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それゆけ、ユウパンマン!







 ある意味衝撃的な上司の休日の姿を目の当たりにした後、恭介達は予定通り、シカバネ町北区のアミューズメント施設に来ていた。


 時刻は午前七時を回っており、ユウパンマンの映画まで後三十分である。


 八階建てアミューズメント施設『有楽天(ゆうらくてん)』の最上階に位置する映画館に着き、恭介は券売機で目当ての映画のチケットを発券しようとした。


 三人分の席を買おうとしたその時、ふとした疑問が恭介の頭に浮かんだ。


――あれ? キョンシーって席買えるのか?


 キョンシーは〝物品〟に区分される。いくら自律型とは言え、ホムラとココミ用の席を人間用の区分で買っても良いのだろうか?


「どうしたの? ぐずぐずしてないで早く買いなさい」


「ちょっと待ってて」


 ホムラが返事をする前に恭介は適当な映画館の係員を捕まえた。


「あの、すいません」


「はぁい。何でしょうかぁ?」


 係員は間延びした喋り方をする大学生くらいの女性だった。


「そこのキョンシー達も一緒に映画を見たいんですけど、どの区分で買えば良いですか? ユウパンマンの応援上映の映画なんですけど?」


「お客さぁん、あなたもですかぁ? ええ、ええ、それならぁ、大人用の区分で良いですよぉ。まだ人も居ませんしぃ」


――?


 係員の物言いに疑問符が浮かぶが、恭介は礼を言った後、券売機近くのホムラ達の元へと戻った。


「ほらほら、さっさと買いなさい。ポップコーンとかも買うんだから」


「はいはい」


 ピ、ピ、ピ。朝早いという事もあって、ユウパンマンの応援上映はほとんど席が埋まっていなかった。中央に三席、一番後ろに一席程度である。


――あんまり他の人と近いのも良くないか。


 そう考えて恭介は一番前の真ん中付近の席を三つ並べて購入する。


 ホムラに急かされ、ポップコーン二箱――ホムラは全種類買おうとしたが、恭介がどうにか頑張り、塩バター味のみにした――とオレンジジュースを三つ購入し、時刻は午前七時十五分。ちょうど良いタイミングで館内アナウンスが流れた。


『只今より、[劇場版、それゆけ! ユウパンマン 希望の星をつかむとき]を上映いたします。チケットをお待ちの方は受付までお越しください』


 ホムラはパッと顔を明るくさせ、ココミと一緒に勝手に受付へと歩いていく。


「ココミココミ。いよいよだわ。初めてね、初めての映画ね。どんな感じなのかしら? 一緒にポップコーン食べながら見ましょ」


――楽しそうだな。


 恭介の目にはホムラとココミは普通の少女の様にしか見えなかった。肌は白く、体温も低く、額に蘇生符が貼られ、何処からどう見てもキョンシーだとはっきりしていたけれど、映画を姉妹で楽しそうに見ようとする姿は人間と遜色が無い。


 自律型のキョンシーの中でもホムラとココミの自我は格別だった。


 一時的なレンタルの経験はあったが、恭介にとって本格的にキョンシーを持つのはホムラとココミが初めてだった。


 これほどまでに感情豊かな物なのか、と恭介は日々驚く毎日だ。


『あんまりキョンシーに入れ込んじゃいけませんよ。所詮ただの死体なんですから』


 アリシアの言葉を恭介は思い出した。


――ただの死体、ね。


 恭介は意識する。目の前に居る二体のキョンシーはただの死体なのだ。


 彼女達は決して生者ではない。







 映画上映とは本編開始前に十分ほどの幕間の時間がある。映画鑑賞時のマナーや新作映画の宣伝などが目的だ。


 今回恭介達が見に来たのは応援上映という物で、映画鑑賞中にキャラクターへ応援の声を出したりペンライトを振ったりして良いという特殊な上映方法である。


 故に幕間の時間、応援上映のやり方についての説明が為されていた。


 巨大スクリーンの中央ではマントを付けた丸顔のユウパンマンが恭介達に手を振ってくれている。


 ホムラとココミは互いに繋いだ手を少し高く上げてユウパンマンへと手を振り返していた。


『みんなー、今日は来てくれてありがとうー! ぼくたちの冒険を楽しんで見てねー!』


「「「「「はーい!」」」」」


 恭介は小声で、ホムラはノリ良く、そしてココミは無言だった。


 最前列の中央に左から恭介、ホムラ、ココミの順で座る彼らの後方からは早起きしたチビッ子達と保護者の声が届く。


 その声の中で一際大きい成人男性の物があった。


――ん?


 その声に恭介は聞き覚えがあり、ポリッとポップコーンを食べながら後ろを振り向き、


「マジで?」


 アングリと口を開けた。


 シアターの最後列の中央、見慣れたキョンシーがペンライトを持っていたのである。


 貼り付いた笑み、トレードマークの紫マント、ギラギラしてるのに光を無くした瞳。


 見間違えようが無かった。第六課のエースキョンシー、霊幻がそこに居た。


――キョンシーの間でユウパンマン流行ってんの?


「ええー」


「ちょっとうるさいわよ。無駄な声を出さないで。燃やすわよ」


 ジロリとホムラが恭介を睨む。


 画面上ではユウパンマンの応援上映の説明が続いていた。


「ホムラ、後ろ見てみてよ? 霊幻が居るんだけと?」


「どうでも良いわよそんなこと」


「いやでもさ、持ち主不在のキョンシーって中々やばいよ?」


「ちっ。何かあったらわたしたちの課の主任がどうにかこうにかするでしょ。この話はここでお終い。うだうだ言うのは止めて」


 これ以上言うことは無いとばかりにホムラは視線をスクリーンへと戻した。


 数秒程、恭介は視線を右方のホムラと後方の霊幻の間に行ったり来たりさせる。


 ハカモリの人間として霊幻に一言二言何か言うべきでは無かろうかという良識と、徒労に終わるであろう確信がせめぎ合う。


「見なかったことにしよう」


 結局、後者に軍配が上がり、恭介は浮かせかけた腰を下ろし、映画に集中することにした。


 ちょうどユウパンマンの映画が始まる所だった。


『それじゃあ、みんな! まわりのお友達と仲良く応援してね!』

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