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悲哀の相棒

「弟子よ、少し出かけるぞ。領主様よりなにやら頼み事のようじゃ。留守を頼む」


「領主様!? 僕も一緒に行ってはいけないのですか!」


 グルーエン、アイマクなどの町があるここは、この周辺の領主クリストファー・オ・デュランス伯爵が治めるデュランス領だ。師匠はその伯爵に呼ばれて領都まで赴くらしい。

 

「うむ。おぬしは呼ばれておらぬからのう。仮に呼ばれたとして、貴族様と会うマナーやしきたりを知っておるのか?」


「そりゃ知りませんけど……」


 この国は貴族社会だ。僕が知ってる現代日本では考えられない権力を公に持ってるらしい。現代っ子の僕が異世界の貴族用マナーなんて知る訳ないよね。フィンガーボールの水は飲んじゃダメ、だっけ? 飲んでも僕の水魔法でコップ半分くらいは継ぎ足せるよ!



――――――――――



「魔法使いコルマドの弟子! 貴様を外患誘致ならびに国家反逆の罪で拘留尋問する! 大人しく従え!」


 師匠が領主様へ会いに行ってから数日後、僕と師匠が住む家になにやら物騒な口上を述べた衛兵が大人数でやってきた。

 

「ちょっ、ちょっと待ってください! 師匠が国家反逆なんて何かの間違いでは!?」


「うるさい! 大人しく従え! 反抗する場合は、反逆の意志ありとしてその場での処刑もありえるぞ!」


 よくわからないけど、そんな事言われたら従う他ない。僕は腑に落ちないながらも後ろ手にロープで結ばれ、魔法使いの弟子ということで猿ぐつわ、さらには頭に黒い布を被され連行された。


 連行された先は、拘置所、ではなく尋問室だった。

 

「魔法使いの弟子。聞き及んでいるとは思うが、貴様には外患誘致ならびに国家反逆の疑いがある。貴様の師匠である魔法使いコルマドも同様である。申し開きはあるか」


「そう言われましても……ここに連れてこられた経緯も理由も僕にはさっぱりわかりません。国家反逆はわかりますが、外患誘致ってのはなんですか?」


「……国家反逆の意志ありか」


「いえ! 違います違います! 国家反逆の意味は知っていますって事です! でも僕や師匠が国家反逆なんて意味がわかりません……そんな事した覚えもないですし、するつもりもありません……」


「ふん、魔法使いコルマドが隣国と内通し、我が国が開発した魔法使い育成の機密情報を売った事は判明しておる。さらにその機密情報の見返りに隣国の男爵位を受けた事もな。これは立派な国家反逆罪だ」


「そんな……師匠が……でも、でも! 師匠とずっと一緒にいましたが、そんな事聞いた事もありません!」


「あくまで貴様は無関係だと、そう言いたいのか?」


 師匠とは、この異世界にきてすぐに出会った。師匠がいなければ、僕は町に入ることすらできず野垂れ死ぬか、魔物に食い殺されるか、盗賊に身ぐるみはがされて殺されていただろう。まだグルーエンは平和なほうだけど、スリや窃盗は普通にあるし、スラムだって小さくない規模である。師匠は間違いなく命の恩人だ。


「それもですが……師匠が機密情報を隣国に売るなんて……信じられません……」

 

 ボゴォ! ドガッ!

 

「ぐぇ! お、おぶぅっ」


 半泣きで現状と師匠の事を考えていたらいきなり殴られた。さらに倒れたところに蹴りを入れられる。しかも結構硬い靴で本気蹴りだ。

 

「なっ……なにを……ぐっ!」


 さらに顔を踏みつけられた。こいつ! 殴り蹴り、倒れたところで顔を踏みつけるなんて!

 

「貴様、自分の立場がわかってないのか? 疑い、とは言ったが、このままシラを切るならばこのまま処刑しても良いんだぞ。反抗した場合、領主様よりその場での処刑の許可が出ている」


「そ、そんな……」


 バギッ!ボゴ!

