第90話:技術は汎用性を得て一人前
「…………出来た?」
シングルモルトとしてエンドレース株式会社の社長室のえっらそうな椅子に座って。自分の耳を疑うのも中々できることじゃない。
「それはー……つまりー……俺の代わりのコネクトーン・ネクサスが……か?」
「その一部がであります。シングルモルト様のWARPドライバを全部再現するのは無茶ブリでありますし、そもそもそんな物騒なもんに汎用性を持たせたら一週間もかからず地球が消えるでありますし」
まこと御尤も。イイトの報告に我が耳を疑うのも失礼ではあるんだが。
「なわけでクーロン反発を無効化するトンネル効果だけに限定したコネクトーンの処理アルゴリズムが……出来たかも……しれません……であります」
マジか。よくやった。ありがとうございます。色々と頭に言葉は浮かぶが、それよりもまず実験をしてアルゴリズムが正しく機能するか。ソレを確かめる必要がある。
「とすると、実際にアルゴリズムを炉心に登録してトンネル効果が発揮されるか……調べる必要があるな」
「あの……あくまでかもしれない程度で、そもそもソースと実行でちゃんと演算できるかはプログラマーにとっても最終的にやってみないと分からないところはありまして……」
「別に失敗したから処罰するとかそういう話でもない。ただ期待は大いにさせてもらう。目の前にニンジンをぶら下げられるとどうしてもな」
「というわけでハーレクイーン」
「はい。シングルモルト様」
「三号機の炉心を止めて、ランクイーンの開発したアルゴリズムでコネクトーンのトンネル効果が再現できるか確かめたい。いきなり炉心を止めろと言われても管理者も困るだろう。事情を説明して炉心の一時停止の予定と計画を詰めてくれ。特に急ぐ必要はない。ランクイーンもアルゴリズムの確認はしたいだろうしな」
「では一か月後に一時的に三号機の炉心を止めて、経済的な損益が最小限になるように調整します。ランクイーンもそれでいいですか?」
「えーと。はい。っていうか今の炉心はシングルモルト様の遠隔コネクトーン管理によるトンネル効果で稼働しているんでありますよね?」
そういうことになる。
「出来ればその遠隔操作に代替する外付けハードと常駐プログラムのメモリを用意してくださいであります。さすがにプログラムを起動させればどこからでもトンネル効果をってわけにはいきませんので」
ソレは確かに。あくまでアルゴリズムは三号機に組み込む形で配備する必要がある。炉心に対して一定の接続したハードがいるのもその通りだろう。
「あと真面目に期待しないでくださいであります。そもそもコネクトーンなるエキゾチック粒子を私は観測できませんし、観測機器から見ることも出来ませんし、実際にどうなるかなんてはっきり言ってわからないも同様なので」
「期待はするが失敗しても処罰はない。それだけは確約する」
「じゃあそれで」
後はハーレクイーンがビジネススーツを着て、パーソナルジャマーをかけた後、社長秘書として技術者に話を通し、三号機の炉心の停止と実験準備をするだけか。
「っていうか成功失敗は置いておいて、こんな短期間でよく形にしたな」
「いやー。寝ても覚めてもシングルモルト様の脳内アルゴリズムのことだけ考えていると宇宙からベッター線が降ってきて」
いわゆるクリエイターあるあるだった。俺は創作活動をしないのでよくわからないが、クリエイターが創作について色々考えていると、いきなり何の予兆もなく名作のアイデアが降って湧いてくることがあるらしく、それらをクリエイターは宇宙線によるものだと口を揃えて言うらしい。本当かどうかは知らんが。
「とにかく自分は最終調整に入ります。できればシングルモルト様にもご協力願いたいのでありますが」
「俺か? 何故?」
「だってシングルモルト様の脳はコネクトーンを知覚できるんでありますよね? つまり実験的に炉心より先に水素二個からヘリウム一個を常温で作れるか。それを確かめるのが先じゃないでありますか? 自分の作ったアルゴリズムでコネクトーンが本当に反応しているのか。ソレを確認するにはコネクトーンを知覚できるシングルモルト様の能力が必要であります」
