第46話 『玉の氷棘』
僕は家の中へ駆け込み、階段を上がった。
そして、二階の窓から顔を覗かせた。
クルエルは道の中央に立ち、僕が精製した剣を片手に構えていた。
いや構えているというより、ただ自然に持っているといったほうが正しいかもしれない。
少しして、家々の隙間からナシランハイエナが一匹、二匹、三匹、四匹、、、、十二匹と現れた。
僕の見える範囲だけでも、そのくらいはいた。
奴らはクルエルの逃げ道を塞ぐように、じりじりと距離を詰めていた。
僕は窓越しからその光景を見つめ、一度息を呑んだ。
たしかに魔物の数には驚いたが、僕はそれと同じくらい驚くものを目にした。
「なんだあれは!?」
周囲を囲むように、数え切れないほどの氷色の粒が、そこかしこに散らばっていたのだ。
本当に小さかった。
遠目からだと、朝の光に舞う雪の欠片にも見えるほどに。
けどここはダンジョンの中。
雪が降るような空ではないし、降るわけが無いと。
そう思った。
ナシランハイエナたちが警戒しながら近づいていく中で、クルエルはその場に胡座を掻いて座り始めた。
「何やってんだクルエル! 魔物がすぐ側まで...」
そう言いかけると、魔物が畳み掛けるように、クルエルへと一斉に飛びかかった。
僕はその光景から、反射的に視線を下へ逸らした
――その瞬間。
クルエルが短い言葉で、息を吐くように呟いたのだ。
「玉の氷棘」
飛びかかった魔物の周囲に散らばる氷色の粒が『ドンッ』と大きくなり、棘を持つ氷の球へと姿を変えた。
突出した棘は、飛びかかった魔物たちの身体を無数に突き刺し、奴らは『グウェ』と変な呻き声を漏らした。
ナシランハイエナたちは、縫い止められるように空中で動きを封じられた。
だが奴らは、腹を貫かれ脚を裂かれ、それでもまだ噛みつこうとしていたのだ。
クルエルはゆっくりと腰を上げ、それから身動きの取れない奴らの首に、次々と白刃を入れていった。
『バサッ』『ドサッ』
『バサッ』『ドサッ』
『バサッ』『ドサッ』
その音だけが、僕の鼓膜で執拗に繰り返された。
地面に転がっていく死体は、やがて輪郭を崩し、肉も骨も灰のような粒へと変わっていった。
その粒は空へと舞い上がり、暗灰色の空に溶けて消えた。
僕は階段を駆け下り、すぐに家の外へと飛び出した。
「やるじゃねぇ・・・「何してんだ、イザヤ」
「何って、魔物は全部倒したんだろ?」
「まだ終わってねぇよ。どこかにボスがいるはずだ」
その一言で、僕の足は止まった。
こいつらは、遠吠えで仲間を呼び寄せる魔物。
たしかにクルエルは、そう言っていた。
だったら、あの場にボスも居たんじゃないのか。
「あの場にボスが居ないって、なんで分かるんだよ」
「ここへ来る前にも話したと思うが、ボスは討伐証を落とすんだ。こいつらが死んだ跡をよーく見てみろ」
そう言って、クルエルは剣で足元を示してきた。
「どうだ? 討伐証なんて、どこにも落ちてないだろ」
クルエルの言ったとおり、辺りを見回しても討伐証なんか落ちていなかった。
残っていたのは、暗赤色の生温い液体だけ。
――そのとき。
屋根の上で、『ガリッガリッガリッ』と瓦を踏み締めて走る音がした。
僕よりも速く瓦を蹴るその音に、僕は耳を奪われた。
「今すぐ隠れていろ」
クルエルはそう言って、地面を強く蹴り上げ、屋根の上へと飛び乗った。
僕は言われるがまま、再び家の中へと駆け込んだ。
今度はクルエルが飛び乗った屋根とは反対側の家に。
だから、窓からクルエルの姿がよく見える。
クルエルは剣先を下げ、空を見上げていた。
僕も同じく空を見上げたが、暗灰色の雲が空を覆い尽くしているだけで、何も分からなかった
やがてクルエルは空を見上げたまま、剣を離した。
僕の創った剣は『カラン』と音を立てて床に落ちた。
僕は落とされた剣を一瞬だけ見てから、クルエルへと視線を戻した。
すると屋根の上で、空の一点を見つめたまま立ち尽くすクルエルの右手から、細長い氷がつくられた。
これがクルエルの持つ、刻印とやらの力か。
おそらく、氷を自在に操れる能力なのだろうか。
そんな事を思いながら、クルエルの見据える先へ視線を移した
――そのとき。
暗灰色の雲を突き抜けて、ナシランハイエナが翼手で空気を叩きながら急降下してきていた。
さっきまでの個体とは、明らかにサイズも雰囲気も違う。
(あんなデカいのと、正面から殺り合う気か?)
