第52話 『COLLEGIUM』
それから少しして、僕たちはとある建物の前で足を止めた。
そこに建っていたのは、周囲の家々よりもひと回り大きく古びた石造りの建物だった。
灰色の石を積み上げた三階建てで、屋根には黒い石板が敷かれている。
正面には太い柱に支えられた入口があり、その上には古びた木の看板が掲げられていた。
そしてその看板には、剣と盾を重ね合わせたような紋様と、ギルドを示す文字が刻まれていた。
『COLLEGIUM』と。
一階の小窓から、中の様子が少しだけ見えた。
左の窓からは、酒場の女店員が酒を作っている様子。
右の窓からは、冒険者たちが酒を酌み交わす様子。
(ん? ギルドなのに酒場...?)
「ここ、酒場の間違いじゃないのか?」
「言い忘れたが、ギルドには酒場も併設されている。冒険者が酒を酌み交わしながら、次のダンジョン攻略の作戦会議をしたり、魔物の情報交換をしたりするんだ。ここには朝から晩まで、ひっきりなしに人が集まる。ギルドってのは、そういう場所なんだ」
「ふーん」
「それと、ギルドには有望な冒険者の噂を聞きつけたヘッドハンターが、自分たちのパーティへ引き抜くために待ち伏せしていることもあるんだ」
ヘッドハンター。
おそらくクルエルみたいに、見込みのある奴を『スカウト』する人のことだろうか。
そうに違いない。
「意外にも、面倒そうな場所なのね。ギルドって」
窓から見える光景を目にしながら、ティエラは言う。
「あぁ。実際、ギルドでは面倒なことが多く発生する」
そう言いながら、クルエルはギルドの扉をゆっくりと押し開けた。
「すげぇ...」
思ったことが、つい口から漏れてしまった。
小窓からはあまり見えなかったけれど、朝だというのに店内は人で溢れ返っていたのだ。
誰かが椅子の上に乗って大声で笑い、別の誰かは仲間と肩を組みながら何かを喜んだり。
木杯を打ち鳴らして何かを飲んだり。
右奥の卓では地図を広げた冒険者たちが、次に向かう場所について話し込んだりもしていた。
そして左側にあるカウンター近くでは、酒場の若い女店員が、酔った冒険者の軽口を笑顔で受け流しているようだった。
酒の匂い。
肉の匂い。
それと汗の匂い。
そのさまざまな匂いが渾然一体となって、僕の鼻の奥を突き、思わずむせ返りそうになった。
この光景を目の当たりにしたティエラが、キョトンとした顔で言葉を零す。
「なんだか、無法者の巣窟って感じね」
その言葉に、クルエルは少しだけ目を細め、奥へ向かって歩き始めた
――その瞬間だった。
僕たちが奥へ歩くにつれ、周囲の喧騒が少しずつ、潮が引くように去っていくのだ。
さっきまで響いていた笑い声が止まり、木杯を打ち鳴らす音までも止まった。
僕たちが歩くたび、長年の油と酒を吸った古い床板が『ギシッ』と軋む音だけが、空間に大きく響いていた。
(んなんだ? この空気は...)
不思議に思い辺りを見渡すと、全員が皮膚を刺すような冷たい視線で、僕たちを睨んできていた。
いや正確には、クルエルをといったほうが正しいかもしれない。
そんなことを考えていると、前を歩くクルエルが急に足を止めた。
なぜだろうと不思議に思い、クルエルの背後から顔を覗かせると、クルエルより少し背の高い男が、僕たちの前を塞ぐように両腕広げて立ちはだかっていたのだ。
口元を隠すほどの豊かな髭。
肩幅の広い体に傷だらけの革鎧。
クルエルよりも長く冒険者をやってそうな風貌。
見た目だけなら、クルエルの数倍は強そうに見えた。
唾を飲み込む音さえ響きそうな静寂と緊張に包まれ、胸の奥が締め付けられているようだった。
クルエルはその男を真っ直ぐに見据え、重々しくも含みを持たせた声で言う。
「なんのつもりだ? お前...」
そう言って、二人はしばらく無言で見合っていた。
ややあって、男は広げていた腕を下ろした。
そして足元に視線を落とし、言葉を吐き捨てた。
「......クソがっ!」
クルエルとの間に、何があったのか。
正直、僕には分からない。
けれど、今のでこれだけは分かった。
『クルエルは冒険者に嫌われている』
聞かずとも、この状況を見れば分かることだった。
その後僕たちは、再び歩き出した。
周囲からの視線がずっと刺さったまま。
奥の間にあるギルドの受付に向けて。
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