消えたはずの人
最初に気づいたのは、郵便局だった。
窓口に立っていたのは、見知らぬ若い職員だった。
「前の人は?」
凛は何気なく尋ねた。
「前の人?」
職員は首を傾げた。
「ええ、背の高い、髪の長い女性。三年くらい前から……」
「ここ、三年ずっと私ですけど」
柔らかい笑顔。
凛は言葉を失った。
違う。そんなはずはない。あの人は確かにいた。名前も知っている。たしか――
名前が出てこない。
帰り道、凛は商店街を歩く。
魚屋の主人に声をかける。
「郵便局の人、辞めたのよね?」
「郵便局? ああ、若い子? ずっとあの子だろ」
「違うの。前にいた……」
主人は笑った。
「この町、人はあんまり入れ替わらないよ」
それが、この町の誇りだった。
夕方、凛は役場の前を通る。
掲示板に目を走らせる。
行方不明者の張り紙はない。
事故の報告もない。
葬儀の案内もない。
何もない。
だが、彼女は確信している。
あの郵便局員は、消えた。
それから数日、凛は町を歩き続ける。
理髪店。喫茶店。診療所。
「最近、誰か亡くなりましたか?」
誰もが同じ顔をする。
不思議そうに。
困ったように。
少しだけ、哀れむように。
夜、夫に話す。
「みんな隠してる」
「何を?」
「人がいなくなってるのに」
夫はゆっくり息を吐く。
「写真、ある?」
凛は答えられない。
写真。
ない。
名前。
思い出せない。
声。
曖昧。
だが、確かに話した記憶はある。
小包を受け取った。世間話をした。雨の日、傘を貸した。
はずだ。
凛は翌日、役場の戸籍課に立つ。
端末に指を置く。
検索欄を開く。
何を打ち込めばいいのかわからないまま、カーソルが点滅している。
彼女はふと思う。
もしかして。
消えたのは、あの人ではなく――
記憶のほうなのかもしれない、と。
だが、その考えをすぐに振り払う。
違う。
消えている。
確実に。
この町では、死体が消える。
だから、証拠が残らない。
それだけだ。




