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異世界で空から落ちた俺、銀髪の魔女に拾われました。――彼女は家を飛ばせるのに、椅子ひとつ直せません  作者: 芦名 雅


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18/20

第18話 好きな人と住んでいます



 二日後の朝、俺は木片を持ってラウラさんの修理場へ行った。ルーネさんからもらった、風見の羽根の端材だ。


 仕事の時間より早く来たので、彼女はまだ工具棚を整えていた。


「これ、少し削りたいんですが。道具を借りてもいいですか」


 木片を見せると、ラウラさんは指で裏と表を撫でた。


「何にする」


「小さな飾りです。家に掛けるような」


「風に出すのか」


「外にも出せたらと思っています」


「なら、そのままの向きで細く切るな。割れるぞ」


 木目を指して、切ってよい方向を見せてくれた。俺が紙に描いてきた形は、くちばしの先が細すぎる。少し丸くし、羽の間の切れ目も浅くする。


 作りたいのは、ツバメだった。家の名前を知った時から、いつか何かに使いたかった。もっともその頃は、ミルカへ渡すためとは決めていなかった。


「大きい鳥じゃないんだな」


「このくらいで」


 俺が指で幅を示すと、ラウラさんは工具を二つ出した。


「途中で仕事が始まったら片づけろ。仕上げは急がなくていい」


「はい」


 許された時間で輪郭を切り、仕事の後に、縁を滑らかにした。父ならもっときれいに作るだろう。俺が作れるのは、手に持って痛くない、小さな木の鳥だ。


 紐を通す穴を開けてもらい、細い紺の紐を買った。ここで何もかも完成した気になってしまうと、肝心のことを言えない。俺は鳥を紙へ包み、家へ持ち帰った。


 ミルカは、北へ行く時の食料を紙へ書いていた。まだ出発日は決めないが、町と町の間で何日か泊まるので、保存の利くものを考えている。


「今日、遅かったね」


「仕事の後に、少し作ってた」


「何を?」


 聞かれるのは当然だった。俺は包みを隠さず、食卓へ置いた。


「渡したい物がある。その前に、話してもいい?」


 ミルカの鉛筆が止まった。


「帰る話?」


「帰る話とも、つながるけど。その前に、君に話したかったこと」


 彼女は紙を横へ寄せ、鉛筆を置いた。俺が座るのを待ったので、いつもの右隣の椅子を引く。目を見て話すには向かいの方がいいのか、一瞬迷った。けれどここで何度も話してきたので、今さら席を変えなかった。


「俺、君が好きだ」


 最初の言葉は、思っていたより短く出た。短すぎて、そのあと何を足せばいいのか分からなくなる。


 ミルカは俺を見ていた。目が少し大きくなり、息を吸う音が聞こえる。


「助けてもらったから、だけじゃなくて。ここで一緒に食べたり、知らない町へ行ったり、君が何を好きなのか聞いたりするのが、嬉しい。家へ帰りたいけど、それで君とのことを終わりにしたくない」


 ミルカの手が、卓の上で重なった。俺は続けた。


「帰る前だから、今、言わなきゃと思ったのはある。でも、帰れなくなったから好きって言うんじゃない。帰り方ができたら、その上で君の所へ戻りたい」


 そこまで言うと、俺の喉が乾いていた。


「恋人になってほしい」


 ミルカは重ねた指をほどいた。俺の手へ伸ばしかけて、途中で止める。


「私も、言いたかった」


 声は普段より小さかった。けれど聞き返さなくても、分かった。


「ハルトが好き。最初は、空から落ちてきて、放っておけない人だった。椅子を直してくれて嬉しかったし、ご飯を一緒に作るのも助かった。でも、この頃は、何も直さなくてもいてほしかった」


