第97話:アトランティスの焦燥【三人称】
「もはや手段を選んでいる場合ではないと私は思うが、貴君らの意見は如何に?」
「私もそう思う。もうこの際相手の出方を疑う必要もあるまい」
「核融合炉の一つも潰せば、放射能汚染で独富島は崩壊する。無雲帝国が瓦解するのも必然だろう」
そうして円卓会議は進んでいた。この世界の経済のトップたちだ。石油メジャーや穀物メジャー、最大派閥の保険会社……などなど。彼らは神罰によって海底に沈んだ大陸の名を冠して自らをアトランティスと名付けていた。海底深くに存在する基地で、彼らが会議をする時は常にここまで潜水艦を使って足を運ぶ。基地そのものが原子力を積んでおり、海水を水素と酸素に分裂させ、つねに空気は新鮮さを保っている。ある意味で、このアトランティスに所属しているというだけで世界を支配する側に身を置いている証明とも取れるのだ。
その彼らに恭順しない勢力というものを彼ら自身のプライドが許せない。地球上のあらゆる人間は彼らに頭を下げるべきだと彼ら自身は妄信しており、彼らに経済的利益をもたらさない勢力はテロリストよりも排除すべき存在と決めつけて疑わない。
「では、そうしよう。いずれ潰さねばならないなら、ここで潰しても問題ないわけだ」
「その通りだ」
「まさに」
「無雲帝国に鉄槌を」
「下賤な自称皇帝も後悔するだろう」
晴れやかな気持ちでアトランティスは無雲帝国への攻撃を決定した。
「とすると言い訳が必要だな」
「こんな時のためにテロ組織を支援しているのだ。彼らに犯行声明を出させ、攻撃をさせるのが最も効率が良かろう」
「いや、独富島にはメターマンが大量に存在する。軍隊でも相手にならない威力だ。この際テロリストに汚名を被ってもらって核融合炉に衛星爆撃を敢行するべきではないか?」
「たしかに。それくらいしなければ無雲帝国も目を覚ますまい」
「既に軍事衛星は独富島をポイントしている。テロリストの犯行予告が国際ニュースになり次第、衛星爆撃を敢行する。如何に?」
「私は賛成だ」
「私も」
「ああ、俺もだ」
「満場一致で可決された。やはり時代は民主主義だな。帝政など時代遅れだ」
「まったくもってその通りという他ないな」
「あの自称皇帝に我らの慈悲がいかにありがたいものか。教えてやる必要があるな」
「島民も後悔するだろう。暗愚な皇帝に税金を納めていることをな」
一人がそう言うと、他の円卓がクスクスと嘲笑った。
「ちなみにその衛星とは?」
「米国の軍事衛星だ。対地ミサイル通称シングルロードを搭載している。超音速の成層圏外からの爆撃だ。飛行型メターマンも対処できんだろうよ」
「まったくふざけた話だ。我々に技術を提供していればこうなることも無かったろうに」
大げさなジェスチャーでやれやれと一人が首を振ると、他が愛想笑いをした。
「テロ組織への犯行声明の主張は誰が?」
言われて一人が請け負う。
「私から話を通しておこう。なんにせよだ。無雲帝国にこれ以上の横暴をされるわけにはいかんのだ」
「まったくもってその通り。彼らには後悔してもらう必要がある」
「正義は我らにあり」
「炉を破壊したら、放射能汚染を盾に自称皇帝を国際法廷に引きずり出してもいいかもな」
「はは、それは痛快だ。一夜で皇帝から核汚染を引き起こした犯罪人に成り下がるわけだ」
「我らに恭順していれば、こんなバカげた罪を背負わなくてもよかったのになぁ?」
また嘲笑が会議を包む。そうして援助しているテロ組織に犯行声明を出させ、その後にテロリストがサイバーハックしたという名目で対地ミサイルを軍事衛星から発射。核融合炉を破壊する。ということが取り決められた。高級茶葉の紅茶を飲んで満足すると、十一人が席を立ち、円卓を離れていく。一人残されたロードは、イスに深く座って吐息をつく。メイドが新しい紅茶を用意し、ロードに声をかける。
「お疲れ様でした。マイロード」