「道理だな。じゃあ水素核融合実験機も早急に作って確かめてみるか。というか一応実験機そのものはあるんだがな。ランクイーン以外にも核融合実験を進めている部署は存在するから」
「じゃあそこでやりましょうであります」
そうして実験が成功したら、三号機の炉心に外付けハードを取り付けて、現実レベルで運用できるか……か。
「とりあえずコネクトーンが反応すれば、それだけで五兆円報酬をやる。核融合が成功しても失敗しても、だ」
「そんなに頂戴できるんですか!?」
「コンピューターアルゴリズムでコネクトーンに干渉させるだけでも可能性の宝庫だ。むしろ安すぎてお釣りがくる」
「そう仰るなら貰っておきますけど……ヤバい。失敗したらどうしよう……であります」
「だから失敗しても怒らないって」
そもそも今まで失敗に失敗を重ねてきたのだ。今更それが一つ加わっても大した痛手じゃない。
「じゃあ今から実験室に行くか?」
「まぁソースは出来上がっているので自分は構わないでありますが」
「パーソナルジャマーは展開しておけ。ハーレクイーン。実験室には俺とランクイーン……朝路辺イイト以外入れないように調整してくれ」
「承知しました。ではその様に」
というわけで実験室にお邪魔する。俺とイイトはパーソナルジャマーを全開。そもそも俺がシングルモルトだということも、イイトがランクイーンだということもバレてはいけないのだ。そうして無人になった実験室で、今更ながら俺はインターフェースを操作していた。まずは小さな箱に水素を二つ入れ、それ以外は真空として処理する。
「あの……コネクトーンが箱の内部に存在しないと意味がないのでは?」
「いや、コネクトーンは粒子的振る舞いはするが本質的にどこにいてもどこにでも繋がっている存在だ。俺の脳内にあるコネクトーン・ネクサスは、どこにでも在ってどこにも無いコネクトーンを励起させることで炉心の重水素を核融合させている。つまり本質的に収集して扱うとかそういう代物じゃない」
「なるほどであります」
そうして実験機器のハードにイイトの開発したソースコードをインプット。コンパイル実験を終えた後に、実際にやってみる。
「ドキドキでありますね」
「そだな」
特にイイトは失敗したときの言い訳を頭の中で考えているだろう。俺が幾ら罰しないと言っても期待を裏切られて不機嫌になるという最悪の未来を想起すれば、宮仕えにとっては進退に関わる。いや、本当に失敗しても罰したりしないんだけど。
「じゃあやりますであります」
そうしてインプットしたソースコードでコンパイラしてハードを起動。実験室にある小さな箱。そこに込められた水素……つまり陽子が二つ。核融合した場合、微量なエネルギーが放出される。しかもそれがコネクトーンを介したものであるかどうかは俺が判断できる。そうしてプログラムが起動し。
「――――ッッ」
実験室の箱の中でコネクトーンが微量ながら動いたことを俺は直感的に悟る。ほぼ同時に箱の中で微量な熱量が検知され、そのエネルギーの量が精密機器で実際に観測され、理論的に考察されるニュートリノ変換のロスまで含めて核融合エネルギーが発生したことが観測された。箱の中にはヘリウムが一個。つまりイイトのソースコードはコネクトーンを刺激して水素原子をトンネル効果で核融合を誘発させたのだ。
「は、ははは……おい、やったぞ……マジか……コンピュータープログラムで核融合を……」
「成功したでありますね。よかったであります。首の皮が繋がった……」
後はこれを大量の重水素にも転用可能かどうか。だが核融合が成功したのは確かなのだ。後はこのイイトが作ったアルゴリズムで炉心を常に起動させれば工学的かつ汎用的に核融合技術を各国に提供できるようになるのだ。俺の脳を使わずとも……である。