 

「ぐっ! ごほっごほっ……」


「よく考えるんだな。おい! こいつを牢屋へ連れて行け!」


 よくわからない状況で連れて行かれた牢屋は最悪だった。刑務所じゃない、まさに牢屋だ。ごつごつとした石に囲まれ、鉄の格子で閉じ込められる劣悪な環境の牢屋。幸い地下ではないのか、天井は開け放たれており、入れられた時は夜だったので月が見えた。その代わりではないだろうが窓はなく、もちろん電気なんかも無いから月明りだけだ。

 

 そして、この部屋では魔法が使えなかった。コップ半分の水すら出せない。恐らく魔法使い用の牢屋だ。

 

「意味がわからない……いてぇ……くそっ、あの野郎……しこたま殴る蹴るしてくれたよ……いてて」

 

 顔や腹、足、背中、殴られて蹴られて熱を持っているのがわかる。まさか師匠も……師匠に会いたい。会わなければ。とりあえず今日は休んで傷と体力を回復させなければ。



――――――――――



「はぁ……はぁ……はぁ……み、みず……」


 この劣悪な牢屋で月明りが見える意味を、次の日には理解した。暑い。恐ろしく暑い。夜には月明かりが見え開け放たれた上部から、容赦なく直射日光が降り注ぐ。牢屋とほぼ同じサイズの開口は地面から4メートル以上は上にあり、上る事は不可能な上、影がほとんどできない作りになっていた。朝から夕方まで、水の一杯も与えられず体力を削られる。

 

「さっ……さむ……さむい……うぅ……」


 逆に夜は放射冷却により、凍えるほど寒くなる。石造りの牢屋では横になるだけで体温が下がってしまう為、極力体力を温存するためには座るか立つしかなく、これもまた体力を消耗する。この牢屋は単に魔法使いを収容する建物ではなく、魔法使い用の拷問部屋だと理解した。



――――――――――



「……………………」


 1週間が過ぎ、もはや僕に話すほどの体力はなく、意識を保とうという気力すらも失われかけていた。

 

「おい! 出ろ」


「……ぅ………………」


「ちっ……おい、こいつを運び出せ」


 意識が朦朧とするなか、誰かに担がれ移動させられた。拷問用の牢屋ではなく、魔法は使えないがいわゆる普通の牢屋だ。そこで申し訳程度の水と食事を与えられた。気力を総動員してなんとか食べ、飲み、師匠に会うまではという気持ちだけで過ごす。

 

 次の日、また移動させられた。今度は恐らく地下だ。恐らくというのは、連れてこられた時と同じく、手を縛られ、猿ぐつわに黒い布を被せられて移動させられたからだ。

 

 ドガッ!

 

 乱暴に牢屋に蹴り入れられた。くそっ、こいつら……師匠は大丈夫だろうか。師匠も同じような目に合ってたら年も年だし耐えられないかも知れない。

 

「うぅ……むぅ……」


「誰か……いるのか?」


 僕よりも前にこの牢屋に入れられた人間でもいるのか? 相部屋の牢屋? そんなのがあるのか僕はわからないけど……


「おい! うるせえぞ囚人! 静かにしやがれ!」


 ガンガン!


「おいおい。お前、言う事を聞かないと次は本当に死ぬぞ? そこでボロボロになってるジジイと一緒にな。いや、一緒に痛めつけられたいんだったか? ぎゃはははは」


「くっ……」


 看守どもが好き放題言ってやがる。でも、奥にいるのは師匠なのか?


