第41話:斑鳩マスラオの場合
「…………」
いい引きだと思ったのだろう。釣り上げたものが海藻だと知ったマスラオは残念そうな顔をしていた。
「坊主か?」
「今のところはなー。ところでオワル?」
また海に釣り竿を振って、エサを付けた釣り針を海中に投入する。
「どこ行ってたんだ?」
「東京」
「何しに?」
「黙秘」
キラとキワミと壱岐尾先輩とチョメチョメしていたとか言えるか。
「女だな?」
「大正解」
否定する要素も見受けられんね。別段否定する気もないものだが。
「だから予定を組んで、今日この場に参上しただろ?」
「ま、そうだけどさ」
釣竿を握って、ホケーっと海を眺めるマスラオ。この男があの愛らしい罠娘少女ダーンディアナだとはなー。
「その、さ。謝る必要があるんだが」
「拝聴しよう」
「罠娘少女ダーンディアナは、無雲帝国に戦争を仕掛けるかもしれない」
「へー」
「驚かないのか?」
「どうせ前振りだろ」
「…………」
図星らしい。可愛いところもあるもんだ。
「俺はさ。国際魔法少女基金に要請されて魔法少女をやってる。で、今回はアメリカが入金して、魔法少女を買い上げた」
もちろん知ってるが、知っていることを知られるわけにもいかず。
「名目上は魔法少女は戦争に参加しない。だが米軍の兵士の人命救護。それが俺の任務だ」
「辛いか?」
俺が聞くと、マスラオはニヤリと笑った。
「まさか! 俺は人命救護のためなら手段なんて選ばないぞ?」
ああ、コイツはわかっている。俺に何を言われるまでもなく分かっている。金色の髪が潮風に揺れる。その鮮やかな金髪を揺らしながら百点満点の笑顔で、マスラオは笑った。
「魔法少女を雇って人命救護を求めたんだ。なら何をされるかは米軍も覚ってほしいよな」
「この分じゃ、俺が慰める必要もないな」
「当たり前だ。俺は斑鳩マスラオ。活きの良い金目鯛を釣ってくる親父の息子だぞ?」
ああ。そうだったな。いつも馬鹿正直で、恐れ知らずで、真っ直ぐ自分を表現する。斑鳩マスラオはそんな奴だ。
「勝てるか?」
「空母の一隻や二隻。ポジトロンで対消滅させてやる」
それはそれでマズいだろ。一グラムの対消滅でも核兵器の数十倍のエネルギーが量産される。
「思ったけどさ」
また海藻を釣り上げて、エサを付け直して竿を投げる。
「魔法少女の魔法を電気エネルギーに使った方がいいんじゃないか?」
理屈としてはわかるが、あくまでWARPドライバありきだ。俺が死ぬと、全部が無かったことになる。寿命まで死ぬ気は無いが、期間限定のエネルギーに人類を巻き込むわけにはいかない。だから核融合技術の汎用性を求めたのだから。
「結局、無雲帝国ってどうやって電気エネルギーを調達してるんだ?」
「さてな。色々と言われているが、ネットの噂でなら核融合技術だと言われているな」
俺の言っていることは正解ではあるのだが、一応まだ秘匿されている。あまりに無尽蔵の電気エネルギーを生産して他国にばら撒いているのだから、少なくとも生半な電気生産ではない、とはバレていて。
「その核融合……ってオワルはわかるか?」
「まぁ。科学雑誌に書かれている程度のことでよければ」
「おせーておせーて」
釣竿を握ったまま、マスラオは俺にねだる。
「原子力発電については知ってるか?」
「ウランやプルトニウムを原子記号の小さい方向に分裂させて、その時に生じるエネルギーを熱に変換するんだろ?」
「核融合はその逆だ」
「それがわからん。分裂でエネルギーが出るなら、融合するとエネルギーが入るんじゃないか?」
「その中間地点に鉄があるらしい」
「鉄って。鉄か? スチールとかアイアンとか」
「そ、最も安定した原子。ウランなんかは鉄なるまで核分裂によって質量を減らし、減った分の質量がエネルギーになっている。逆に鉄より軽い……水素が一番分かりやすいか。水素が核融合をすると、融合によって質量が欠損し、その分のエネルギーが取り出せる。つまり鉄より重いと核分裂で、鉄より軽いと核融合で、それぞれエネルギーが取り出せるわけだ」
「はー。なんでオワルは知ってんの?」
「科学雑誌とネットのAIに聞いた」
「ソース無し?」
「裏を取ったりはしてないな」
「そっか。核融合ね」
「膿には重水素が溢れているし、独富島は核融合技術を持っていれば海水から水素を取りまくって融合反応起こしまくりだろ」
「それで無雲帝国の電気代と通信費がタダ同然……と」
「そゆこと」
「じゃあなおさら無雲帝国を守らないとな」
「任せたぞ」
「他の三人の魔法少女を相手取るのはちょっと怖いけどな」
「大丈夫さ。スタッブスターもアルテミストもオーバーサンも、本心から戦争を望んでいるとは思えんね」
「だといいけど」
そうしてピッと釣竿を振り上げる。魚が釣れた。
「おお、シマアジ」
さすがに漁師の息子だけあって魚には聡いらしい。
「美味いのか?」
「美味いぞ。母さんに頼んで捌いてもらうか?」
「シマアジの刺身かぁ」
それはそれで、高級料理よりも贅沢だな。
「とにかくだ!」
海水で満たしたバケツの中にシマアジを放り込んで。
「俺は米軍を止めてくる。だから安心しろ! オワル。絶対に無雲帝国に米軍は侵攻させない」
「メターマンが暴走するより先に止めろよ?」
「もちろんだ。罠娘少女ダーンディアナに任せなさい!」
わーはっはっは! と笑って、釣竿を肩に担ぐ。とりあえず一匹釣れて、俺と話せたから満足したのだろう。俺に軽蔑されることがおそらく怖かったのだ。無雲帝国を侵攻しようとする米軍。そっちに雇われて独富島を侵略する魔の手だと俺に思われることが怖かったのだ。だから精一杯虚勢を張って、自分の魂をさらけ出した。引くなら引けと。もちろんではあるが、そんなことで俺が引くわけもなく。
「じゃあ、前祝だ。お母さんにシマアジ捌いてもらおうぜ!」
ちなみにシマアジは極上の味がした。まぁアジの王様とか言われてるくらいだからなぁ。




