えるまでは、この聖女(マジ天使)のそばで、せめて少しでも「盛れる」生活を手に入れようと。
◇◇◇
その光景を部屋の影から黙って見つめている少年がいた。鼻で冷たく笑い、壁に寄りかかる。
「……小ヌルい。破壊を司る神ともあろう者が人間の小細工に絆されるとはな。……まあいい。それであの喧しい女が静かになれば、少しでも我の平穏が保たれるか……」
ラオの呟きは夜の静寂に溶けて消えた。
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