第3話:無雲帝国へ
「じゃ、ね。父さん。母さん」
俺の両親は海外転勤でヨーロッパに行くことが決まっていた。俺は日本を離れたくないためヨーロッパに行くことを拒否。一人暮らしを提案し、そうして今は高校二年生。東京に買った一軒家を借家にして、俺自身は独富島に引っ越すことになっていた。
「本当にあんなところで一人暮らしが出来るのか?」
「お母さん心配で……」
父さんも母さんも、ヨーロッパに転勤するより俺の転校の方が心配らしい。まぁ気持ちはわかる。元々東京諸島の一つだった独富島は今国際的に特異点となっている。日本を知らない外国人でも無雲帝国については知らないとは言えないだろう。それほど異常極まる島国なのだが、まぁそれについては今更で。
「婆ちゃんの残した家があるから大丈夫」
ほんの一年半前までは東京であった独富島は、とある事情で日本国から独立宣言。名を無雲帝国と改め、一つの国家として存在している。とはいえコミュニケーションは日本語だし、使っている金も日本銀行券。電子マネーは国家オリジナルのものだが、相場は日本円とほぼ同じ。
「じゃ、そういうわけで」
空港から飛行機に乗ろうとする両親にニコニコ笑顔で送り出して、それから俺もお世話になった自宅を空っぽにして借家として今後利用する一家の皆さんに託し、そのまま船へ。引っ越し業者に頼んで、必要なものは既に独富島に運んである。俺はとりあえずの着替えとスマホだけで東京の船場へと向かう。パスポート片手に乗船をクリアし、そうして独富島……つまり日本から独立した無雲帝国に向かう船に乗る。
政治的な特異点とは言ったが、それだけじゃなく技術的な特異点でもある。既に日本を含めいくつかの先進国は無雲帝国を無視することが出来なくなり、国際社会秩序において最も危険かつ先進的な国として注目を集めている。まぁそれについては俺から言えることはそう無く。一時期北朝鮮が地上の楽園と呼称されたことがあるが、同じキャッチコピーを無雲帝国に言っても詐欺にならない程度には先進国として突き抜けている。ヨーロッパに行った両親はもともと独富島の出身で、結婚に合わせて東京都(まぁその時点では独富島も東京ではあったのだが)に引っ越し、ローンを組んで一軒家を買った。で、寿命で往生した父方の祖母の家がまだ独富島に残っているので、俺はそこにこれから引っ越すことになる。俺の中学時代にレコンキスタドーンと呼ばれる悪の組織が独富島を占拠。無雲帝国と名を改め、独立宣言。一時期は警察や海上保安庁といざこざはあったが、最終的に日本政府は独富島の独立を承認。今は無雲帝国として国家運営されているわけだ。既に島の周りを海上都市が広がるように建設され、国民は十万人程度。事情が事情なので九割五分は日本人で、国籍も日本だが、一応無雲帝国にて暮らしている。うち数割がエンドレース株式会社の関係者であり、それが無雲帝国の国家としての資金源でもあるのだ。
「~♪ ~♪」
そうして、その日本から独立した帝国に向かう船の上。俺は推しのアイドルの歌を鼻歌で歌いながら海を眺めていた。島そのものはまだ見えないが、それでも無雲帝国に向かっているのは事実。そもそも独富島があまり大きい島ではないので海上浮遊都市で国土面積を稼ぐのは必然。そこに向かって船が進んでいるのだ。
「さて」
そうして船が進むと、船から風景を見ている乗船している人たちの一部が騒いだ。その声を聴いて、俺も船から海を見る。そこにいたのはメターマン。悪の組織レコンキスタドーンが創造した怪人のことだ。どこぞの仮免ライダーではないので人間を魔改造して作り上げた怪人ではなく、あくまで人型をしているのは都合上。メターマンを殺しても殺人にならないのは国際的な常識。だがそもそも物理攻撃が効かないメターマンを殺せるのはバーゴストライクだけなので、一般人には脅威でしかなく。無条件に人を襲う存在でないことは知られているが、それで安心とはいかない。じゃあなんで無雲帝国に向かっているかと言えば、それはまぁ人それぞれだろう。俺は独富学園に転校するためだ。倍率は最悪。転入試験でも最高位の教養を要求される。独富島に移住したい人間など腐るほどいるので、そこで運営されている教育機関への入学希望学生は山ほどおり、結果倍率が日本でも類を見ないレベルになっている。とはいえ子供などまだいい方で、大人に至っては超高度文明を支えるエンドレース株式会社に所属するなど、勉強できれば大丈夫ですよというレベルを超えている。例えるならグーゴルにちなんだ名前の会社に入社するレベルで高い技術力が必要になる。
