第66話:空母【三人称】
最初は一人の子供から始まった。自立稼働したアンドロイドが一人の子供を連れて米国の軍事施設に顔を出す。ただそれだけのこと。死ぬことを恐れないアンドロイドは、その軽薄な自己認識で自分の中に存在する爆弾を脅しに米兵たちを脅かした。敵対勢力はアンドロイド。だが傍には子供がいて、アンドロイドは自爆も厭わない。空母に案内しろと言ってくるアンドロイドに、米兵はこれを拒否。回答から交渉がとても不可能と悟ったアンドロイドは自爆。人質の子供もろとも爆散し、その爆発規模があまりに巨大で米兵にも死傷者が出る。そうして事件は終わったかのように見えたが、そうではなかった。また次の日。新しい子供と、新しいアンドロイドが現れる。空母まで案内しろと。今度の子供はとある議員の息子だった。誘拐された子供の出自を知って、さすがに米兵も躊躇する。議員の息子を見殺しにすれば、政治的な圧力がかかるかもしれない。だがアンドロイドを空母に案内するのははばかられる。どうしたものか、と悩んでいるとアンドロイドが自爆のカウントダウンを始める。
「待て! 早まるな!」
という意味の言葉を英語で言って、基地の隊長がアンドロイドを押しとどめる。空母に案内することはできない。だが議員の息子は殺せない。そうして司令官の指示を仰いだのだが、返答は変わらなかった。その場で制圧しろ。言われてアンドロイドに銃を向ける米兵たち。そのまま拳銃の距離では爆発に巻き込まれることを知っていても、退くわけにはいかない。米兵はテロリストには屈しないのだ。そうして爆発。死傷者が出て、議員の息子が巻き込まれ、米国中でニュースになったが米国より外には漏れなかった。ネットのつぶやきは全て明るいニュースに差し替えられ、新聞の投稿もAIの画像編集で愉快なニュースに改竄される。
そうして来る日も来る日もアンドロイドが子供を人質に米軍に空母の明け渡しを要求してくる。子どもの質も上がってきており、米国の議員の子供を次々と拉致して、彼ら彼女らの運命を握りしめるのだった。
一度や二度ならわかるが、これが五度や六度となるとさすがに米兵も狼狽える。相手は躊躇することない暴虐の化身。自分が自爆することに何とも思っていないアンドロイドに投降を促すこと自体が間違っており、恐怖の損得勘定もないので説得のしようもない。
空母を明け渡せ。
その要求に米兵が悩んでいる内に、これがハッキングの結果であり、その最上位にはアサルトヘイトがいることを全員が察した。しかもニュースは米国より外には出て行かない。徹底した隠蔽工作。それだけでも超絶的に不利だというのに、さらに返答を一日遅らせるごとに、一体、また一体とアンドロイドが増えていく。議員の子供を人質にして。交渉することそのものが、そもそも非生産的と判断した司令官はアンドロイドの排除を命じたが、米兵はこれを拒否。既に人質には米兵の家族も含まれており、子供だけでなく米兵の妻まで人質にされていた。ここで自分もろとも爆殺されるには惜しい人間。そう米兵が判断した瞬間、場は決着したようなものだった。そうして人質を連れて一隻の空母を強奪したアンドロイドの集団は、テキパキと仕事した。何をしたかというと、空母を動かし始めたのだ。戦闘機を搭載し、原子力で動き、そうして五十を超えるアンドロイドがあろうことか米軍の空母を乗っ取って太平洋にくり出した。
「空母が乗っ取られただと!?」
ホワイトハウスに連絡が言った後、大統領が自分の耳を疑った。つまり自国の原子力機関を搭載した空母がテロリストに乗っ取られたという悪夢のような事実に。
「アサルトヘイトは我々に恨みでもあるのか!?」
つい先日、核弾頭を搭載した弾道ミサイルをハッキングされたばかりだ。アレは米国だけの問題じゃなかったが、今回に関して言えば明らかに米国だけに非がある。もちろんバレれば外国からの批難は避けられない。なぜ自分が大統領を赴任した時期を狙ってアサルトヘイトが横暴をするのか。
「わけがわからないよ」
