第71話:アトランティスの悩み【三人称】
「アサルトヘイトが無雲帝国に下ったらしい」
「まさか……」
「本当か……?」
「依頼はどうなるのだ?」
「アサルトヘイトへの依頼は無雲帝国への攻撃。その仕事は果たしているので契約上は問題ない」
円卓の一人がそのように説明する。アトランティスで会議をするにしても、もうちょっと生産的な話題を、と思わないでもない。
「それで貴君は納得しているのか?」
「納得はしていないが……どうしろと? 既にアサルトヘイトは無雲帝国に下った。米軍の兵士諸氏も無雲帝国の戦力に関しては怯えているし、バーゴストライクとオーダーメイドの件もある」
今のところ手の打ちようがない。そうこの議会に思わせるに十分な説得力を無雲帝国は有していた。
「アサルトヘイトを始末するべきだ。アレは我々を知っている可能性がある」
「とは言うがな。刺客を送り込もうにも、悪意ある入国者はメターマンが排除してしまう」
「とすると指をくわえて見ていると?」
一人が悔しそうにそう言うと、別の一人がいた。
「アイデアがあるなら聞くが?」
言われて悔しそうな一人が沈黙する。現状、無雲帝国との敵対は現実的ではない。その方向で話は進んでいる。
「しかしかの国の国際的影響力を無視すると言うのは……」
「本来ならこの円卓に加えてもいいくらいだ」
「その方向で以前は話を進めていなかったか?」
「そうではあるが……そもそも無雲帝国の皇帝も不明であれば、エンドレース株式会社の社長も不明なのだ。懐柔するにも暗殺するにも相手がいなければ成立しないだろう」
「この両者が同一人物の可能性は?」
「ネットではそう噂されているな。簡単に考えればありえない話ではない。だが仮にそうだとしても、どちらにせよ何も変わらない。これも事実だ」
「ノーベル賞を受賞させることで表舞台に出せないか?」
「一つの手段ではあるが、ここまで隠蔽を徹底しているのだ。ホイホイ現れる……とも考えにくい」
結局打つ手なし、というところだろう。
「せめてエンドレース株式会社の社長を特定すべきだ」
「それには私も賛同する」
「ではその様に動くか。エンドレース株式会社の社長を表舞台に引きずり出す」
「賛成」
「賛成だ……」
「まずは知るところだな」
そうしてアトランティスでの議会は不毛さを露呈したまま進んでいった。
「ふう」
そうして会議は終わり、一人、一人と席を立ち、退散していく中で、一人だけ円卓に残った。
「お疲れ様でございまいした。マイロード」
メイドが紅茶を持って現れ、議会の一人に茶を淹れる。
「我々に靡かない秩序が現れたのだ。疲れもする」
無雲帝国の市場に対する占有権は、財閥としても看過できない。合成燃料を格安でばら撒いているのだ。特に化石燃料を主軸にしている国々には痛手だろう。合成燃料が安ければ安いほど。石油の市場価値も下がってしまう。石油王もアトランティスの会議には参加しているが、彼が最も無雲帝国に脅威と興味を持っているのも彼は知っている。
「全面戦争になっても勝てませんか?」
「核兵器も無力化するバーゴストライクがこの地球上にいる限りな」
「アサルトヘイトも役に立ちませんでしたね」
「仕方がない。あそこまで徹底的にバーゴストライクが防衛に回るとはアサルトヘイトも想定していなかっただろう」
それにしても皮肉という他ないが。紅茶を淹れながらメイドが言う。
「これからどうなさいますか?」
「しばらくは静観だ。というか、他に手段がない」
「もどかしいですね」
「まったくだ」
紅茶を飲んで、男はため息をついた。自分たちが世界を経済的に支配し、この世界を管理しているつもりであった。だが、そこに現れた特異点。無雲帝国に今は振り回されている。常温核融合技術など、エネルギー革命も同様だ。ソレを一国で管理して、技術を独占すると言うのがどれほど世界にとって損失か。それと知らないエンドレース株式会社の社長ではないはずだが。
「わからんな」
権利だけ抑えて、各国に技術提供をしても割に合う商売だと思うが、ソレを行おうとしていない時点で、無雲帝国の意図を測りかねる。
「マイロード。わたくしが侵入してきましょうか?」
メイドがそう言ってくる。
「どうせメターマンに襲われて終わりだ。個人的な襲撃に関しては国際魔法少女基金にもどうにもならんだろう」
一人を助けるために日本円で十億払えるか? という話になる。
「そもそも社長のプロフィールも全て謎という時点で社会的にどうなのでしょう?」
「エンドレース株式会社は上場企業ではないし、無雲帝国は法的に社長を擁護しているからな」
だからこそ厄介なことだとため息をつかざるを得ないのだが。
「この際国際魔法少女基金に依頼するとか」
「個人的な依頼には応じないだろう」
仮に応じるなら、魔法少女を使ってアトランティスの議会は好き勝手にしている。
「悔しいですね」
「ああ、その通りだ。だが静観するのも悪くはない」
強がりで言っているわけでもない。時間はまだまだある。死ぬまでエンドレース株式会社がそのままであるはずもない。そもそも常温核融合技術を独占というのも現時点では無理がある。そう考えると相手方にも何か理由はあるのだろう。その「何か」を知るために、今は静観という態度を取るしかないのだ。
「石油王にとっては痛烈でしょうね」
「まぁ確かにな。一番割を食っているのはアレだろうな」
既にエネルギー産業は無雲帝国が牛耳っているとみて間違いない。焦りから余計なことをしなければいいが。それが少し心配だった。
「欠員が出るかもしれませんね」
「そうなった場合、無雲帝国を非難する材料を得られるわけだが」
「国際的に非難は既に浴びていますが」
「あくまで相手が悪い……。それで通しているからな」
実際にどういう監視網を敷いているのか。世界のどこで無雲帝国への敵対を示そうとしても、それを察知してメターマンは襲ってくる。
「まずは我慢だ。それ以降に関しては臨機応変に」
本当なら国際的に非難する流れに便乗すべきなのだろうが、それもそれで無雲帝国との摩擦を発生させそうで何となく恐ろしくもあり。
「大統領を動かしますか?」
「海兵隊ではなく大統領か……」
メターマンに殺されれば無雲帝国の国際的立場を追い詰めることができる。そうじゃなくとも政治的に無雲帝国の横暴を非難するのは世界に責任を持つ米国であれば不思議なことではない。だがそれも一度拒否されているのだ。しかもボイスロイドの声を使って。
一言「断る」と。終音クミの声で。
「マイロードが許可をお出しになられるならすぐにでも」
「やめておけ。どうせ意味はない」
当たり前のようにロードはそう言った。彼にとっては無雲帝国の横暴もそうだが、もっと懸念すべきことがある。ソレをここで言うわけにもいかないが、とにかくすでに現状の社会情勢は異常も過ぎる。彼にとっては胃が痛くなることも当然だ。
「茶をもう一杯くれ。ミルクを入れてな」
とりあえずはそう言うしかない。




