十二分の空白
役場の戸籍端末は、古い。
画面は薄く青く、文字は少し滲んでいる。
凛は自分のIDでログインする。
兄の名前を入力する。
今度は、出る。
死亡年月日。
あの日。
死亡時刻。
16時42分。
凛は瞬きをする。
風が強くなり始めたのは、もっと遅かった。
あの日、崖にいた時間を思い出す。
学校が終わったのは15時半。
家に戻らず、そのまま海へ行った。
夕焼けが始まりかけていた。
16時42分。
その時刻、私は――
家にいた。
母に叱られていた。
そうだ。
あの日、私は一度帰宅している。
ランドセルを置き、兄のことで言い争いになった。
兄は先に家を出ていた。
だから私は後から追いかけた。
崖に着いたのは、もっと後。
少なくとも、17時は回っていた。
なのに。
死亡時刻は16時42分。
医師の確認時刻ではない。
“死亡推定時刻”。
診療所の医師が記載したものだ。
凛は診療記録を開く。
簡素な文章。
《崖下にて発見。外傷性ショック。即死と推定》
発見時刻。
17時18分。
発見から36分前に、即死と推定。
可能だ。
不可能ではない。
だが。
その時間、私は崖にいなかった。
いなかったはずだ。
凛の呼吸が浅くなる。
もし兄が16時42分に死んでいたなら。
私は。
現場にいない。
押していない。
触れていない。
手の感触は。
何の?
だが次の瞬間、別の考えが浮かぶ。
――私が最初に見つけたのでは?
――私が、時間をずらして記憶しているのでは?
――町が、時間を“整えた”のでは?
画面のカーソルが点滅している。
凛は、医師の名前を見つめる。
町で唯一の医師。
すでに亡くなっている。
確認できない。
修正もできない。
記録は、固定されている。
だが記憶は。
揺れる。
凛はゆっくり端末を閉じる。
もし町が隠蔽しているなら、時間を書き換えるはずだろうか。
それとも。
隠蔽していないからこそ、時間はそのままなのか。
16時42分。
その十二分前、私はどこにいた?
十二分後、私は何をした?
その間に。
何が抜け落ちている?




