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死体が消える町  作者: 臥亜


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5/9

保存された写真

 夫は、古い段ボールを押し入れの奥に戻した。


 凛が外出している間だった。


 彼は普段、彼女の物に触れない。触れないようにしている。だがその日だけは、どうしても確認したいことがあった。


 アルバムの背表紙に、薄く埃が積もっている。


 ページをめくる。


 兄の写真。


 崖の上で笑っている少年。


 少し離れて立つ、幼い凛。


 その次のページ。


 本来なら、事故の後の写真があるはずだった。


 だが、そこは空白だった。


 ビニールのポケットだけが残っている。


 写真は、抜き取られている。


 彼はそれを知っていた。


 抜いたのは自分ではない。


 凛でもない。


 義母だ。


 義母が亡くなる前、病室で言った。


 「あの写真は、見せないで」


 何の写真か、彼は聞かなかった。


 聞かないほうがいいと思った。


 だが一度だけ、彼は見てしまったことがある。


 まだ結婚する前、凛の実家で。


 机の上に置かれていた写真。


 崖の下。


 救急隊員。


 白いシート。


 そして――


 凛の手。


 血はついていなかった。


 だが、泥がついていた。


 爪の間まで、深く。


 彼女はそれを、何度もこすっていた。


 あの夜と同じように。


 彼はアルバムを閉じる。


 写真は、いま彼の机の引き出しにある。


 処分することもできた。


 だが、できなかった。


 証拠だからではない。


 記憶が壊れたとき、形だけでも残るものが必要だと思ったからだ。


 凛は、自分の記憶を信じすぎる。


 そして、信じなさすぎる。


 どちらに転んでも、危うい。


 夜、凛が帰宅する。


 「今日ね、やっぱりおかしいの」


 彼は頷く。


 「何が?」


 「郵便局の人、絶対いたの」


 彼は少し考える。


 そして言う。


 「……写真、ある?」


 凛は首を振る。


 彼は微笑む。


 優しく。


 「じゃあ、思い違いかもしれないね」


 彼は嘘をついている。


 写真はある。


 ただし、郵便局員ではない。


 崖の下の写真。


 彼はそれを、凛に見せない。


 見せれば壊れる。


 見せなければ、ゆっくり壊れる。


 どちらが正しいのか、彼にはわからない。

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