第59話:共和国の焦り【三人称】
「発射口のハッチ! 開いています!」
「何が起きている!? そもそも誰が発射を許可した!」
「しておりません! 上からの命令もありませんし許可もありません!」
「では何故発射口が開いている! まさか撃つつもりじゃあるまいな!」
「最悪……それも考えられます! というかインターフェースが乗っ取られています!」
焦る軍人。怒号する上司。共和国の秘匿していたミサイル。それが今まさに発射されようとしている。それもただのミサイルではない。核弾頭を積んで弾道ミサイルだ。
「いいから止めろ! 絶対に発射させるな!」
「無理です! 基盤が命令を受け付けません!」
「ハッキングにでもあっているというのか!? ここはスタンドアローンだろう!?」
ハッキングと言えばその通り。だがそれにもちょっと理由がある。とある軍人がサーバーのポイントに依頼された通りにUSBを指し、中枢に送り込まれたウィルスがそこで自己進化。共和国のスタンドアローンのコンピュータに適応して、完全に乗っ取っているというだけだ。そんな自律進化しているウィルスを作るだけでもハッカーの技術があまりに異常すぎるが、そのことを思案している場合ではない。日本の隣国である共和国が、スタンドアローンで公然の秘密となっている核ミサイルを撃つ。そんなことになれば国際的な非難は共和国を孤立に追い込むだろう。
「いいからハッチを閉めろ! なんとしてもミサイルを撃たすな!」
「無理です! こっちの命令を受け付けません!」
「だからなんでスタンドアローンのサーバーを乗っ取れるんだよ!?」
悲鳴を上げても仕方ないが、上げるだけの理由も立派にあると思う。このままでは共和国は大罪を犯してしまう。
「せめてミサイルの着弾ポイントを教えろ! どこに撃つ気だ! 米国か! 日本か!」
「弾道計算アルゴリズムを逆算します!」
インターフェースはミサイル発射を止められないが、キーボードを打って反応が無いわけじゃ無い。だがそれにしても悪夢のようなプログラムだった。
「対象……東京! いえ! これは!?」
「東京だと!?」
「いえ、訂正! 無雲帝国です!」
この基地の最高司令官が青ざめる。十万人規模の島国だ。メガフロートを使って国土を広げているとはいえ、それでも核ミサイル一発撃たれれば、それで終わりだ。
「ミサイルの発射口に人員を向かわせろ! マニュアルで発射を止めるプロセスは頭に叩き込んであるな!?」
「了解しました! 今すぐ向かわせます!」
「頼むぞ! 無雲帝国と敵対など、そんなバカげたことが出来るか。既に中国は合成燃料をインフラの中心に据えているのだ」
その合成燃料を格安で輸出している無雲帝国に核ミサイルを撃つ。そんなことをすれば国際社会のエネルギー問題が、また二十年退歩する。
「党に連絡! 我が軍はハッキングを受けており、弾道ミサイルの発射へ対応中! 最悪を考えて無雲帝国に緊急連絡せよと!」
「了解!」
そうして慌ただしく軍人たちが動く。最悪発射が止められない場合、無雲帝国に対処してもらうことになるが、メターマンは果たして超音速の核弾頭を止められるのか?
