第42話:大統領の演説
アメリカの昼は日本の夜。無雲帝国は日本ではないが、まぁ時差に関しては日本と変わらないのでそこはツッコまないでほしい。俺は普通に知っているが、おおよそアメリカ大統領の演説と聞いて日本人が関心を寄せることはない。夜中のライブ中継でアメリカ大統領の演説を聞いているのは日本ではニュース好きくらいだろう。俺は別にニュースは好きではないが、一応無雲帝国の皇帝として聞く義務があるかなー程度。
「コホン」
大勢のアメリカ記者がアメリカ大統領の登壇を望んでいた。その望み通りに登壇したアメリカ大統領は五つのマイクが向けられているそこで、演説を開始した。
「我がアメリカ。その国民諸氏。まずは言わせていただこう! 私はこうして今生きている!」
スマホのネット動画で見ている俺は、つまり生ライブのコメントにも目を通している。
『何言ってんだ?』
『大丈夫か?』
『暗殺の危険があるとか?』
『俺わかっちゃったかも』
「ここで演説を開始するまで、私は不安だったのだ。圧倒的暴力で、大統領の責務をこの命ごと放棄するのではないか、と!」
そうして握り拳を振り上げて、演説を続ける。
「しかしメターマンは私を襲ってこなかった! 当然だ! 正義はアメリカにあり! そのことを無雲帝国も知っているのだろう! 大統領である私にメターマンを襲わせなかった。そのことに理性ある対応だと! まずは無雲帝国に謝辞を贈りたい!」
アメリカで起こっていることを俺は全部知っている。別にメターマンを差し向けても良かったのだが、いくつかの要素があって断念しただけだ。別にアメリカの正当性を認めたわけでもない。
「今、無雲帝国には世界中の富が集まっている。無制限の電気エネルギー。タダ同然の通信費。営利を貪るような合成燃料の輸出。全てが何によってもたらされているか! もちろん賢い地球全人類は覚っているだろう!」
まぁ、予想は出来るよなー、と俺はスマホで大統領の演説を眺めていた。
「そうだ! 核融合の再現技術を無雲帝国は保有している。つまりかの国が日本から独立し、経済的に発展したのも、そこに起因するのである!」
正解。
「我がアメリカ合衆国は世界に責任を持つ立場として真摯に無雲帝国に懇願する! どうか核融合技術を我が国に提供してほしい! お願いだ。我々は次世代エネルギーを求めている。それは東京諸島の一つの島で独占していい技術ではない。地球の未来を照らす希望だ。エネルギー産業に革命を起こすだけでも、飢えている子供たちにパンを分け与えることができる。その幸福とトレードオフをしてまで無雲帝国が核融合技術を独占していいわけがない!」
まぁ言っている意味は分かるが。
「名も顔も分からぬ無雲帝国の皇帝陛下。どうかアメリカに温情を! 私たちは互いに手を取り合えるはずだ!」
もちろん核融合技術を開示する気はさらさらないが。
「この演説が無雲帝国の皇帝に届くことを切に願う。そして返答は一週間待つ。提供してくれるなら良し。だがもしも返答がアメリカの意に沿わぬものなら……我がアメリカにも考えがある」
第七艦隊による独富島への侵攻。それも知っている。
「ではアメリカを代表して、このスピーチを終わるものとする!」
記者のカメラが異常なまでにフラッシュを焚いて写真を撮り、アメリカ大統領を的にしていた。そうして答弁の時間が来た。
「大統領は無雲帝国が意に応じぬ場合、侵略戦争を仕掛ける……そう受け取ってもよろしいのでしょうか?」
「解釈は無限にある。だがアメリカが正義を蔑ろにすることはない。それは地球警察としての立場から保証する」
「海兵隊にパシフィックオーシャンを渡らせる、と?」
「軍事作戦については私の口から語るのは避けたい。問答無用としたい」
「第七艦隊がまず動くと思うのですが……何万体のメターマンを相手に軍事的勝利を得られると思っておりますか?」
「それについては切り札がある、とだけ言っておこう」
「メターマンのメタマテリアルディフェンサーを破る方法を開発した……ということでしょうか?」
「沈黙を選択する」
「しかしメターマンを除外するとしても、無雲帝国は十万人しか存在しない小国です。そんな国にアメリカが軍事的に侵攻するなどあっていいのでしょうか?」
「我が国が正義を怠ったことは一度もない。少なくとも私の政権ではね。何より無雲帝国の皇帝陛下は聡明な方だろう。きっとアメリカの願いに応えてくれる」
そんなことはあり得ないわけだが。
「もし。もしですよ。叶わなかった場合は……」
「我らが誠心誠意、お願いをするために独富島に出向くだけだ」
それを侵攻っていうんじゃないか?
