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撲滅の休息(散策編)







「ハッハハ~」


 霊幻はアミューズメント施設を出て行き、そのまま北区の歓楽街をブラブラとしていた。休日と言う事もあり、普段は居るスーツ姿のサラリーマン達の姿は無い。居るのは煌びやかな顔をした若者や伸び伸びと談笑している大人達。


 中には子供の様に全力で休日を楽しんでいる大人や、大人の様にカフェでカフェインレスコーヒーを飲む子供名達が居た。


 そして周囲の施設の中では、業務用のキョンシー達がその真っ白な腕と脚を動かして生者達に尽くしている。


――何て素晴らしい光景なのだ!


 霊幻の思考回路は感涙した。踊り出したい程、瞳に映っている今の光景はあまりに祈りに満ちた眺めだった。


 誰も命が脅かされると欠片も思っていない。


 この光景を作るためにどれほどの祈りが捧げられ続けたのだろう。霊幻の記録が数々の祈りのデータをポップアップさせる。


 霊幻が求めてきた理想が目の前にあった。


 わなわなと霊幻の肩が震え、偶々、近くに居た男子高校生がギョッと距離を取る。


「素晴らしいではないか~!」


 急に霊幻は踊り出した。ブレイクダンスと盆踊りを混ぜた様な不気味な動きで霊幻はクルクル、タッタッタ、と体を回し、ステップを踏みながら歓楽街を疾駆する。


「おーい! そっち行ったぞ! 避けろぉ!」


 誰かが霊幻の進路上の誰かへ号令していた。


 霊幻は器用に体を動かして、人間達には一切ぶつかっていない。だが、紫マント姿の巨漢が荒々しく回りながら向かってくるというのは只の恐怖である。


「ハハハハハハハハハハハハハハハ!」


 三百六十度、高速で回転していく視界。ドン引きしたり、笑いながら写真を撮ったり、無言で距離を取ったり、人々の反応は様々だ。だが、誰も彼もが、霊幻の奇行に慣れ親しんでいる様子だった。狂ったキョンシーの狂った行動で生者達は自分の行動を変えたりしない。


 それがまた、霊幻には素晴らしかった。


 その時、霊幻の視界の雑踏の中にメイドと執事の後ろ姿があった。ヤマダとそのキョンシー、セバスチャンである。


「ヤマダくんにセバスではないか!」


 ピタッ! 霊幻の体は慣性の法則を無視したかの様にその場で停止した。


「あラ? 正義バカではないデスカ」


「これはこれは霊幻様。ご機嫌麗しゅう」


 一人と一体はクルリと霊幻の呼び止めに振り返り、ヤマダの一房にまとめたウェーブの掛かった金髪がフワリと揺れる。


 彼女らは休日だというのに普段の格好のままだった。


「ヤマダくん達はどうしたのだ? お前達も撲滅か? ならば吾輩と共に行こうではないか!」


「相変ワラず、バカですネ。ワタシがソんなバカな事するハズがなイじゃないですか」


 フン、とヤマダが鼻息を立てた。セバスチャンが主人の言葉に補足する。


「霊幻様、お嬢様と私達は新しい茶葉を買いに来たのです。馴染みの店から今日珍しい茶葉を輸入したと聞きまして。それとお茶菓子の材料も切れそうでしたから」


「ほう! それは素晴らしいな! セバスの茶と菓子は絶品だと京香から聞いている。あのジャンクフード好きが手放しに誉めるのだから間違いない。吾輩に味覚があったのなら是非とも味わいたい物だ」


 日々の仕事の中で京香はセバスの紅茶と茶菓子を日々楽しみにしている様子だった。霊幻の記憶と記録ファイルの中には京香がモグモグと茶菓子を頬張っている姿が幾つもある。


「はッ。神水しか飲まないアナタが言っても説得力がないデスネ。ところで、京香ハ? アナタのモチヌシはどこに行ったのデス?」


「京香なら家だ。朝方まで起きていたぞ。おそらくゲームで徹夜でもしたのだろう。不健康な事だ」


 霊幻は朝方、京香が住むセセラギ荘近くをパトロールしていた。意図した事ではなく、住宅地が密集する西区全体を歩き回っていたら、偶々セセラギ荘の近くに朝方着いたというだけだ。


 京香の部屋、セセラギ荘202号室はその時、明かりが点いていた。おそらく、古ゲーム屋で買った中古ゲームをやっていたのだろう。京香は眠りがあまり深いほうではなく、度々ゲームなどで徹夜をしていたのだ。


「まア、アナタの単独行動は今に始まッタことではないデスケド。それじゃあ、アナタはこの歓楽街にわざわざ何をしにきたんデスか?」


「先程までユウパンマンの映画を見てきたのだ。今は、そうだな、特になにもしていない。目的もなくブラブラと歩いているだけだ」


 霊幻の言葉を聞いてヤマダは大げさに「マア!」と口元を手で隠した。


「正義バカのアナタが何も問題を起こさないなんて珍しイ。セバス、鋼鉄製の傘を準備しなサイ。槍でも落ちてくるみたいデスカラ」


「仰せのままに」


 ヤマダの口は相変わらずカタコトで流暢だった。初期のボーカロイドの様なイントネーションのおかしさがあるのにも関わらず、不思議と聞き取りやすい。


 ハハハハハハハハハハハハハハハ。


「ハッハッハ! 確かに吾輩が撲滅のために走り回らないのは珍しい! だが、ヤマダくん、珍しく記憶違いのようだ! 吾輩は今日一か月に一度の定期メンテナンスの日なのだよ! 十三時半にマイケルの所に行くことに成っているのだ!」


「知ッていマス。嫌味くらい理解してくだサイ」


 呆れた様にヤマダは片眉を上げる。


――なるほど。嫌味だったのか。相変わらず分かり難い。


「と、無駄話をし過ぎてしまいましたネ。ワタシ達はそろそろ行きマス」


「ふむ、折角だ。吾輩が一緒に行っても?」


「お・こ・と・わ・り、デス」


 すげなくヤマダは霊幻の同行を断り、背を向けてスタスタと歩き出した。


「それでは霊幻様、ごきげんよう」


 セバスチャンは恭しく頭を下げた後、己が主を追いかけて、その横に寄り添った。


「うむ! さらばだ、また会おう!」


 ヒラヒラとその大きな手を霊幻は振ってヤマダ達とは別方向へノシノシ歩き出す。


――さて、次は何をしようか。


 ハハハハハハハハハハハハハハハ。


 霊幻の休息はまだ始まったばかりだ。

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