「くそ! いったい誰が! どういう手法で!?」
「核ミサイルの発射モーションを確認! マニュアルの緊急停止……間に合いません!」
「クソ! このままでは!」
国際問題になる。
「無雲帝国への緊急連絡はどうした!?」
司令官が唾を飛ばして確認する。
「回線は繋がりますが、音声データが届きません! 共和国の軍部が連絡してきたことを重く受け止めていますが、そもそも音声データが届かないので悪戯と思われている可能性まであります!」
「どこぞのハッカーがこの基地を孤立させたとでもいう気か!?」
「イエスです。どういたしますか。司令官閣下」
「映像が届いているなら手話でもいい。唇を読ませるでもいい。何とかして無雲帝国と党にこの事態を報せよ!」
「了解しました。微力を尽くします!」
それにしても。誰が。何の目的のために。共和国の核ミサイルを無雲帝国に撃ち込むなど。狂気の沙汰と言っても過言ではない。
「ミサイル。発射されました」
弾道ミサイルであれば、一度大気圏を離脱する。超音速で飛べば、無雲帝国……東京諸島には一時間もかからず到達するだろう。
「映像回線閉じられました! 手話も読唇も封じられてしまいました!」
「確実にこっちの手を潰してくれるな……ッッ」
もはや疑うまでもない。こっちの想像を超えるハッカーが、共和国の名誉を棄損してまで無雲帝国に核ミサイルを撃ちこみたいのだ。
「何か手段は……」
党にも無雲帝国にも事情を話せない。というか連絡手段を封じられた。そこで考えが少しだけ至る。
「ネットワークそのものは掌握されているか!?」
「いえ。あくまでこちらの通信を妨害する目的以外には!」
とは言うが、そもそも軍のサーバーセキュリティをこうも鮮やかに掌握する名も知らぬハッカーの技術の高度さが、そのまま脅威なのだが。
「国際魔法少女基金に緊急連絡! 日本円で四十億を即座に入金! バーゴストライク四人を緊急出動! 無雲帝国に発射されたミサイルの撃ち落しを依頼しろ!」
「了解! すぐに連絡します!」
そもそもスタンドアローンの核ミサイルの発射プロセスをハッキングするだけでも異常なのだ。というかネットが繋がっていないコンピュータをどうやって掌握したというのか。
先の失敗は繰り返さない。文面だけで国際魔法少女基金にこっちの都合の説明と入金とバーゴストライク全員の動員の依頼を並行する。
「通じました! 返信はありませんがおそらく基金には通ったかと」
「もうこうなると神に祈るしかないな。我が党は無神論だが」
「ここが日本だったら腹切りでしたでしょうね……」
「我が党だったら銃殺刑だな。どちらにせよ結果は変わらないわけだが」
「とりあえずハッキングの逆算をします。どこから侵入してきたのか。ソレを特定しないと安心して眠れませんから」
「頼む。鼠一匹見逃すな」
「了!」
そうしてミサイルの発射基地は全員、原因の究明に明け暮れた。結果得られたのはスタンドアローンのサーバーの自律起動。それによる勝手なミサイル発射と、以降普通に機能しているサーバーのコンピュータ。既に自壊プログラムを組んでメモリからウィルスは消え失せており、こうなるともうどんなシステムエンジニアでも辿ることは不可能だった。
そしてそのことをとある場所で喝采している人間がいた。軍や国家に恐れられている愉快犯……アサルトヘイト。彼は自らの組み上げたプログラムの優秀さに喝采しながらエナジードリンクを飲んでいた。共和国の核ミサイルを撃って、独富島を更地にする。それからゆっくりとかの無雲帝国が保有している技術を手に入れる。
ハッカーとして地球上でも頂点に位置する電子犯罪者アサルトヘイト。だが彼の技術で以ても、何故か無雲帝国の重要機密はハッキングできないのだ。通信経路がそもそも存在していない。ネットワークが繋がっているのに、スタンドアローンにも似た独立したサーバー運用。その不可思議さに首を傾げつつ、だが未知の通信技術には畏敬を覚える。彼の知らない暗号通信があるということがハッカーとしての彼のプライドに障る。今回の核ミサイルは防がれるだろう。だが、そんなことも想定の内だ。今からアサルトヘイトは無雲帝国に嫌がらせをするのだから。
最初は無人戦闘機。次は爆弾を仕込んだアンドロイド。そしてその次は共和国の核ミサイル。これでも無理なら、最終手段に出るだけ。とはいえ、共和国が核ミサイルを撃ったのは人工衛星が捉えているだろう。騒ぎになるのも数分の間。一時間以内にミサイルが独富島を襲ったとしても、もしかしたらバーゴストライクなら……。




