第8話 『機骸の少年』
プロローグと重複する部分もあるため
第九話も続けて公開します。
よければ、ぜひ。
ある夜、地下牢の奥で重い足音が響いた。
がしゃり、がしゃり。
人の歩幅に似ていて、人のものではない音。
聞き慣れないその音に、ふと我に返り、僕は顔を上げた。すると暗い廊下の向こうから、ひとつの影が現れる。
全身は黒鉄で覆われており、その継ぎ目や隙間には、白い線が嵌め込まれるように走り、血管のように全身へと張り巡らされていた。
呼吸の音ひとつ聞こえない。
人間の形を残しているだけの何か。そう思った。
だが、その瞳だけはちゃんと生きていた。
ソイツは鉄格子の前で歩くのを止め、微かに震える指先を持ち上げた。
すると黒い砂のようなものが、床にこぼれ落ちた
――『砂鉄』だ。
床に散った砂鉄は、まるで意志を持つかのように這い、ゆっくりと文字を描き始める。
僕はそれを見間違いであってほしいと願いながら、じっと見つめていた。
その一文字一文字が書かれるたび、胸が締め付けられていく気がした。
やがて、床にひとつの言葉が浮かぶ。
『久しぶりだな』
僕は視線をソイツの顔にゆっくり戻しながら、疑うように尋ねた。
「ウェイン、なのか?」
しかし、ソイツは答えなかった。というより、答えられなかった。おそらく、喉を潰されていたからだ。
だが、その瞳だけが言っていた。
間違いなく、自分だと。
お前の盗人相棒だった、あのウェインなのだと。
僕はその場で立ち上がり、ふらつきながら鉄格子に近づいた。
(なんでこんなことになった...クソっ!)
そんな事を思いながらも、僕は掠れた声で言った。
「なんだよ。その姿...」
だがウェインは、何も答えてくれなかった。
本当は、僕に対して言いたいことがたくさんあるのかもしれないのに。
けど砂鉄では、それを全て表現するのは無理なんだ。
ただその後で、ウェインはもう一度砂鉄を動かした。
文字は不格好で、ところどころ崩れている。
だけど。それでも意味は理解できた。
『きがいだ、すまない』
その文字を見た瞬間、怒りも悲しみも何もかもが、僕の喉奥で全て詰まったような気がした。
許せないと思った
――なのに。
目の前にいるウェインは、もうあの頃のウェインではなかった。
逃げ延びた末に、人でなくされたんだ。
僕はしばらく、何も言えなかった。
少しして、絞り出すようにしか。
「...久しぶり...だな。ウェイン...」
その言葉に、ウェインの瞳がわずかに波立った。
それが笑ったように見えて、僕はたまらなく嫌な気持ちになった。
嫌で苦しくて、それなのに、少しだけ安心した。
まだ、終わっていない。
全部が壊れたわけじゃない。
少なくとも自分は、まだコイツの名前を呼べる。
コイツも、それに反応してくれているんだ。
地下牢の冷たい空気の中で、僕たちはしばらく無言で向かい合っていた。
ベルクレアの夜景を眺めながら、二人で座っていたあの時のように。
僕たちの間に気まずさなんて感じなかった。
長いこと苦楽を共にしてきた親友なんだ。
しばらくして、遠くで鐘の音が鳴る。
夜を告げる低い鐘。
この沈黙の中に響く鐘の音は、少し不気味だ。
理由は分からないが、僕には少しだけそう感じた。
「.....」
今日は長い夜になりそうだ。
けれど、そんな長い夜ほど、人にはたくさん考える時間が与えられる。
後悔した日のことに、まだ手放せないモノのこと。
そして、ここから『逃げ出す夜』のことを――
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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