第37話 ギャル破壊神の絶望
セステアの教会に、午後の柔らかな日差しが差し込んでいた。
昼食を終えたばかりの食堂は、食器が触れ合うかすかな音と子供たちの満足げな吐息が混じる穏やかな静寂に包まれている。
ラオは壁際の椅子に深く腰掛け、全身に巻かれた包帯の窮屈さに眉をひそめていた。
昨夜の死闘によるダメージは睡眠と「本来の魔力」の循環によって驚異的な速度で回復しつつあるが、肉体の節々に残る鈍い痛みまでは消い。
その平穏を破ったのは、教会の重い扉が油の切れた蝶番のように力なくギギギ……と軋んだ音を立てて開いた瞬間だった。
「……あー、マジ……ありえない……。砂利道、足痛すぎ……足の裏、平らすぎて死ぬ……」
そこに立っていたのは、ボロボロになった『絶望的にセンスのない、ぼやけた色合いの花柄ワンピース』を纏った十二歳ほどの少女だった。
盛り盛りに巻かれた金髪は埃にまみれてボサボサになり、自慢のデコネイルも数本が無残に剥がれ落ちている。
何より履き慣れない布製のフラットシューズのせいで足取りは幽霊のようにフラフラで、その形相は空腹と疲労でこの世の終わりのようであった。
ラオはその異様な風体の少女を不快感を隠そうともしない冷ややかな眼差しで見遣った。
(……また、小ヌルい迷い子か。この地に不浄が満ちれば、こうした有象無象が次々と流れ着く。……ゴミが増えたか)
ラオにとって彼女はただの「哀れな人間」にしか見えていなかった。
その魂の格を察知できないほど、彼女の力は今の器に深く封じ込められ、かつ彼女自身が肉体的な限界を迎えていたからだ。
「あらあら、大変! あなた、どうしたの!? どこから来たの?」
真っ先に駆け寄ったのは、サミエル神父の妻メアリだった。
サミエルとリオラもその悲惨な姿を見て息を呑む。
「また新しい戦争孤児かしら……。こんなに小さくて可愛らしい子が一人でこんなところまで……。さあ、こっちへいらっしゃい。今すぐ温かいご飯を用意するわね」
リオラたちに抱えられるようにして席に座らされた少女は差し出されたパンと熱いスープを見た瞬間、破壊神としての矜持をあっさりとゴミ箱に投げ捨てた。
「……食う。マジで食う。いただきまーす!」
周囲が引くほどの勢いで料理にがっつく少女。口の周りにスープを撒き散らし、パンを無理やり喉に押し込んでは「グフッ」と噎せ、また食らいつく。
その姿は数日飲まず食わずで荒野を彷徨った野生動物のそれであった。
「ふぅ……。マジで生き返ったわー。あ、おかわりとかある? 冗談だけどw」
ひとしきり食べ終え、ようやく人心地ついた少女が満足げに一息ついて食堂を見渡した。
そしてふと食堂の隅で、全身に痛々しく包帯を巻きつつも氷点下の眼差しでこちらを凝視している黒髪の少年と目が合った。
少女の口角が勝ち誇ったような、そして底意地の悪い形に釣り上がる。
「……見ーつけたw」
彼女は椅子を蹴るようにして立ち上がると、フラットシューズをパタパタと鳴らし、一直線にその少年の元へと歩み寄った。
「あはははは! ちょっと、何そのザマ!? 全身ミイラ男じゃん! マジでウケるんだけど! あのラオデレティオがこんなちんちくりんのボロ雑巾になってるとか、マジ最高のエモなんだけどー!」
その天界に響き渡っていた時と何ら変わらぬ、不敬極まりないキンキンとした高い声。
ラオの瞳が驚愕に見開かれた。
「……貴様。その耳障りな声……。まさか、メロウディアか?」
「そーだよ! ラオぴ、マジでショタ化してんじゃん! 写真撮りたーい! 映えすぎっしょw ちょ、こっち向いてよミイラくん!」
