第115話:死にたくないけど死にたい【斑鳩マスラオ視点】
分かってる。そんなことはわかってる。
キラがコース料理を全部吐き戻した理由はわかっている。死にたくないのだ。自分はオワルを殺したのに、それでも自分が可愛いのだ。
わかる。全部わかる。
なんでかって?
俺もそうだからだ。
オワルを殺した自分をどうにか許そうと言い訳ばかり考えている。ここに……ホテルに三人を呼んだのも背中を後押ししてもらうためだ。自分一人で死ぬは嫌だから、誰か同じことを思っている仲間を見つけて安心したかったのだ。けれどキラが泣きだした。
「死にたくない……死にたくないよぉ……ッッ」
ワンワン泣いていた。自分はオワルを殺しても、それでも私は死にたくない。凄く分かる。よくわかる。俺もそうだから。でも眠るのが怖い。毎夜毎夜、オワルが死ぬところを夢で見て、そのたびに跳ね起きるのが苦痛だ。こんなことが一生続くのなら、俺は肉体より先に精神が壊死する。
「キワミと壱岐尾先生はどう思う?」
「……死にたいけど……死にたくないです」
「先生は軽々と死ねないので」
多分一番精神をやられているのはキラだろう。彼女のナニがオワルに惹かれたのかは知らないけど、きっと大好きだったのだ。オワルに惚れる何かがキラにはあったのだ。もちろん俺にもある。女男と揶揄された俺に、素敵な人間になれると励ましてくれたオワルを好きにならないわけがない。
そりゃ惚れるさ。全ラだって見せるさ。
なのに、その恩人を……俺たちはこの手で殺したのだ。食事の際。レジで財布を取り出した際。背伸びをして終えた際。その手の平を見て、手の平にベッタリと付いたオワルの血をイメージして吐きそうになる。それをジジイになって死ぬ間際まで味わえっていうのか?
世界中が喜んでいる。オワルが死んだことを良いことだと言っている。オワルを殺してくれてありがとうとバーゴストライクに好意的な意見を投げてくれる。それを見るたびに絶望する。こんなクソどもを喜ばせるために……俺はオワルを手にかけたのか。
「なら、俺たちが魔王になろうぜ」
「ま……おう……?」
「米国曰く……ヒューマニティキャンサー……人類のガンになろうぜ。殺して殺して殺しつくそう。オワルの死を喜んでいるクソどもを一人残らず鏖殺しよう」
「そう……だね……それもいいかも。でもどうやって? ブローギアはもう動かないよ?」
オワルの演算……コネクトーン・ネクサスを介して得られた能力だ。ブローギアだけじゃない。シタギも、シュクールミジュギも、全部が全部オワルの演算ありきで成立した代物だ。
「だったらさ。イイトさんにお願いしようぜ。ブローギアとコネクトーン・ネクサスを繋げるように。そしてまたバーゴストライクになれるように。そうしてオワルの死を喜んでいるクソどもを虐殺するんだ。俺たちヒューマニティキャンサーでさ」
「悪いけどパス」
壱岐尾先生が拒否した。
「……ボクはそもそもクソどもに関わり合いになりたくない」
キワミも拒否した。
「げ……ええッッ……」
キラに至っては未だにえずいていた。
「何でだよ。ムカつくだろ。世界中のクソども。殺されるだけのことを……あいつらはした」
「それは先生たちもそうだよ」
「……そうだね。……実際に殺ったのはボクたちだ」
「だからクソどもを許すのか?」
「どうでもいい」
「……死にたいけど死にたくなくて……あとは死ぬまでそれだけを考える」
壱岐尾先生も、キワミも、もう壊れてしまっているらしい。人類が何を言おうと別に気にしないし、関与もしない。好きに生きて、好きに死んでくれ。そんな意見。
それについて俺が何か言おうとしていると。
――――――――
スマホが鳴った。それも緊急コール。おそらく独富島の住民は全員、急な警告にスマホを見ているだろう。常任理事国の核ミサイルが独富島をポイントしている。そのことを誰かが突き止めて、ソレをキャッチしたエンドレース株式会社が独富島全体に緊急コールしたようだ。おそらくメターマンによって海上戦を有利に進められない何者かが、核ミサイルで独富島を殲滅して、堂々と核融合技術を手に入れようという算段だろう。
