第114話:死にたいけど死にたくない【星崎キラーン視点】
「…………」
今は不幸でもいつかは幸せがやってくるから。雨は何時か止むんだよ。トンネルって暗くて寂しいけどさ……いつかは抜けるんだ。どれもこれも不幸は有限っていう考えだ。
いつかはきっと。いつかはきっと。いつかはきっと。
でもそれなら、今が幸せならいつかは不幸がやってくるんじゃないの? 晴れの日が続けばいつかは雨が降るんじゃないの? 青空の下を電車で走っていればいつかはトンネルに入るんじゃないの?
違うの? 私が逆張りなだけ? それとも不幸と幸せは等価じゃないって言いたいの?
「キラ……今日もご飯食べないの?」
心配そうに母親が聞いてくる。そう言えば最後にご飯食べたのっていつだっけ? 食欲がわかない。一日。二日。三日。あるいはそれ以上。最後にご飯を食べたのがいつか知らないけど、今は食べる気にならない。
「手料理がダメなら高級料理を食べに行きましょうよ。ほら。キラのおかげで何兆円も稼いだでしょ? キラが稼いだお金なんだから。好きに使っていいのよ」
オワルの顔がフラッシュバックした。せり上がってくる胃液。何も食べていない胃から胃酸だけが逆流して、そのまま私室の床に吐いた。ベッドに寝転んでいたけど、ベッドを汚したくないが故だ。そんな正常な判断ができる自分を嫌悪する。結局、どこまで言っても私は損得でしか測れない。
結論少女ユニバーゴを討伐したことで得た十数兆円。百兆円は国際魔法少女基金と折半と言っていたけど、その国際魔法少女基金が入金されたお金はオワルのものだった。そのオワルの財産を遺言状によって引き継いだ私は、つまり国際魔法少女基金が折半したお金も一部得ていることになる。こっちはギアをもたらされた八人で八等分したので、純粋に私が二十五兆円稼いだことにはならないけど、それでも膨大な金額だ。
とてもではないけど一生使っても使い切れない。それでも本当の世界財閥から見たら可愛いものだというのだから上には上がいるものだ。
その世界財閥もアトランティス会議の暴露動画で世界中でヘイトを溜めているけど。世界情勢は芳しくない。オワルが引き起こした大恐慌で首をつっている人もいるだろうし。私たちバーゴストライクは無雲帝国の銀行に金を預けているので、もう利子生活だけで贅沢に暮らしていける。
核融合炉もイイトさんのプログラムで正常に稼働しているみたいだし。オワルがいなくても無雲帝国は安泰だ。メターマンもいるしね。無雲帝国の皇帝、結論少女ユニバーゴがいなくなったことで無雲帝国に脅しをかけてくる国は多いけど、それでも結論として攻撃してくる国はない。メターマンはミサイルの速度には対応できない、と証明はされているけど、皇帝なき非政府国家に俗物的利得主義だけで攻撃を加えれば外聞が悪すぎる。
結果、艦隊を島に派遣して脅すという手段を取っているが、それもいつまで続くのか。
「…………」
部屋の隅っこに立て掛けているブローギア。私が堕星少女スタッブスターに変身するための魔法のステッキ。でも、今はもう機能しない。私自身が、その魔法の根源を殺したから。堕星少女スタッブスターも、究極少女アルテミストも、太陽少女オーバーサンも、罠娘少女ダーンディアナも、全部、ぜーーーーんぶ、オワルの魔法によって成り立っていた。
コネクトーンというものはよくわからないけど、きっとそれが魔力で、その力で私たちは魔法が使えていたのだろうし、独富島は核融合炉で繁栄したのだろう。核融合炉の方はもう大丈夫だけど、私たちバーゴストライクは二度と変身できない。その手段を自ら放棄した。それも殺人という手段によって。
――――
スマホが鳴った。見なくても良かったけど、いつもの癖で見てしまった。世界中が結論少女ユニバーゴの死亡に喜んでいる。私の大好きだった男の子……オワルの死を喜んでいる。
何がそんなに楽しいの?
オワルが死んだんだよ?
