S1-2 一つ屋根の下
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ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン!
荒過ぎるノック音で木下恭介は眼を覚ました。
「うるさ」
眼を擦りながら起き上がり、ベッド脇の机に置いたメガネを掛けて、デジタル時計を見たら午前五時半。
今日は日曜日で、恭介は休日だった。
──何?
恭介が現在居住するメゾンアサガオ301号室は3LDKであり、寝室が二つある。
一つは恭介が使っていて、もう一つを今彼の部屋をノックしているキョンシー達が使っていた。
ガチャ。スウェット姿のままドアを開くと、そこにはやはり、恭介所有のキョンシー、ホムラとココミが居た。
「どうしたの?」
あくび混じりにホムラとココミを見た。
二体のキョンシーはお揃いの花柄パジャマを着ていて、その首には制御首輪が付けられている。ノックをしたのであろうホムラは左眼を、その横でホムラに抱き付かれているココミは右眼を隠す様に蘇生符を貼っていた。
ホムラのキッとした右眼とココミのボウッとした左眼がこちらへと向けられる。
この二体のキョンシーと共に暮らして早一ヶ月。まだこの二体へ恭介は慣れていなかった。
「スイシャンに連れてって」
「……え?」
恭介は『何言ってんだこいつ?』とメガネのズレを直し、その様子にホムラは苛立ちを隠さず、「ちっ」と舌打ちする。
「この前、わたしとココミで、密猟者か何か捕まえたわよね? その時、わたし達に約束したと思うの。『好きな場所に連れてってやるから!』って、ねえ、ココミ?」
「……」
「ほら、ココミもそう言ってるわ」
──何も言っていないじゃん。
まだ、恭介はココミの声をまともに聞いた事が無い。テレパシーでホムラと会話をしているようだが、果たして本当なのかどうか分からなかった。
ともあれ、恭介は思い出した。つい三日前、ホムラとココミが奇跡的に言うことを聞いてくれたおかげで恭介は素体狩りの密猟者達を大量に捕まえたのだ。
──確かに言ったなぁ。
そうだ。ホムラ達に命令を聞いてもらうために、恭介は『何処でも好きな場所に連れてってあげるから手伝え』と言ったのだ。
「今から?」
「今から。スイーツシャングリラは朝からやってるんでしょ?」
「ああ、スイシャンってスイーツシャングリラのことね。……いや、早いよ。早過ぎるよ。この時間からやってるスイーツバイキングがシカバネ町に有る筈が無いでしょ」
住民の健康を第一に考えられているシカバネ町で朝六時台から開いている飲食店などごく一部だ。間違ってもスイーツ店はその一部ではない。
「じゃあ何時から開いてるの?」
「ちょっと待って……十時からだってさ」
恭介は通信端末を調べてシカバネ町北区のアミューズメント施設にあるスイーツシャングリラの開店時間を見せた。
「見せなさい」
許可が出る前にホムラは通信端末を奪い、液晶画面をスライドさせていく。時折、ココミに何かを耳打ちしていた。
「映画に行くわ」
「はい?」
「今日の七時半からやってるっていう映画を見に行くわ。準備しなさい」
返された液晶画面を見ると、確かに本日の七時半からとある映画が早朝上映するという情報があった。
「……ユウパンマンの映画じゃん」
ただ、その映画は対象年齢六歳の国民的映画である。
恭介は映画が嫌いではない。というか、好きな部類だ。だが、ユウパンマンの映画を今更この歳で見る気に成らなかった。
しかも、これは何故か応援上映である。何故これほどまでに早い時間から開催しようと思ったのか、どんな勝算があって企画したと言うのか。子供は早起きとは言え早過ぎである。
「え? ホムラとココミさ、コレ見たいの?」
「悪い? ココミも見たいって言ってるの。さあ準備して行くわよ」
スタスタスタ。スタスタ、スタ。話は終わるとばかりにホムラとココミは二体の部屋に戻っていく。
「……えぇ」
本日の用事は決まったらしい。
*
「……ねむ」
テクテクテク。恭介はホムラとココミを連れてシカバネ町の中央区まで来ていた。中央区から東西南北の各区へ伸びる連絡バスに乗るためである。
恭介が住むメゾンアサガオはシカバネ町西区の真ん中にあり、中央区のバス停まで徒歩で三十分ほどかかる。朝っぱらから歩かされるというのはあまり嬉しいことでは無い。
チラッと背後を見ると、ホムラがずっとココミに抱き付きながら歩いているが、その歩き方にぎこちなさは無い。
──良く転ばないね、本当に。
恭介は感心半分呆れ半分で視線を前方に戻し、姉妹の会話に耳を傾けた。
「楽しみ楽しみ楽しみねココミ。映画ですって。家のテレビよりもずっと大きな画面で見る大迫力の映像ですって。しかも応援上映よ。ペンライトを持って振るって声を出せる上映よ。どんな感じなのかしら? ココミはどう思う? ああ、そうだポップコーンと言う物も食べましょう。塩バター、キャラメル、チョコレート、最近では変り種の味も多いって聞くし、一つずつ食べてみるのもアリだわ」
「……」
──え、買うの僕だよね?
