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灰雪のベルクレア  作者: 村井 世那
少年編
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第7話 『アリーシャの面会』

 

 牢獄での日々は、時間の流れ方がおかしかった。


 朝も夜も曖昧で、灯りの色も食事の味も薄い。

 ただ自分が閉じ込められていることだけが、やけにはっきりしていた。


 そんな中、アリーシャだけが何度も面会に来てくれた。ウェインも叔母さんも、誰一人面会に来ない中で彼女だけが、僕を気にかけてくれたんだ。


 青い髪をきちんと結い、小さな外套に身を包んで、まだ十歳の細い体で何度も何度も石の階段を降りてくる。


「また来たのかよ...」


 鉄格子越しに僕が言うと、彼女は少しむっとした顔をした。僕はそんな彼女の表情が好きだ。

 とても安心するのだ。


「来ちゃだめなの?」


「あ、いや...そういうわけじゃない」


 そう言うと、彼女は僕に包みを差し出してきた。

 中には小さな焼き菓子と、数枚の硬貨が入っていた。


「これ、叔母さんにもらったお小遣い」


 彼女が必死に貯めたであろうお小遣い。

 それを、こんな僕のために使ってほしくはなかった。

 僕は、彼女の気遣いを払うように言い放った。


「持ってくるなよ。そんなの」


 すると彼女は、僕が何も言えなくなるほどの正論を口にしたのだ。


「お兄ちゃんのほうが、よっぽど持ってきちゃだめなもの持ってきてたでしょ!」


 その言葉に、僕は黙ってしまった。


 正しい。

 正しすぎて何も言い返せない。

 兄としての自分が、ひどく情けなかった。


「わたし、気づいてたよ」


「何に」


「お兄ちゃんが盗んでたこと」


 僕は目を伏せた。彼女は僕の悪事を指摘せず、黙ってくれていたんだ。叔母さんにも言えただろうに。


「いつからだ」


「お兄ちゃんが、初めて干し肉を持ち帰ってきた時から」


「じゃあなんで!」


「言えなかったの」


 そう言いながら、彼女は鉄格子をぎゅっと握りしめ、小さな指先が白くなるほどに力を込めていた。


「悪いことは嫌い。ほんとはすごく嫌だった」


「うん。ごめん」


「でも、お兄ちゃんがわたしのためにやってるって分かってたから、正直に言えなかったの!」


 僕の喉が詰まる。

 おそらく彼女は、僕を責めているわけではなかった。

 ただただ、悲しんでいたのだ。

 初めから気づいていたのに、僕に言えなかったことを、ずっと後悔しているようだった。


 彼女の「ほんとはすごく嫌だった」。

 その言葉に、僕の胸の奥で何かが音を立てて崩れた。


 『妹のため』


 その言い訳を、僕はずっと握りしめていたつもりだった。でも本当は、途中から違ったんだ。

 盗むことそのものに慣れ、うまく盗むのもウェインと競うのも楽しくて、段々と妹のための盗みではなくなっていた。

 今さら気づいたところで、もうあの頃には戻れない。


「ごめん...っ」


 声が震えた。そしてもう一度。


「ごめんな。アリーシャ...」


 涙は、一度こぼれると止まらなかった。

 かつて、僕の盗む手がそうだったように。

 止めようと思っても、止まらないのだ。


 その様子を見て、彼女は何も言わず、ただ鉄格子の向こうからそっと手を伸ばしてきた。


 けれど、その手は届かない距離で止まる。

 その届かなさが、ひどく罰のように思えた。


 なぜ忘れてしまったんだろう? 

 こんなにも近くに、護りたくて失いたくない存在がいたということを。


 そんな彼女の手を、僕は取ることができなかった。

 再び目を伏せて、床を見つめることしか。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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