私を最初に肯定してくれた……とても心優しい男の子が。
「バーゴストライクで会わないか?」
限定のSNS。バーゴストライクとオワルだけがログインしている……その画面にマスラオからメッセージが来る。誰が一番最初に立ち直るのか。案外私かも、と思っていたけど……マスラオだったか。
「高級ホテルの個室を用意するから。来たい奴だけ来てくれ」
マスラオも全員くるとは思っていないんだろう。だってオワルが死んだんだ。今更美味しいご飯を食べる資格が私たちにあるの?
「…………」
グギュルゥと腹の虫が鳴った。食欲は一向に湧かないけど、食べなければ死ぬぞと身体が警告してくる。虚ろな表情を隠すつもりもなく、面倒なので学校ジャージを着たまま私は外に出た。
「どこか行くの?」
母親が心配そうに聞いてくる。
「レストランでご飯食べてくる」
それ以上舌を動かすのも億劫だ。道を歩いていて車に轢かれるなら、それもいい。けれどそういうことは当然起こり得ず。私は普通にマスラオが指定したホテルについていた。全身深緑色のダサいジャージだったけど、ホテルマンはイヤな顔一つせず、私を個室に案内してくれた。
「よ」
「よっす」
マスラオが挨拶をして、私も返答する。
「酷い顔だな。飯食ってねえだろ」
「食欲無くて。どうせ食べても吐くだろうし」
「最悪病院に行って点滴打ってもらえよ」
「生きる気力が湧けばそうする」
「死にたいのか?」
「死にたくない」
そうして席について、キワミと壱岐尾先生を待つ。二人とも遅れて到着した。私とマスラオはジュースを飲みながらポツポツと会話していた。キワミはドレス姿で。壱岐尾先生はスーツ姿で現れた。ヤバイ。ジャージの私が一番空気読めてない。
「とりあえず飯にしようぜ」
そうして指定していたコース料理が運ばれてくる。最初はスープ。何やら料理の説明をホテルマンがしてくれたけど、耳には一向に入らない。ただ美味しいとは感じた。高級ホテルのコース料理だ。美味しくないわけがない。その美味しいと感じることそのものが今の私には悔しい。オワルの死を踏みつけにして、こうやって幸福を享受する資格があるのかと問われれば、私は答えに窮するだろう。
そうしてコース料理を食べて、久方ぶりに飯を食った気がする。胃に優しいスープが先に来たのがよかったのかもしれない。嘔吐することなくコース料理を食べ切った。そうして全員で余韻に浸っていると、マスラオが言った。
「なぁ、死なないか?」
納得と疑問がこれほど両立する質問も珍しい。「なるほど」と「何で?」が全く矛盾せずに成立している。
「……マスラオは……死にたいの?」
キワミが聞く。
「死にたい。生きていたくない。オワルが死ぬ夢を見て毎夜毎夜跳び起きたくない。夢を見るのが……眠るのが怖い……」
「……ボクは……思い出したくない。……起きていると旦那様の事ばかり考えるから……一生眠っていたい」
「先生は幻を見て……その幻を追いかけて……何も掴めないのが悔しい」
「キラは?」
「オワルから流れた血で得た金銭で……ご飯を食べたくない……」
胃が逆流しそうになる。
「だからさ。死なないか? どうせ全員遺産は残せるだろ? 家族には迷惑かけないと思うんだよな」
死ぬ。それもいいかもしれない。何も飛び降りや首吊りじゃなくていい。もっと安全に。心安らかに。そうだ。安楽死って方法もある。それなら幸せに……心安らかに……そう思った瞬間……腕を肩の付け根から切り裂かれ、肉体を袈裟懸けにされたオワルの最後がフラッシュバックした。
「……ッ……ッッ……ゲェェッッ!」
その光景だけでホテルの高級料理を吐き戻すのは容易だった。
「嫌だよぉ……死にたくないよぉ……あんな……あんな惨めな最期はイヤだよぉ……」
結局私はその程度の人間。人を殺しておきながら自分のことは可愛い人間。無様で、どこまでも愚かしい。