そう思いながら、息を詰めて見守った。
魔物がクルエルに迫っていく中で、ようやく手に持っていた氷を押し出すように投げた。
その氷は、魔物と同等以上の凄まじい速さで空を裂いていく。
その魔物は氷の存在に気付いたのか、急降下の途中で減速し、軌道を変えようとしていた。
だがその時にはもう、手遅れであった。
氷は魔物の心臓部を貫き、地へ向かい落ちていった。
そこで僕は気付いたのだ。
腰部辺りに、ボトルグリーンの刻印があることに。
奴が落下していく中で、翼手は徐々に形を変えていった。
膜が縮み、骨格が歪み、やがてさっきまでのナシランハイエナと同じ前脚へ戻っていった
(やっぱりか...)
あの翼は、元々あるものじゃないんだ。
刻印の能力で変化させていたのだ。
「イザヤー! こっちへ来い!」
クルエルは窓から顔を覗かせる僕に、『クイッ』と手招きをしてきた。
僕は誘われるように窓枠に足をかけ、軽く飛んだ。
そして軒先に手をかけ、屋根の上へとよじ登った。
その後僕たちは、魔物が落ちたほうへと走り出した。
「さっきの戦いを見て思ったんだが、俺もクルエルぐらい強くなれるのかな?」
不安に思った僕は、走りながら尋ねた。
するとクルエルは、鼻で笑ってきた。
「愚問だな。今更何を心配しているんだ」
「いや、だって・・・「俺が見込みのない奴を、わざわざ拾うと思ってんのか?」
僕は、その返しに困ってしまった。
一体何をもって、この男は僕のことを見込みのある奴だと思っているんだか。
でも、別に悪い気はしなかった。
クルエルは僕に期待している。
この男にそう思わせるだけのポテンシャルが、僕にはあると分かったから。
「止まれ」
そう言って、クルエルが『ピタッ』と足を止めた。
「これを見てくれ。あいつはここで死んだらしいな」
あの高い距離から落下して、頭が潰れたんだろう。
地面に死体こそないが、石畳に暗赤色の生温い液体が散っていた。
その中心には、薄茶色の巻紙がぽつんと落ちていた。
「これが討伐証か?」
「そうだ」
クルエルは巻紙を拾い上げ、ゆっくりと広げ始める。 僕はその横で、どんなもんかと期待を膨らませながら、広げられる紙を見つめていた。
紙の中央には、ナシランハイエナの姿が描かれており、さらに下には、小さな文字で魔物の説明が記されていた。
【C】
――ナシランハイエナ――
普段は単独で行動するが、獲物を見つけると遠吠えで仲間を呼び寄せる。人間の骨すら噛み砕く顎を持ち、致命傷を負っても襲いかかる獰猛な魔物。
仕留めた獲物を長時間引きずり回し、肉だけでなく骨までも貪り尽くす習性を持つ。
その文字を読みながら、さっきの頭部を思い出してしまい、少しだけ気分が悪くなった。
(なんて野蛮な...)
「どうだ? 凄いだろ。これが討伐証だ」
クルエルはそう言って、薄く笑みを浮かべた。
正直なところ、こんな紙切れが何故、ギルドで金に換えられるのか見当もつかない。
「なんでこんな紙切れが、金になるんだよ」
「討伐証はな、王侯貴族や豪商といった一部の金持ちコレクターが集めているアイテムなんだ。だから冒険者は、金の為に死の危険を冒してでもそれを取りに行くんだ」
つまりは冒険者と金持ちの利害が一致していて、ギルドはその取引を円滑にする橋渡し的存在というわけか?
だからギルドは、この巻紙を買い取ってくれるのか。
僕にはまだ、命を懸けてでも討伐証を取りに行きたくなる感覚は分からない
――けれど。
必要なモノなら、人は危険なことでも何だってやる。
それは僕にも、少しだけ分かる気がした。
だって僕にも、似たような時期があったのだから。
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