メロの絶叫に近い笑い声にサミエルたちが目を丸くして固まる。
「えっ……? ラオ君の知り合いなのかい?」
「あ、あの……ラオ君、この子とお友達なの……?」
リオラの戸惑うような問いかけにラオは答えなかった。
ただ目の前で腹を抱えて笑い転げる「花柄ワンピの不届き者」を見つめ、その瞳に深い、深い憐れみの光を宿した。
「……おい、メロウディア。貴様……正気か?」
「はぁ? 何その『可哀想な子を見る目』は! これは不可抗力っしょ! クソジジイのセンスがバグってただけだし! まあ、アタシは二、三日ですぐに帰るけどさ。さあ、あんたの無様な姿をもっと拝ませ……ちょっと、引っ張らないでよ!」
ラオは無言のままメロウディアの細い手首を万力のような力で掴むと、強引に教会の外へと引きずり出した。
◇◇
教会の裏手、人気のない木陰。
ラオは乱暴に手を放すと、大きなため息をついてメロを真っ向から見据えた。
「……貴様、二、三日で戻るつもりでここへ来たと言ったな?」
「当たり前っしょ! こんな地味ワンピの世界に長居とかマジ無理。記念写真撮ったら、ソッコーで天界にバックレるわ。てかもう満足したから帰ろっかなー」
勝ち誇ったように鼻を鳴らすメロウディアに対し、ラオはさらに深い憐れみの表情を浮かべ、死刑宣告にも等しい真実を突きつけた。
「……無理だ。この世界の『器』に魂を定着させた以上、不浄の浄化が一定水準に達するまで、天界への帰還パスは絶対に開かぬ。……創造主から、何も聞いていないのか?」
メロウディアの表情がパキリと音を立てるようにして凍りついた。
「…………え? ……は? ……今、なんて?」
「一度、人間の器で降臨すれば、当分は戻れんと言っている。我のようにこの小ヌルい世界で泥に塗れて過ごすしかないのだ。貴様……完全に抜かったな」
数秒の沈黙。静寂がセステアの森を包み込む。
直後、大気が震え、鳥たちが一斉に羽ばたき、地上の全ての生命が脅えるほどのメロウディアの絶叫が爆発した。
「あのクソジジイィィィィィィィィィィィッ!!! 詐欺じゃん!! マジでありえない!! 訴えてやる! こっちに引きずり降ろしてタコ殴りにしてやるからなぁぁぁ!!」
メロは天に向かって力いっぱい両手の中指を突き立て、顔を真っ赤にして創造神ゴルドアンに対する罵詈雑言の嵐をぶちまけた。
狂ったような怒声が響くが、夕凪の空は何も揺るがない。足元の惨めな平たい靴とダサい花柄のワンピースが、冷酷な現実として彼女を縛り付けている。
「嘘……嘘っしょ……。アタシ、ずっとこの服なの……? 厚底もない、ネイルも直せない……ずっと!? 嫌だ、嫌だ、嫌だぁぁぁ! マジ無理! 尊厳破壊なんだけどぉぉぉ!!」
メロウディアはその場に膝から崩れ落ち、子供のように「わんわん」と声を上げて泣き出した。
派手なメイクが涙と鼻水で無惨に流れ、さらに「村娘A」としての悲壮感が加速していく。
ラオはその様子を氷のような眼差しで見下ろしながら、もう一度深く深くため息をついた。
「……泣いても帰還パスは開かん。……ゴミがもう一つ増えたか。それも、最大級に騒がしいゴミが」
夕暮れの中で憐れみの視線を投げ続ける「ミイラ男の破壊神」と、花柄ワンピで手足をバタつかせて泣きじゃくる「ギャル破壊神」。
世界の運命を握る二柱の再会は、これ以上ないほどに「小ヌルい」絶望と、耳を刺すような泣き声に彩られていた。
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