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天界の破壊神、転生する〜少年の姿で降臨した破壊神が自分の平穏(破壊)の為に世界やら孤児院やらを守護る?〜  作者: 十目 イチ


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第30話 月夜に翔ける

 セステアの町は深い安らぎの中に沈んでいた。

 昼間の賑やかさが嘘のように静まり返った教会の庭には、湿り気を帯びた土の匂いと夜風に揺れる木々のざわめきだけが漂っている。

 家々の窓からは生活の明かりが完全に消え、村人たちは明日という平穏な一日が訪れることを露ほども疑うことなく、浅い眠りについていた。

 だがその静寂を頭上から冷徹に見下ろす影があった。


 その町外れの教会の屋根。

 月光を浴びて鈍く白銀に輝く屋根の上に、ラオは音もなく立っていた。

 その小さな体躯は背景の深い闇に溶け込みながらも、周囲の空間そのものを捻じ曲げ、支配するような圧倒的な質量感を放っている。

 彼は静かに目を閉じ、意識の周波数を人間には決して感知し得ない高次元の座標――天界の管理領域へと固定した。


(……おい、ドジっ子。さっさと繋げ。我が呼び出して三秒以内に応答せぬ不敬、万死に値すると知れ)


 ラオが脳内に直接、氷点下の冷淡さを孕んだ声を叩き込む。刹那、彼の精神宇宙をかき乱すような、ひどく慌てふためいた、そして気の抜けるような思念が返ってきた。


『は、はいっ! 起きています、起きていますよラオ様ぁ! ちょ、ちょっと机の上は散らかってますけど……すぐに片付け……』

(……貴様、脳内にまでその無能なドジを響かせるな。掃除屋の品格が穢れる。……余計な釈明はいい。南の大森林、あの不愉快な澱みの正体だけを吐け。我の鼻を突くこの不快感……これは一体何だ?)


 ラオの冷ややかな問いに脳内のドジっ子は、ガサガサと机をあさる音をさせながらも手元の観測盤を必死に操作しているような気配を見せた。


『……調べました。これは創造神ゴルドアン様が創造される世界の中で、どの世界にも例外なく現れる必然の汚染。創造と破壊のサイクルから零れ落ち、蓄積され続けた世界の「汚れ」そのものです。本来なら世界が自ら浄化すべき膿ですが、今ラオ様が降臨されている世界は、その自浄能力を完全に喪失しています。だからこそラオ様が……』

(……フン。世界が自らゴミを処理できなくなった末路か。だからこそ我が「破壊神」として送り込まれたというわけだな)


 ラオは脳裏で暗く深い冷笑を浮かべた。

 彼にとって、これまでの仕事は極めて単純明快なものだった。汚れが溜まり、修復不能になった世界を、その「汚れ」ごと一瞬で無に帰す。

 そこには一切の躊躇も感慨もない。

 それこそが彼の絶対的な役割であり、これまでの百万那由多の戦歴において、彼は一度たりとも「汚れ」の正体を間近で観察し、その性質を吟味したことなどなかった。

 

 彼が指を鳴らせば、汚れも、世界も、そこに住まう数多の命も、等しく塵となって消え去っていたからだ。


(……ほう。これが我がこれまで一顧だにせず消し飛ばしてきた「ゴミ」の実体か。……存外に、不愉快な色をしておるな)


 ラオは南の空を鋭く睨み、その瞳に未知の好奇心とそれを遥かに上回る嫌悪を宿した。

 本来の彼であれば、あのような汚染の化身など道端の石を退けるのと何ら変わりはない。指先一つ動かせば三日ほどでこの世界すべてをチリ一つ残さず更地に戻し、新たなる創造のキャンバスを整えられるだけの絶大な「掃除能力」を彼は有しているのだ。


 だが、今の己の幼く脆弱な肉体(いれもの)を見下ろすと、その不敵な笑みが微かに苦いものへと歪んだ。


(……チッ。あの創造主め、どこまでも余計な真似を……)


 現在のこの器には、本来の力の千分の一も残されていない。世界の「汚れ」にすぎない存在を消すのにも、今のこの不自由な身では、相応の手間と「工夫」を強いられる。

 ラオは脳裏で、自分をこの世界に送り込み、あろうことか「人間の子供」という矮小で不便な檻に閉じ込めた創造主に向かって、激しい毒づきを放った。


(……我をこのような小ヌルい器に閉じ込め、食事や睡眠などという下劣な生理現象に縛り付け、不自由を強いるのが貴様の娯楽か? おかげでこれまでは見向きもしなかった「ゴミ掃除」を、泥に塗れてこの手で直接やらねばならん。……まあいい。たとえ千分の一であっても、我は破壊神。