「サメ型メターマンだ」
「こっちはタコ型」
「イカ型もいるぞ」
はしゃぐ乗船者。恐れる乗船者。スマホのカメラを向ける乗船者。俺も海を見下ろしてメターマンを見ていた。襲われてもどうにもできないが、まぁそれはそれとして。どうしようもない脅威というものもある。こめかみに銃を突きつけられて、「引き金は引きませんのでご安心を」とか言われれば、その言葉を信じる以外にやることがない。
「っていうか、大丈夫だろうし」
まぁ他に言えることもなく。そうしてメターマンに囲まれながら船は進む。見えてきた海上浮遊都市。メガフロートだ。そこで船は停泊し、俺たちは無雲帝国に足を踏み入れる。もっとも一年半前は日本の領土だったので、いるのはほとんど日本人で、コミュニケーションも日本語。「ようこそ」だのどうのこうの言われて、全員船を降りる。俺は引っ越してきたのだが、それとは別に観光でこっちに来た人間もそこそこ。カバンを持ってスマホ片手に独富島に足を踏み入れる。島のどこからでも見れる高層ビル群。エンドレース株式会社の所有するビル群だ。あそこでは超高度な技術を用いたエネルギー産業が盛んに行なわれており、国際社会でも意義のある企業運営が盛んだ。
「っていうか祖母ちゃんの実家は……」
スマホで地図を見ながら歩く。タクシーを使ってもいいのだが、どうせ時間は有り余っているし歩いて向かう。まだ東京だった頃から……というか父親が幼少期を過ごした家だからすごく古くて改築も一回しているとかどうのこうの。一応業者に頼んで不便ではない程度に手を入れてもらって、男子高校生の一人暮らしに対応するようにしてもらっていはする手筈だが。
「ここか」
で、辿り着いたのはちょっとオンボロなこれからの我が家。エンドレース株式会社の本社がある先進国とはいえ、歴史ある家が島に残っているのもそれはそれで事実で。そんな時代に取り残されたオンボロ家屋だが、まぁソレはいいとして。
「失礼しまーす」
そもそも盗んで得するようなものも無いので、施錠という概念がないこれからの我が家に入って、改築の後が家の中では見られ、特に風呂とトイレとキッチンだけは最新のモノにしてもらっていた。他はまぁ。畳敷きのお茶の間とか、ファイワイが繋がっている古風なリビングとか。
春休みの間に大体のことは終わらせており、後は学校に挨拶に行く程度だ。今日からここで俺の一人暮らしが始まるのだ。頑張るぞ、と。
「鍵も付けるべきかね?」
これからは死んだ祖母に代わって俺が暮らすわけだからセキュリティも考える必要がある。まぁ空き巣に入られている形跡も無いし、後で鍵だけどうにかしよう。
「あとは顔を出すだけだな」
これでもやることは色々ある。ご近所さんへの挨拶とか。ルータの確認とか。最新のノートパソコンも持参したので、ネットに繋がってもらわないと困る。ま、無雲帝国の文明水準で、ネットに繋がらないということがあるのかは懐疑的だが。
「さて、じゃあ顔を出すか」
目指すべきはアソコ。色々とやることは山積みだが。
「ネットよし。キッチンよし。トイレよし。風呂よし。テレビよし。電気よし。水道よし」
大体よし。
「鍵を付ければほぼOKだな」
さすがにノートパソコンを盗まれたら凹んでしまうかもしれないし。泥棒というか国内犯罪率は世界中でも最低ランクではある。そもそも十万人規模の新興国家にそんな社会問題が提起されるわけねーだろって話でもある。
「IHクッキングヒーターも良し」
まずはお湯を沸かすか。途中でマーケットに寄ってコーヒーを買ってきた。高校生なんて中二病真っただ中だ。俺も社会的な苦労があって、カフェイン摂取は常識になっており、既にブラックでコーヒーが飲める人間に進歩していた。あるいは劣化か。




