第64話:男子の郷愁
「そろそろ夏だなー」
「お茶が恋しい季節」
そうして俺とマスラオは、昇降口の隣に設置されている自販機でジュースを買っていた。正確には俺はブラックコーヒーだが。
「中二病か?」
「お前も苦労するとカフェインの有難さがわかるようになるさ」
苦笑して、プシュッとプルタブを開ける。マスラオが勝ったのはメロンソーダだった。本当にメロンの味を再現しているのかはともあれ。
「しっかし……ちょっと汗ばむな」
「こればっかりは仕方ない」
俺もアイスのブラックコーヒーを飲みながら苦笑する。
「す、すすす、須久留さん!」
で、俺とマスラオが缶容器を傾けて清涼飲料水を飲んでいると、階段の踊り場で一つのイベントが起こっていた。デバガメという言葉がチラついたが、興味がある子を否定するのも難しく。一人は男子から名前を呼ばれたように須久留さん。須久留ミズキ。この学園の四美姫の一人だ。もう一人は男子生徒。学年までは流石にわからない。先輩という敬称を付けないということは一年生ではない……か?
「付き合ってください!」
「御免なさい。私には想い人がいるの」
で、サラリと流し素麺よりも小さな摩擦で滑り落ちていく男子生徒の愛の告白。しかも時間差なく断ったので、その衝撃たるやいかばかりか。
「どう思う?」
メロンソーダを飲みながらマスラオが問う。
「面倒ごとが起こる前に退散しよう」
俺とマスラオの間の空間を走り去って、ご傷心の男子生徒は太陽に向かって走った。失恋も人を大人にするんだなー。じゃあ、とそそくさとその場から消えようとしたのだが。
「あら、人の恋路を特等席で見ておきながら、賃金も支払わずに去るのね?」
「…………」
「…………」
挑発的に言われた言葉に、二の句が継げず。ついでに一の句も継げなかったわけだが。
「も……モテモテだな。羨ましいぞ」
フォローにもなっていない御言葉を、俺は彼女に送る。
「あら、星崎さんと二江さんと斑鳩さんにモテモテのオワルがそれを言うのね」
四美姫の一柱。須久留ミズキがそう皮肉った。かの四美姫の内の三人が俺に惚れているというのは、既にこの学園の事実だ。
「別に見たくて告白シーンをのぞき見したわけじゃねーよ」
シチュエーションなら場所を選べ、とマスラオが抗議する。
「私だってとっさのことよ。呼び出されたというより呼び止められただけだし」
まぁ普通こういうことは場所を選ぶよな。
「好みじゃなかったか?」
「聞いていたんでしょ?」
「想い人がいる……か」
まぁ別に美少女が処女でなければならないなんて、そんな不条理な法則は世界のどこにも存在しないけど。
「てっきり断る口実かと思ったが」
「ちゃんといるわよ。私だって一人で生きているわけじゃ無いんだし」
そう言って、ミズキは俺の缶コーヒーを奪い取って、躊躇いなく飲んだ。
「間接キース」
「あら、気にするの?」
「お前は自分がどれだけ美少女か自覚した方がいいぞ」
「してるに決まっているじゃない。転校してきたさっきので三回目の告白よ?」
「ご苦労様」
他に言い方がねえ。
「ミズキもブラックコーヒー飲めるのか?」
「カフェインがないとやってられないことって多いから」
「オワルと似たようなことを言うんだな」
「斑鳩のお子様♪」
「別にブラックコーヒーで格が決まるわけじゃないだろ」
「そうね。飲めたからってだから何って感じだし」
「にしても三回か」
「斑鳩はもっと告られてるんじゃない?」
「否定はしない」
マスラオも苦笑した。ひどく疲れた笑み。特にコイツは男の娘だから男子にも女子にもよくモテる。
「オワルにコナをかけているのはBL?」
「否定も難しいな」
「オワ×マス……ね」
案外否定も難しいのは、ここで言うことではない。
「残念ね。そのオワルと私が間接キスして」
「ま、な」
「あら。嫉妬しないの?」
「星崎や二江に比べればな」
「ぷっ……たしかに」
吹き出して、面白そうにミズキは笑った。
「ちなみにミズキの想い人って?」
俺が聞いてみる。
「秘密にしてくれるなら言ってあげる」
「ここで即肯定すると、それはそれで胡散臭くないか?」
「ま、別に広められてもいいんだけど」
特に支障はないし、とミズキはすっ呆ける。
「お姉様よ」
お姉様……。
「スクール水着仮面一号か?」
マスラオが即答した。ああ、なるほど。
「そ、絶望した私を救ってくれたの。シュクールミジュギをくださったのも一号お姉様。どこの誰かは知らないけれど、それでも私は一号お姉様を愛しているの」
そっかー。一号をねー。それ俺ですとか意地でも言えねえ。ついでにミズキの両親を殺したメターマンの首魁……レコンキスタドーンのトップたるシングルモルトもまた俺だとも。
「斑鳩の好きな人は……」
「オワルだな」
「で、オワルの好きな人って?」
「俺を好きでいてくれる人」
最低の答えかもしれなかったが、虚偽ではないのが悲しいところ。
「はい。コーヒー」
「残り飲んでいいぞ。そこまで喉は乾いてないし」
マスラオの付き添いでついでに買っただけだ。
「そ、じゃあ貰うわね。カフェインも欲しいし」
「この中二病どもめ」
マスラオが面白くなさそうに、そう言う。
「むしろ羨ましいよ」
俺が苦笑した。
「そうね。カフェインが要らない身体に私も戻りたいわ」
ミズキも自嘲しながらそう言った。
「ちなみにどんな苦労をしたらコーヒーになるんだ?」
「世界征服」
「秩序維持かしら」
どっちも嘘を吐いていないのが、それはそれで胡散臭い。