「ぅぅ……ぅ……」


「師匠! 師匠師匠!」


 師匠が奥に横たわっていた! やはり捕まっていたんだ。声からして色々ひどい仕打ちを受けたかも知れない。

 

「師匠……ぅ!」


 たしかに師匠がいた。でも、それは、僕の知ってる師匠からかけ離れていた。

 

「師匠……右手の指が全部……左手は爪が……ぅぅ……師匠……」


 師匠は、想像通り、いや、想像以上にひどい目にあっていた。右手の指はなく、左手の爪は全て剥がされ、口の中に歯は一本もなかった。顔の至る所に傷があり、それは恐らく全身に及んでいるだろう。

 

「ひどい……」


 僕は、怒りと絶望と理不尽と貴族と衛兵と領主と国と、あらゆるものを憎悪した。僕と……僕と師匠がなにをした! ただ、生活していただけだ。暮らしていただけだ! 国家反逆? 外患誘致? そんなものした事はない! でも……今はしたい。師匠と僕をこんな目に合わせたやつらを皆殺しにしたい。


「ああ、感動の再会のところ悪いが、まだ聞きたい事全部聞いた訳じゃないらしいからな。どっちか先かわからねえが……仲良し同士でせいぜい慰めあっておけよ。裸で慰めあっても見てみぬふりしてやるよ。まあ、ジジイのほうは大事な部分がなくなってるけどな! ぎゃはは」


「言い過ぎだぞ! やったのはお前だろうが。がはは」


「ちげえねえ! ぎゃはははは」


 キーーーーーーーーン


 頭の中でまたよくわからない音が聞こえる。でも僕にはその音を聞いている余裕はない。師匠の今の姿を見て冷静でいられる訳がない。


「ぅ……で……し……」


「師匠! 師匠! しゃべらなくていいです……師匠……こんなとこ、早く出ましょう。僕がなんとかします。魔法が使えない? 魔法は……魔法は己との対話。自己に眠る想いや心、魂の訴え……僕の……魂の……訴え!」


「ぁ……ほ……ぅ……」


 魔力を練り上げる。練り上げた途端に散ってしまう感覚があるか、関係あるかとさらに練り上げる。魔力を練っては散り、散っては練る。


「がはは、ここは魔法使い用の牢屋だぞ? 魔力練れねえんだよ! アホが! がはははは! そこでバカみてえに座ってろ!」


 キーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン


「あ……いたっ! ……ぐっ……」


 聞こえる。僕の魂の訴えが。叫びが。慟哭が。全てを壊せと……!

 

「手に入れた……手に入れたぞ! え? ……またこれ……? 今けっこう僕余裕ないんだけど…… これ本当に詠唱すんの?」


「? なに言ってんだ? おい! その妙な動きをやめろ!」


 看守が制止するが聞くわけがない。極大の魔力を練り上げ、己の魂の叫びに身を委ねて、僕だけの、僕のための魔法を詠唱する。そうこれは僕の魂の叫びなのだ。僕の……魂? 僕の魂なんか汚染されてない?

 

「うんちでるでる! ぴーぴーでるでる! われ! こうもん! げんかい! しゃしゅつ!!!」


 ドチャッ

 

 なにもない空間から唐突に軟体物のような塊が落ちてきた。


 その軟体は、広がり、固まり、躍動し、形作る。

 

 ドゴンッ!

 

 召喚獣の大きさが牢屋より大きくなり天井や壁が壊された。僕の召喚した元スライムは姿かたちを変え、腕が6本ある茶色の主張が光るゴリラのような体躯になった。かなりでかい。頭は天井を突き抜けている。

 

 僕の想いをわかってくれている。存分に暴れられるような巨体と、全てを壊せそうな6本の腕だ。

 

「いけ。うんち。領都を全て壊せ」


 別にスライムの名前うんちじゃないけど。もうやけくそだよね。


「ぐおぉぉぉおおおぉぉぉ!!!!」



――――――――――



 師匠は死んだ。

 

 僕が師匠と一緒になった牢屋では生きていたけど、僕が殺した。理由は語らない。たぶん理解してもらえないから……

 

 領都も滅んだ。逃げ出した人はいただろうけど、僕が思いつく限り壊したし殺した。領主も、衛兵も、目につく人は全部殺した。それでも師匠は生き返らなかった。残念だ。僕は一人になった。この瓦礫しかない元領都で一人になった。

 

 いや、僕の召喚した相棒がいる。僕の相棒。僕の魂。全てをわかってくれている、僕のパートナーだ。


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