第81話:須久留ミズキの行く場所【三人称視点】
英国のとある屋敷。そこを屋敷と呼んでいいのかは議論の余地がふんだんにある。一般的に豪邸と呼ばれる贅を凝らした屋敷とはレベルが違う。もはや一つの都市を作ってもおかしくないくらいの広さの屋敷。そもそも屋敷に辿り着くために私有地に道路がある、という時点ですでにおかしい。林や森と呼んでいい木々の中を高級車が一台、私有地の道路を走っていた。財閥の屋敷に向かうのだ。これくらいの異常な広さの屋敷も彼女にとっては当たり前というか、すでに慣れているとも言える。特に犯罪対策とかではなく、金持ちが金を使わないと世界の経済が滞る、という意味で必要な贅沢であるのは彼女も知ってはいた。
ようやく、というほどの時間を費やして屋敷のゲートに辿り着き、高度なセキュリティで須久留ミズキの顔を認識。車と運転手にも登録情報との統合がなされ、そうして屋敷への扉が開いた。庭師が常に手入れしている庭の中をゆっくり車が走り、そうして屋敷の玄関へ。あまりの広さにため息をつきつつ、横付けされた車から外に出て、屋敷の玄関の前に立つと、使用人が頭を下げてきた。
「よくぞお越しくださいました。お嬢様」
「お嬢様じゃ……ないんだけどね」
あまりに広い私有地の主。ジオープニア財閥と呼ばれる英国最大……どころか世界でも最大の一つに数えられる財閥だ。この家の主が一言添えれば、明日にでも世界は大恐慌に陥るだろうとすら言われている。
「お爺様はいらっしゃる?」
ミズキが聞く。
「いらっしゃいます。お嬢様が来訪されるというので心待ちになっておいでです」
「お爺様は身内に甘いから」
苦笑してミズキは屋敷を歩く。案内は使用人に任せていた。ジオープニア財閥の当主、セオドールは今日は和風の庭を眺めながらゆりかごのような椅子に座っていた。
「セオドールお爺様。ご尊顔拝謁できることまことに――」
「よい。孫が祖父にその様な堅苦しい挨拶など」
「まぁ一言目くらいは格好つけないと、みたいな?」
「何故かな。歳をとると若者の無礼も愛らしく映るものでな。若い頃は肩ひじを張っていたものだが……」
「心に波風が立たないとか?」
「そうかもしれないね」
そう言ってセオドールは苦笑した。
「無雲帝国での生活はどうだね?」
「不自由はありませんよ。街中を普通にメターマンが徘徊しているのはちょっとアレですけど」
「そうか。一度訪問してみるのもいいかもしれないね」
穏やかな笑顔でセオドールはそう言った。
「お爺様が訪問したらエンドレース株式会社の社長も現れるかな?」
「それはなかろう。かの国の秘匿情報はあまりに影が強すぎる。世界中の人間が正体を明かそうとして失敗しているのだ。今更私が知ろうとしても無意味に終わるだろう」
「お爺様ですら……不可能と?」
「できないことだらけだよ。できうるならば私も世界に秩序をもたらしたいが、その夢も諦めて久しい」
遠い目をして世界の頂点がそう言った。諦め、というより失望に近い。世界を動かす力を持つ財閥のトップが、人類そのものに失望している。
「ミズキはどうだね? 学校は楽しいかい?」
「楽しいわ。私がスクール水着仮面二号だと知ったら、みんなサインをねだってくるのよ」
「地球秩序維持思想団体オーダーメイド……か」
「お爺様とは別の意味で勢力の一つだと思うけど……」
ただしスクール水着仮面は一号と二号しかいないので、団体と呼んでいいのかは少し疑問が残る。
「ミズキは世界を良くしたいのかい?」
「いいえ、私は無雲帝国の皇帝の首を取りたいの」
「復讐……か」
「そのために手に入れた力よ」
「スクール水着が?」
「シュクールミジュギ……というらしいけどね」
ネーミングの頭の悪さは、この際ツッコまないとして。
「私にはミズキが眩しいよ」
「若者の年齢が?」
「いや、秩序を求めるその志が。私がとうに失くしたものだ」
「お爺様は無雲帝国の核融合技術には興味ないの?」
「あるよ。あるとも。けれどどうしても技術を手に入れることができない」
無雲帝国のセキュリティは異常というのもレベルが違う異常だ。
「スクール水着仮面でも手に入らないかね?」
「不可能……とは言いませんが、この力を私用には使えませんから」
それが一号との約束だ。
「既に世界は無雲帝国がイニシアチブを持っている」
「世界財閥はそれが面白くないと?」
「まぁ私の子供たちはそうだね。どうにかして核融合技術を手に入れ、エネルギー先進国としての地位を確立したい。その様に思っているらしいよ」
「お爺様には関係ないのね」
「我々が世界に責任を持つことはないんだよ。お金は降って湧いてくるんだ。贅沢をしながら死ぬまで幸せに暮らせればそれでいいじゃないか」
世界財閥の当主の言葉とは思えなかったが、セオドールが人類と距離を取っているのはミズキの方でも把握している。
「スクール水着仮面も嫌い?」
「まさか。ミズキの変身ヒーローはとても愛らしいよ」
優しくミズキの頭を撫でて、笑うセオドール。
「お爺様のお力をもってしても無雲帝国の皇帝の正体はわからないの?」
「難しいね。申し訳ないが」
ミズキが両親を亡くしたのはメターマンに殺されたから、と表向きはなっている。だが本質的には別の何かに殺されている。無雲帝国は謎のシステムで人類の監視を行っている。その上で敵対者にはメターマンを差し向けて殺しているのだが、その破壊と殺人はバーゴストライクのピスタキオン・サルベーションでなかったことにされる。つまり死者は出ないはずなのだ。だがピスタキオン・サルベーションの後で、首から上の無い両親の遺体が見つかり、彼らが無雲帝国に対して悪意ある画策をしていたことが後ほど判明したのだが。
「何故?」
そう言わざるを得ない。敵対行為をしたことに非があっても、それは頭部を切り飛ばすほどの罪悪であるのか。そこからミズキには疑問だ。結果として無雲帝国の皇帝を憎むことになるのだが、その皇帝がどういう人物なのかも彼女には一切わかっていない。
そもそも一個人が拝謁できる存在ではないのかもしれない。そうと知って諦める気は無いわけだが。
「今日は夕食を食べていきなさい。リクエストはあるかい?」
「そうね。じゃあフレンチを」
「ああ、シェフに伝えておこう。孫と一緒に食事か。これも幸せの一つだな」
どこまでも起伏の無い感情で、セオドールはそう言う。
「一号とは頻繁に会っているのかい?」
「一号お姉様は気まぐれだから」
米国のメターマン排除の主戦力は現在オーダーメイドだが、二号は常に現れているのに対し一号は気まぐれに活動している。その能力においては信頼が高いが、出席率の問題を原点に置くなら米国で人気が高いのは二号の方だ。実際にTCGバーゴストライカーズのブースターパックのトップシークレットに一号と二号のサイン入りカードが希少ながら混入されているがネットでのプレ値は二号の方が高い。
「その一号に聞いてみてはどうだね? 無雲帝国の皇帝が誰なのか」
セオドールが言ったのは深い意味の言葉ではなかった。だがそれはミズキにとっては盲点だった。シュクールミジュギをミズキに施したのは一号だ。つまり一号も誰かにシュクールミジュギを授与されているはずで。それが誰かと言われると……。




