第72話:煮魚の有難さは年齢に比例する【三人称視点】
「ふおぉ」
キレイの調理した煮魚を食べた瞬間、口内に発生した幸せにイイトは感激を覚えた。絶妙な味付け、塩加減、魚の旨さもさることながら、調味料の配分まで神となればイイトには文句のつけようもない。
「美味しいであります!」
「あらあら。ありがとうございます」
ハーレクイーンこと香鳴キレイ。その娘であるシークイーンこと香鳴カレン。元々ツインクイーンとしてシングルモルトに仕えていたのだが、そこにランクイーンこと朝路辺イイトが加わり、今はレコンキスタドーンの女幹部は三人体制になっていた。朝路辺イイトという戸籍を貰って、無雲帝国の国民に落ち着いたのはいいが、最高位のハッカーであることは変わらないので、香鳴さん家の食客として遇されていた。キレイも別に食い扶持が一人増える程度は何の問題も無く、カレンも大らかな気質なのであまり気にしていない。であればキレイの作る美味な和食を食えるという環境はイイトにとって最高の場所である。
「ところで社長室に出向くときはいつもあの格好なのでありますか?」
あの格好。シタギのことだ。シンギュラリティ・タイミング・ギア。肩アーマーと、そこから伸びる長いマント。衣服は黒ビキニで、女性の股をぎりぎり隠す程度。胸の装飾は羊の角を思わせるらせん状の突起物で、それが胸を取り巻いて、突起物の戦端がビーチクを隠しているだけ。半ラどころか五分の四ラとでも言うべきエッチ衣装。それを嬉々としてきている香鳴母娘にイイトは疑問を持つのだが。
「オワルちゃんのご要望だもの。何でも叶えて差し上げたいわ」
うっとりとした表情で、キレイは彼を肯定する。
「まぁご本人が納得するならいいでありますが……」
「あたしもオワル先輩のためなら何でもするっす!」
と、シークイーンこと香鳴カレン。
「ちなみにエッチな事とか……?」
「ポッ」
キレイがメスの顔で頬を赤らめた。
「やってるんでありますか?」
「というかこっちから求めている感じですよ。オワルくんのアレはたくましいですから♡」
陶酔するようにキレイが言う。
「っていうか何故ツインクイーンに?」
「オワルちゃん曰く理由は無いそうです。手駒が欲しかったところに、借金でヤクザに売られそうになっている不幸な母娘を助ける……というかヤクザの方を叩きのめして」
「何やってるんでありますか……オワル」
「二人とも悪の組織の女幹部にならない? と誘われまして」
「借金はどうなったの?」
「オワルちゃんが全額返済しましたわ」
まぁたしかにコネクトーン・ネクサスを体現する彼であれば不可能とも言い切れず。そこからWARPドライバを使って人材を集め、メターマンを量産して保有戦力を一定水準まで。そうして日本に喧嘩を売ったのが約二年前。それからWARPドライバを応用したトンネル効果で常温核融合を実現し、無雲帝国のインフラを確立。単なる独富島を世界有数の先進国にしてしまった、と。考えるだに頭痛がする思いだ。
「そのコネクトーン・ネクサスをアルゴリズムで再現しろ、ね」
シングルモルトがランクイーンに求めるのはそれ。
「可能ですか?」
無茶ブリではないか、とキレイが心配してくれるが。
「不可能とは言わないであります」
イイトの方は気楽だった。事情を楽観視しているのではなく、別に技術的に不可能ではないという意味で。
「要するにあくまでオワルの脳が行っているコネクトーン・ネクサスを再現すればいいだけでありますから」
「それが無茶なんじゃあ……」
「あたしもそう思うっす」
香鳴親子はエンジニアリングには弱い。
「別にオワルの脳内人格を全部再現して見せろって話でもないんでありますし」
煮魚を食べながらイイトは肩をすくめる。煮魚の旨さは天元突破だ。
「中国語の部屋って知っているであります?」
「まぁそれくらいなら」
「この前の哲学の授業で出たっす!」
「例えばオワルの意識を入力としてブラックボックスの中国語の部屋がそれを演算。出力としてコネクトーンを操作する、と割り切ってしまえば、中国語の部屋にオワルの脳の代わりに脳を再現したアルゴリズムを混入させればいいって話であります」
「途方もないことに聞こえるんですけど」
「コンビニでジュースを買うとレジ店員の人力になるけど、自販機でジュースを買うと機械が全自動でしてくれる……って言えば通じるでありますか?」
「ふむ」
「っすね」
「まぁ脳科学にも一家言ありますし。無雲帝国が常温核融合技術を秘匿している理由も分かったでありますし。普遍的な技術にするために自分をスカウトしたのも頷けるってもんであります」
「是非ともオワルちゃんの願いを叶えてあげてね?」
「微力を尽くすであります。にしても魚が美味い」
「あらあら。御飯に関してはわたくしに任せて。オワルちゃんにも好評なのよ」
「お隣でありますよね?」
「ええ。最近は三美姫とご飯を食べていて寂しいけれど」
「三美姫?」
「独富学園っていう教育機関に通っているけど、そこの高等部三大美少女を三美姫って呼ぶのよ」
「カレンもその一人?」
「あたしは例外枠っす」
「ま、そんなわけでシングルモルト様の御寵愛を受けるにはシタギ姿になる必要があるの」
「もしかして自分もでありますか?」
「いえ、あくまでわたくしとカレンが望んで寵愛を受けているだけですから。イイトちゃんが望まないならオワルちゃんも無理は言わないと思うわ。それでもシタギ着用は強要するでしょうけど」
「それセクハラって言いませんか?」
「でもWARPドライバを使わないと社長室に行けませんし」
それもそうか、と謎の納得をするイイト。
「核融合技術の汎用化はオワルちゃんの悲願だから」
「バーゴストライクの方は?」
「あまり聞いたことが無いわね。テクノロジーの話はわたくしはさっぱりだし」
「あたしも文系っすから」
「なんでもプランクエネルギーを別宇宙からコネクトーンを通して持ってくるのどうのとか……そんなことを言っていたような」
ブーッと、食事の合間に飲んでいた玉露を吹き出すイイト。さすがに看過できない言葉を聞かされたような気もするが、たしかに納得もしていた。ブラックホールだのホワイトホールだの。あんな超常的なエネルギーを魔王少女は運用しているのだ。核融合技術ですらも不可能なエネルギーを何処から調達しているかと疑問を持てばプランクエネルギーはある意味で必然。むしろよく未だに人類が滅びていないかという議題さえ論じられる。それこそ真の真空をコネクトーンを通してこっちの宇宙に呼び出せば、真空崩壊によって宇宙の法則そのものが書き換わる可能性まである。つまり人類の生存可能な宇宙が滅びるのだ。
「ちょっと逃げたくなっちゃったな」
「そんなことを言わずオワルちゃんを助けてあげて? 美味しいご飯を食べさせてあげるから」
「ぐ、たしかにキレイさんの料理を手放すのは惜しい……」
「明日は鍋にしましょうね」
「ジャパニーズ鍋。自分も大好きであります!」
結局空腹が満たされれば世界の半分の争いは終わるのだ。