 彼女の頬が赤くなった。笑おうとして、唇だけが少し動く。


「本屋に誘いたかった時、あんな言い方になったのも、それ。席を取っておきたかったのも」


「うん」


「だから、私も。ハルトの恋人になりたい」


 返事が聞こえてから、俺はようやく息を吐いた。心臓が急に静かになるわけではない。ただ、向こう側の答えを、もう想像しなくてよくなった。


 ミルカが俺の手を取った。祭りの日と違い、人混みも橋もない。


「今度は、私から」


「ありがとう」


「お礼、変じゃない?」


「嬉しくて。他の言葉が出なかった」


 彼女はそこで、いつものように笑った。左の頬にえくぼができる。俺は、それを見るだけでも嬉しいと、今はもう言っていいのだと思った。


「笑う所も好きだ」


「急に増やさないで」


 ミルカは空いた手で自分の頬を隠した。その手まで赤く見えて、俺もつられて下を向きそうになる。


「まだ、ある」


「後で。いっぺんに言われると、顔が戻らない」


 俺は頷いた。手はつないだままだった。


 少しして、ミルカが紙の包みへ目を向けた。


「それ、今、開けてもいい?」


「うん」


 手を離すのが惜しかったけれど、包みは両手で開けた方がいい。彼女は紙の折り目を順に広げ、小さなツバメを取り出した。


「おばあちゃんの木?」


「そう。家の名前と、君の旅に合うかなって。術具じゃないし、風で動くかもまだ試してない。掛けられる物として」


 作った人間の説明は、つい欠点からになる。ミルカは俺の言葉を聞きながら、鳥を手のひらへ置いた。


「ハルトが作った?」


「うん。穴はラウラさんに開けてもらった」


「この羽、丸いね」


「細くすると割れるから。少しだけ」


「好き。この形」


 彼女は紺の紐を持ち、鳥を目の高さへ上げた。木の影が卓へ落ちる。


「おばあちゃんの家の木が、またこの家に帰ってきたんだね」


「うん。形は変わったけど」


「今度はハルトがくれた。今日もらったって、覚えておく」


 ミルカは包みの紙を畳み直さず、鳥を玄関の方へ持っていった。扉の内側、帽子を掛ける小さな留め具へ紐を通す。


 俺は立ち上がり、後ろから見た。彼女が片手で鳥の向きを直す。外から帰った時、最初に見える所だった。


「ここなら、風が強くても持っていかれない」


「仕事の客が来ても見えるね」


「うん。私の家だから、私の好きな物を掛ける」


 そう言って振り返った顔が、少し誇らしそうだった。紺の紐が落ち着くまで、小さな鳥は扉の内側で揺れていた。


 ミルカが一歩近づいた。今度は俺が手を出す前に、彼女が尋ねた。


「抱きついてもいい?」


「うん。俺も、そうしたい」


 俺は腕を少し広げた。ミルカがその間へ入る。肩に触れ、背中へ手を回すと、彼女の髪が俺の袖の上へ流れた。


 どれくらい力を入れればいいのか、最初は分からなかった。彼女の腕が俺の背へ回り、少し強くなったので、俺も合わせた。


「ハルト、息してる?」


「してる」


「さっきより固い」


「慣れてないから」


「私も」


 彼女が笑うと、俺の胸へ小さく振動が伝わった。さっきまで顔を見て知っていた笑い方が、今は違う場所から分かる。


 俺は彼女の背へ置いた手を少し動かした。それだけで、ミルカが顔を上げた。


「帰る前に言ってくれて、よかった」


「帰ってから言うつもりだったら、待たせすぎたね」


「うん。手をつないだのに」


「ごめん」


「今、聞けたから、いい」


 離れた時、彼女の髪が上着へ引っかかった。二人とも気づいて、同時に手を伸ばす。


「そのまま」


「うん」


 俺が髪をほどくと、ミルカは耳まで赤くなったまま、自分で整えた。家へ入る時より、手つきが不器用になっている。


 夕飯は少し遅くなった。鍋へ水を入れ、二人で食材を切った。告白したら、料理が全部できているわけではない。俺が豆を取ると、ミルカが隣へ来て、鍋をのぞき込む。


「恋人になって、最初に作るのが豆のスープ」


「嫌だった?」


「好き。家のご飯って感じ」


 彼女は匙で塩を量り、俺に見せた。


「これくらい」


「味見もする」


「分かってる」


 笑いながら、俺にも匙を渡してくれた。


 食卓へ並べる時、彼女は自分の椅子を、いつもより少しこちらへ寄せた。肩が触れるほどではない。けれど俺が湯飲みを取ると、腕が近くを通る。


「ここ、狭い?」


「大丈夫」


「じゃあ、今日はこっち」


 明日はどうするのか聞かなかった。多分、またこちらへ寄せる。


 食後、俺が持ち帰る紙の中へ、ミルカの名前の下にもう一行を書いた。彼女が隣から聞く。


「今の、何?」


「好きな人と住んでいます」


 俺は日本語を読み、分かる言葉にして伝えた。ミルカは顔を両手で覆わず、今度はちゃんと俺を見た。


「それ、言うんだ」


「言ってもいい?」


「うん。私も、お母さんに言う」


「まだ言わないんじゃなかった?」


「先に話したから、もういいの」


 彼女は便箋を一枚取り出した。母親へ書く文字を、俺はまだほとんど読めない。名前の所だけ見つけると、指で確かめたくなって手を伸ばした。


「それ、ハルト。こっちは、今日のこと」


「長い?」


「少し」


「塩の話は?」


「書かない。もう前に話したから」


 ミルカは笑いながら、最後の行を足した。宛名を書き、封をする。俺は自分の紙を畳んだ。二つの家族へ、同じ日について違う言葉で伝える。


 夜、階段の手前で、俺たちはまた立ち止まった。それぞれの部屋はこれまで通りだ。ミルカは自分の寝室の鍵を指に掛けていた。


「おやすみ」


「おやすみ」


 それで上がるつもりだったのに、彼女が俺の手を少し握った。


「明日も、好きって言っていい?」


「毎日、言ってほしい」


「分かった」


 彼女は指を離した。俺はまだ、その手を見ていた。


「俺からも言うよ」


「うん。待ってる」


 ミルカが先に階段を上った。銀髪の先が、曲がり角で見えなくなる。


 玄関には、小さなツバメが掛かっていた。俺は灯りを消す前に一度見て、自分の部屋へ上がった。ここへ帰りたい理由を、今日はもう、遠慮の言葉へ置き換えなくてよかった。


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