「それは国防総省も認めていらっしゃるので?」
「もちろんだ。ペンタゴンの決定だよ」
「独富島十万人の国民を銃撃にかけるというのですか!」
「誠心誠意お願いすると言った。それ以上のことはノーコメントとさせていただく」
「地球警察が他国の産業を掠め取るために銃を向けると言っているに等しいのですよ!?」
「盛大な勘違いだ。アメリカは世界に対する責任を果たすだけだ」
「それが侵略戦争だと言っているのです!」
「君が記事にどう書こうと自由ではあるが、アメリカは世界を主導する立場としての義務を果たさなければならない。ソレは忘れないでほしい」
「暴力で従わせるならテロリストと同じではないですか!」
「酷い勘違いだと言っているだろう。論点をずらしてアメリカを悪に仕立てるのは控えてほしい」
「場合によっては米軍がメターマンに全滅させられるかもしれないのですよ!? 遺族には何と謝罪するのです!」
「軍に入ったからには彼らの命はアメリカと共にしている。死んで尚永遠だ。それはアメリカの軍歌にも歌われているだろう?」
「安易に浪費していい命などない! そう言っているのです!」
「もちろんだ。兵士たちは命を捨てることはない。少なくとも無雲帝国が理性的である限りは……だ。むしろ兵士が死ぬとしたら、それは無雲帝国の暴挙だろう」
「メターマンに対する手段があると、そう聞こえたのですが?」
「無論だとも。かのテロリズムパワーに対抗する手段も無いのに責任は果たせないだろう」
そのために国際魔法少女基金に千億ドルも入金したんだからな。
そうしてアメリカ大統領の演説は終わった。その演説はワールドワイドになった世の中だ。全世界に発信された。日本、または無雲帝国でも、アメリカが無雲帝国に侵略戦争を仕掛けることは放送された。無雲帝国の国民は戦々恐々だ。メターマンがアメリカ軍に負けるとは思っていないが、ミサイルを雨霰と降り注がせた場合、誰が国民を守るというのか。ネットでは大論争が起き、アメリカと無雲帝国のどちらが正義かをネット民が無責任な論争を繰り返している。無雲帝国が核融合技術を独占していることへの不満。その技術開示のために軍を動かそうとするアメリカ。どちらが正しいかは人に寄るだろう。俺はコメントしなかったが、アメリカ政府の意向も分かるし、その上で無雲帝国皇帝として、最低限の対応もするつもりだ。もちろんそれは核融合技術の開示とは程遠い対応だが。
「戦争……か」
こっちとしても実験に使いたいツールがあるので、試験運営にはもってこいだ。第七艦隊を殲滅するのはちょっと良心の呵責もないではないが、無雲帝国に敵対すること自体がバカげた妄想だと理解させるにはちょうどいい。
「シングルモルト様……如何様に返答しましょう?」
ツインクイーンがエンドレース株式会社の社長室に現れる。
「ほい」
俺は二文字だけ書かれた紙をハーレクイーンに手渡す。
「これを終音クミの合成音声でアメリカに提出しろ」
「承知しました。早速取り掛かります」
紙に書かれたのは日本語で二文字。つまり「断る」だ。