と大統領は神に愚痴った。既に空母は三十ノット以下で太平洋を渡り始めており、もちろん昨今の世界情勢を見れば、やろうとしていることはわかっている。つまり無雲帝国への敵対。さてどうしたものか、と悩む米国の議会だったが、有益なアイデアは得られず。これがアンドロイドだけだったなら空母が何かするまでに海に沈めればいいのだが、最悪の事態として人質がいるのだ。大統領が空母の沈没に賛成的になれないのは、彼の息子も今空母の上に乗っているからで。警備は万全のはずだった。大統領の息子ともなれば無実の恨みを買うこともあるだろう。なので護衛は万全だったのだが、まさか息子を学校に送り迎えしている車が乗っ取られ、そのまま空母のある軍事施設まで送られるとは。長い旅ではあったが、そこまで計画して空母を乗っ取っているという事実に大統領も戦慄する。アサルトヘイトは本気だ、と。そうして米国の重鎮の子供や妻を人質にとって、そのままヨーソローと太平洋に乗り出した空母は原子力機関を回して無雲帝国へ向かう。緊急連絡で無雲帝国ならびに日本へ事情の説明を行おうとした米国側に、だが彼らの意図は一ミリも伝わらなかった。
「やあ。無雲帝国の皇帝陛下。御機嫌如何かな? 今ホワイトハウスは雨が降っていて困っているよ」
ハハハ、と焦った顔で言っている大統領に、国民の反応は冷ややかだ。そうして空母は順調に進む。原子力機関……つまりメルトダウンを起こせる脅威が無雲帝国を目指して海を渡っているのだ。米国では大混乱が起きているが、それは米国内部だけの話で、これが外に情報が洩れようとすると改竄が図られ、明るいニュースに変わってしまう。徹底的に空母乗っ取りを秘匿して、無雲帝国にサプライズをしたいアサルトヘイトの意図が読み取れる。もちろん米国にいるのは国民だけではない。日本人だって存在している。そのあまりの悪夢的ニュースに、急いで日本に帰国せねば、と息巻いたが空港は事情があって外国へ飛ぶ便がないと説明する。
「そんなことを言っている場合か!」
とは日本人の怒りだが、現在の飛行機は精密機器の集合体だ。アサルトヘイトが乗っ取ったら飛行機そのものがどうなるか知れない。そうして米国が陸の孤島となり下がり、空母が無雲帝国に着くまで、あらゆる情報は統制させることになった。期限付きで、というのが唯一の救いだが、このままでは米国政府は腹切りを迫られる。軍事的主導権を軽視する平和主義者たちの怒りは凄まじく、米軍という最強部隊がいかに危険な存在なのかをこれでもかとネットで力説。国が軍事力を放棄するわけにはいかないが、それはそれとして銃がなければ銃犯罪も存在しないのは事実であって。
米国の株式が暴落し、ニューヨーク市場も大混乱に陥っている。しかもそのことを米国以外の国は知らないのだ。
「平和だねー」
「平和だな」
そんなおよそ壊れるとも思っていない平和を享受しているのが日本であり無雲帝国だった。とはいえ無雲帝国の側にも火種はある。ここ最近は軍事的脅威にさらされてきたのだ。このまま無雲帝国に住んでいていいものか。ユートピアと思っていた無雲帝国だが、実は危険なのではないか。今のところ犠牲は一人も出ていないが、それが未来を保障してくれるのか? そこから考えなければならない。
そうしている間にも空母は無雲帝国に近づいてきており、そのまま原子力の臨界点の調整もアンドロイドがやっていた。五十体を超えるアンドロイドを有機的に操作できる。その一事だけでアサルトヘイトの異常さが垣間見える。だがある意味で、その異常さを持つアサルトヘイトをしても無雲帝国へのクラッキングは出来ないということだ。何を媒体にネットワークを構築しているのか。そこから彼(彼女?)にはわからない。まるで光回線も何もかもを使っていないような、だがしかし情報だけは通じるネットワーク。それではまるで情報の転送ではないか。
「無雲帝国……ね」
全てを見下して、アサルトヘイトはそう呟く。空母を無雲帝国まで持っていき、原子力機関の超臨界を盾に脅して、無雲帝国の電気生産インフラの情報を強奪する。そのためならば世界が混乱に陥っても何も問題はない。それがアサルトヘイトの結論だった。
「さて、皇帝陛下はどうするのかな?」
アサルトヘイトがクスクス笑う。今回はバーゴストライクへの対応も済ませてある。つまり情報の統制と人質。国際魔法少女基金に入金がなければ、そもそもバーゴストライクは動かない。そして今米国は陸の孤島だ。今のままではバーゴストライクは間に合わない。さらに人質もいるのでファイナリティマジックで空母ごと滅却という手段も使えないのだ。
「あるいはピスタキオン・サルベーション……か」
その可能性はあるが、そもそもピスタキオン・サルベーションなるものを、どう解析してもアサルトヘイトには意味不明だった。因果を逆行する技術というものが科学的にありえず。そう言えば【魔法】少女だったな、と再認識するアサルトヘイトだった。