核爆発にも威力は千差万別ある。
核融合炉は人の住んでいる居住区からは離れているし、島民だけを虐殺して、核融合炉を無事に確保する手段も難しい話じゃない。それこそ中性子爆弾とかな。超音速で成層圏に再突入するミサイルはマッハなんて軽く超える。飛行型メターマンが如何に経過しても、その判断が神経系に頼っている以上偶然ぶつかるとかでもないと止めようがないだろう。そもそもぶつかった程度で止まるものでもないが。臨界点を突破しないと核爆弾は爆発しないので爆縮レンズのタイミングが全てで、メターマンにぶつかったからそこで爆発しますとか、そういう話でもない。
「ああ、そっか。死ぬのか……俺たち……」
むしろちょっと安心していた。自殺する勇気は無いけど、どうしようもない絶望に殺されるなら、愚痴を言いながら人のせいに出来る。
「よかったよかった」
「……ですね」
そうして壱岐尾先生とキワミも納得して、キラだけがテーブルに突っ伏してビクビクッと震えている。今から常任理事国全土から核兵器が降り注ぐのだが、それよりも自分の胃腸の方が大問題なのだろう。そう言うところは羨ましい。
「最後に食ったのがホテルの高級コース料理ってのは幸せなことなのか?」
「……さあ……どうだろうね」
「先生は何を食べても味がしませんけど」
壱岐尾先生のストレスは味覚障害に通じているらしい。
「死にたくないよぅ」
一人グズグズと泣いているキラ。コイツは本当に。もしかして俺よりもオワルのことが好きなのか?
「ごめんなさい……オワル……」
おえ、おえ、とえずきながらキラはオワルに謝る。謝って済むなら俺も謝りたい。どうしようもなく大罪を犯して俺をオワルに許してもらいたい。でも、もうそれはできない。オワルは肯定も否定も出来ないところに逝ってしまったのだから。
「あと三十分ってところか」
弾道ミサイルが独富島までたどり着く時間だ。地球の裏側からでもICBMならその程度で辿り着くだろう。そうして独富島は放射能に犯されて、誰もいなくなった独富島を米国の兵士がフルメタルジャケットよろしく全世界で有名なネズ公のマーチを歌いながら歩くのだ。そこに俺たちの命の価値は換算されない。ただいるだけで邪魔なら、それはいない方がいいのだろうから。
そうして今年度に入って何度目か。最近独富島は核兵器に狙われ過ぎている。そのたびに俺たちが何とかしてきたのだが、もうそのブローギアもうんともすんとも言わない。仮に言ったとしても、応える気はさらさらない。そのブローギアで俺たちはオワルを殺したのだ。人を刺し殺した包丁で魚を捌く度胸が俺たちにあるはずもなく。そうして終わりの時を刻一刻と待っていると。
「あー……テステス……大丈夫だ我が帝国臣民諸氏。この島の安全は俺が守る」
スピーカーも使っていないのに、自然な生声が耳元に届く。おそらく独富島全体に。その強く優しい声を俺が聞き間違えるはずもなく。キラが聞き違うはずもなく。キワミが聞き漏らすはずもなく。壱岐尾先生が聞かなかったフリをするはずもなく。
「というわけで無雲帝国皇帝……結論少女ユニバーゴが命じる。発射された核ミサイルよ。ゴビ砂漠にでも落ちていろ」
そうして空間転移を応用して、発射された核ミサイルが全て独富島を狙って大気圏に突入し、だが結論少女ユニバーゴの空間転移によってゴビ砂漠に着弾……爆発したらしい。もちろんその映像をカメラで撮影しているような暇人はいないから、どこまで本当かは知らないが。けどそんなことはどうでも良くて。夢でも幻でもフラッシュバックでも良くて。ただそれだけを願った俺の妄想でも……まったく喜ばしい事で。
「あー、地球人類皆々様には申し訳ないですが……ヒューマニティキャンサーこと結論少女ユニバーゴ……ただいま帰還しました」
ああ、それこそもう死んでもいいし……死ねないし。