文句の一つでも言おうかと思ったが、恭介は止めた。言い合っても碌な事に成らないだろうというこの一ヶ月の経験的推測からだ。
それに恭介は今財政的にかつて無い程潤っている。第六課に転属と成り、給料が驚くほど増えたからだ。基本給自体は変わらなかったが、新たにできた危険手当と武器手当が基本給の五倍ほどあったのである。
「あ、そうだ。飲み物も色々あるらしいの。オレンジジュースもあるわ。これを飲みましょう? ココミは何を飲みたい? え? わたしと同じ物が飲みたいって? 一緒に飲もうって? まあ! 何て可愛いのココミ! 愛しているわー!」
「……」
「ちょ、うるさいうるさい。静かに、ここまだギリギリ住宅街だから」
恭介は慌てて振り向き、ホムラの眼を見て命令する。それにホムラは露骨に機嫌が悪くなる顔をした。
囁き声程度の声量でホムラが不満を漏らす。
「なんで止めるの? 燃やすわよ? ウィスパーボイスは喋りにくいわ。早く戻しなさい」
「首輪着いているから燃やせないでしょ。大声じゃなければ喋って良いよ」
鋭い瞳で恭介を睨んだ後、ホムラは何事も無かったか様にココミとのお喋りを再開する。
その様に恭介はぼやいた。
「……はぁ。どうせならもっと素直なキョンシーが良かった」
ハカモリの同期達の様に、もっと普通のキョンシーが欲しかったと改めて思った。
実際、第六課への転属命令が出される前日まで恭介はカタログを見てどのキョンシーを買うかレンタルするか物色していたのである。
──アリシアさん、何故、僕にこんな試練を与えたんですか。
アリシア・ヒルベスタ。恭介の元上司であり、今でも繋がりがある第二課の主任は、第六課の監視役にわざわざ自分を指名した。
何か、逆鱗に触れたのだろうかと半年ばかりの第二課での日々を思い返すが、特に思い当たらない。
第六課への転属と監視も命じられ、恭介はハカモリを辞めてしまおうかと悩んだ。だが、恭介が働ける職種の中で、ハカモリが最も給料が良い。
恭介はとある事情から金が必要で、そう言う意味では第六課への転属は好機であった。
諦めるしかあるまいと恭介はこの一ヶ月で何度も到達した結論を出した。
いつのまにか、恭介達は西区と中央区の境目近くまで来ていた。
この境目付近にはコンゴウ公園と言うそれなりに大きな公園があって、休日は昼頃から子供達で賑わっている。
まだ六時台の早朝と言う事もあって、公園に子供の姿は無く、一人のジャージ姿の女性がベンチに座っているだけだった。
その女はポテトチップスか何かを食べている様で、何故かこちらに手を振っている。
「おーい、恭介ー。こっちこっちー」
恭介の現上司の清金京香だった。
「……清金先輩。何をやっているんですか?」
げんなりと恭介は眉を上げた。呼ばれているのなら近付かなければ成らない。