 あの程度の膿、ひねり潰すには十分すぎるほどだ。……ドジっ子、貴様はそこで、せいぜい我の掃除の鮮やかさを指をくわえて見ていろ)

『ラオ様! 無茶はしないでくださいね!? そのお体は、本当に脆いんですから……ああっ、また資料をぶちまけ……っ!』


 ラオは脳内の通信を一方的に、暴力的なまでに遮断すると静かに目を開いた。


 次の瞬間、彼の身体から白銀のオーラが静寂を裂く炎のように噴き出した。重力の枷を嘲笑うかのように、彼の身体は夜空へとゆっくり浮上していく。

 

 音もなく、だが空気を真空に変えるほどの凄まじい速度で、白銀の流星は南の大森林へと翔け出した。


 ◇◇◇


 一方、その頃。

 北のファルバラ帝国軍駐屯地。

 将校ヴァルガスの執務室は、夜の闇よりもなお深く、ぎらついた野心と焦燥に支配されていた。


「……まだか。まだ連絡は入らぬのか!」


 ヴァルガスの声は、喉の奥で植えた獣が唸るような響きを孕んでいた。

 彼はデスクに広げられた地図の、南の大森林の一点……不気味な瘴気が観測され、帝国の隠密たちが消息を絶った座標を手袋を嵌めた拳で強く叩きつけた。


「……閣下、落ち着いてください。派遣した隠密部隊は精鋭です。通信の途絶は、森の特殊な磁場や地形による一時的なものかと……」

「黙れッ! 貴様は無能か! 一時的なものだと? 二十四時間が経過しているのだぞ!」


 ヴァルガスは憤怒と共に立ち上がった。彼の瞳には、失踪した部下への心配など微塵もなかった。そこにあるのはこの「未知の事態」をいち早く掌握し、自らの軍事力へと還元したいという、底なしの功名心と軍事的野心である。


(……南の大森林に現れた、あの異様な瘴気。魔獣を一瞬で変貌させるほどの密度を感じる。これを手中に収め、我が魔獣兵団の糧とすれば……帝国の武力は神の領域にすら届く。大将軍への道も、もはや夢ではない……!)


 ヴァルガスにとって、この異変は危機ではなく、自らが率いる兵団を史上最強へと進化させるための「究極の素材」であった。

 他国や、あるいは軍内の政敵たちがこの情報の真価に気づき、動き出す前にこの「力の源泉」を独占しなければならない。その焦りが、彼の理性を塗り潰していく。


「飛竜を用意しろ! 俺が直接出向く!」

「……閣下!? それはあまりに危険です! まだあの瘴気の正体は判明しておりません。まずは本隊の到着を待ち、万全の採取体制を整えてからでなければ、閣下の身に万が一のことが……」

「本隊など待っていられるか! そんなことをしている間に、あの瘴気がアステミアの手に渡ったらどうする気だ!? 隠密が全滅したのだとすれば、すぐにでもあれを確保せねばならん!」


 制止しようとする部下をヴァルガスは力任せに突き飛ばした。

 彼は自らの腰に魔力を帯びた漆黒の長剣を帯び、執務室を飛び出した。

 重厚なマントが廊下の空気を切り裂き、彼の歩む後には常軌を逸した野心の熱気だけが残される。


「閣下! 閣下、お待ちください! せめて護衛の小隊だけでも……!」

「うるさいッ! ついて来たい奴は勝手に来い!」


 ヴァルガスは駐屯地の最上階、夜の冷気が吹き荒れる竜舎へと駆け上がった。そこに鎮座していたのは、数多の戦場を共に蹂躙してきた漆黒の鱗に覆われた凶悪な飛竜である。

 その飛竜は主の狂気的な昂ぶりを敏感に察知し、血のように赤い瞳を輝かせて低く唸った。ヴァルガスはその飛竜に跨ると、手綱を握る。彼を追い掛けて来た部下たちは危険を感じ、飛竜から距離をとった。


「南の大森林へ急行する! 全速力で翔べ!」


 ヴァルガスの咆哮と共に、漆黒の飛竜が夜の空へと力強く羽ばたいた。

 部下たちの制止の声は、巨大な翼が巻き起こす突風にかき消され、ヴァルガスはただ一人自らの欲望を満たす最強の力を掴み取るべく、夜の静寂を切り裂いて飛翔した。


 

 白銀の流星ラオが、絶対的な自負を持つ破壊神として。

 漆黒の飛竜ヴァルガスが、至上の力を渇望する野心家として。

 

 そして、大森林の最奥――静止した不浄の空間では虚無の瞳を持つ子供が、ただそこに存在するだけで世界の輪郭を静かに、だが確実に溶かし続けていた。


 三つの異質なことわりが今、災厄の地を巡る舞台へと、運命の歯車を回しながら集結しようとしていた。

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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