第36話 片道切符の降臨劇
天界の最奥……万物の設計図が静かに流転し、星々の鼓動が重なり合う「至聖所」。
そこはただ存在するだけで銀河の運行を狂わせるほどの絶対的な威厳を放つ、創造神ゴルドアンが鎮座する聖域である。
本来であれば高位の天使ですらその神威に圧倒され、平伏することすら許されない沈黙の空間。
だが今その静寂をペタペタと足音を鳴らす、あまりに不敬極まりない無遠慮が踏みにじっていた。
「おーい、クソジジイ……じゃなかった、創造神様ぁー! 起きてる? 寝てたらマジで悪いんだけどさ!」
黄金の巨大な門をまるで自室のドアを開けるような軽さで押し開けたのは、破壊神メロウディアであった。
彼女はラオと同じ「破壊」の権能を持つ破壊神ながら、その価値観は極めて世俗的で、天界の規律など爪の先ほどの価値も置いていない。
「……メロウディアか。並行世界『ゾルデ』の掃除を終えた報告か?」
ゴルドアンの声が宇宙の深淵から響くような重低音となって返る。
だがメロウディアは自慢のデコネイルを光にかざしてチェックしながら、片手でひらひらと応えた。
「あー、あれ? 三日で終わったし、超余裕。ホント一瞬で終わっちゃうし、マジ張り合いなさすぎ。マジ虚無、マジぴえんって感じ。だからさ、ちょっとお願いがあるだけど、いい?」
メロウディアは不敵な笑みを浮かべ、神の玉座のすぐそばまで歩み寄る。
「ラオぴ……ラオデレティオが今行ってる世界。あそこにアタシも送ってよ。あんな潔癖症でプライド高すぎなアイツがちんちくりんのガキんちょになってんの、モニターで見てマジ爆笑したし! ナマであのザマ拝まないとか破壊神としての人生損してっしょ!」
その言葉に創造神の巨大な意志が微かに揺らぎ、周囲の空間が歪んだ。
「……破壊神を二柱、同一の世界の座標に落とすなど均衡が崩壊するリスクがある。却下だ」
「えー、ケチ! マジでありえないんだけど! 均衡とか、アタシたちがその世界を掃除すれば関係ないじゃん。ちゃんとラオぴの手伝い……ま、邪魔もするし、二人で一気に更地にするからさ! 二、三日でパパッとからかって、記念写真(魔導記憶)撮ったらアタシだけすぐ戻ってくるから! ね? お願い!」
メロウディアはゴルドアンの足元まで歩み寄り、微動だにしないゴルドアンに向けて、首を傾けて至高の「お願いポーズ」をとった。
沈黙の後、宇宙の理が複雑に計算され、天秤が揺れる。
ゴルドアンはこの自由奔放な破壊神が一度言い出したら、許可を出さずとも勝手に時空の壁をぶち破って降下し、余計な大惨事を引き起こすことを予期していた。
「……よかろう。ただし、その力は千分の一以下に封印する。器はそちらの世界の『人間』の理に従うものとする……それでも良いのであれば……」
「やった! マジ神! あ、神だったねw ウケる! じゃ、バイバーイ、クソジジ……じゃなくて、創造神様!」
眩いばかりの光の渦がメロウディアを包み込み、彼女の意識は高次元から下界へと射出された。
光の中に消えていく彼女の背中を見送りながら、創造神はふと思い出したかのように静かに呟いた。
「あ……言い忘れたが、一度その器に入れば世界が一定の『浄化』を迎えるまで、天界への帰還パスは開かぬ仕組みで…………まあ、あやつなら何とかなるであろう」
創造神のその呟きは深く低く響いたが、光の中に溶けたメロウディアの耳には届いていなかった。
◇◇◇
セステアの外れ。
朝露に濡れる静かな草原に、不自然なほどの「白銀の落雷」が落ちた。
「……痛た。ちょっと……何この着地? 腰抜けるかと思った。マジでありえないんだけど」
立ち上る土煙の中から一人の少女が這い出してきた。
外見年齢はラオと同じ十二歳ほど。
髪は盛り盛りに巻かれ、爪には宝石のようなデコが施されている。
だが彼女が自分の全身を見下ろした瞬間、草原の静寂を切り裂くような絶叫が響き渡った。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? ちょっと待って、何これ!? マジでありえないんだけど!!」
彼女が纏っていたのは、ラオが見れば間違いなく「小ヌルい」と吐き捨てるであろう、およそギャルの美学からは対極に位置する衣服だった。
それはどこの田舎の市場で叩き売りされているのかも不明な、『絶望的にセンスのない、ぼやけた色合いの花柄ワンピース』であった。
「クソジジイィィ! センスなさすぎでしょ! 何この村娘Aみたいな服! てか、何この花柄!? アタシの美貌が完全に死んでるんだけど、マジぴえん超えてパオンなんですけどー!!」
さらに最悪なことに、彼女が愛用していたはずの厚底ブーツは跡形もなく消え去り、足元には『素朴すぎる布製のフラットシューズ』が虚しく収まっていた。
身長が盛れないどころか、一歩歩くごとに大地の感触がダイレクトに伝わってくる。
「厚底もないとか、マ?……。クソジジイ、絶対あとで呪ってやる……!」
メロウディアは草原のど真ん中で、天界に向かって中指を立てながら毒づいた。
自慢の盛り髪とワンピースのミスマッチは、もはや一つの喜劇である。
「……チッ、まあいいわ。あんなボロボロでショタ化したラオぴのザマを拝むためだもん。二、三日の辛抱っしょ。待ってろよ〜、堅物ショタのラオぴw」
彼女は鼻歌まじりにメロウディアは歩き出した。
自らの運命が「二、三日のバカンス」ではなく帰還不能の「強制長期滞在」になることも知らず、遠くに見える教会の尖塔を目指して、不慣れな平たい靴で歩き出した。
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