「正直疲れたよ。そもそも無雲帝国のネットワークにハッキングできないということがどういうことなのか」
「本質的に何かを見誤っている可能性もありますが」
「問題とすべきはそこであろうな」
メイドの紅茶を飲んで、ゆっくりと香りを楽しむ。
「ジオープニア財閥のセオドール卿はどうしているかね?」
「動きはないようです」
「かの御仁は現役時代はアトランティスのリーダー役だったのだがね。老いるとは残酷なことだ。セオドール卿は既に人類に絶望している」
「致し方なき事かと」
「人類を導けるのが我らだけ、というほど驕ってはいないが、それでも世界財閥の当主にはそれなりの指導をお願いしたいのだが」
「連絡を取りますか?」
「やめておこう。相手の尾を踏むのもそれはそれでリスキーだ」
アトランティス会議を抜けて、今は余生をゆっくり過ごしているジオープニア財閥のセオドール卿。彼はもう人類という種の愚かしさに理想を示すことをあきらめて久しい。
「とはいえだ。自由経済が主となったこの世界では無雲帝国の資産保有率は我々から見ても驚異的だ。それこそ末恐ろしいと言ってもいい」
「だからこそ潰す……とマイロードは仰いましたが……」
「しかたあるまい。あの島の自称皇帝には話し合いのテーブルに着く意思がないのだ。右の頬を殴られて、ついでに左の頬を殴られてもらおう」
自分たちが殴られる可能性を、この時アトランティス会議は想定していなかった。
「ではテロ組織に犯行声明を出すことを依頼してまいります」
メイドが主の意図を組んで、そのように言う。
「まだよい。時間はたっぷりある。計画を煮詰めるところから始めようではないか」
米国の軍事衛星をハッキングされて、独富島にテロ組織が攻撃した。ハッキングされた米国はテロ組織を痛烈に批判。独富島に謝罪をし、島の復興のために尽力する。
「技術者を派遣して復興を名目に核融合炉の技術を頂いてもいいな」
「まこともって効率のいい侵略かと」
飲み終えたロードのカップにさらに紅茶を入れるメイド。
「ブランデーで割ってくれ」
「承知いたしました。少々お待ちを」
そうしてメイドはブランデーを持ってきて、ロードの紅茶にそそぐ。
「お前の淹れる茶は何時も美味いな」
「恐縮であります。マイロード」
「さて、無雲帝国はどうしてくれるかね?」
「さすがに白旗を上げるしかないと思いますが……」
「大統領の謝罪文もちゃんと用意しておくんだぞ」
「万事抜かりなく」
「それでこそ私のメイドだ」
「マイロードの手足として動くことこそ私のレゾンデートルでありますれば」
「これからも期待している」
「委細承知いたしました」
そうしてティーセットを片付けて、メイドは去っていく。ロードは一人、残ったブランデーをグラスに注いで飲む。蒸留酒の高いアルコール度数が口内を焼く。心地よいアルコールの刺激に彼も少しだけ溜飲が下がる。
「無雲帝国……ね」
かの国が何故核融合技術を独占しているのか。その理由をロードもまだ知らない。遠藤オワルにしてみれば、まだ個人技能に偏って汎用性を持たない技術だから、というだけの話なのだが、それを説明もされずに理解しろという方が無茶だろう。既に核融合炉の一号機から三号機まで稼働させるだけでも脳のリソースが面倒なことになっている。その上ブローギア含めギアシリーズの演算までやっているのだ。
遠藤オワルの脳演算がスタックオーバーフローしていないのは奇跡に近い。
「自称皇帝か」
真なる世界の支配者。アトランティス会議。その彼らに頭を垂れない不届き者など、この地球に移住権はない。本気でそう思っているのがアトランティス会議の恐ろしいところであり、実際に地球経済を掌握しているという意味で、顔の見えない皇帝とも言えた。それについて勘案すれば、正体不明の皇帝を自称している遠藤オワルと、どれほどの距離があるのかは、まぁ議論の余地がある。




