第44話 『屋根裏』
家の探索を始めてから、もう十軒は越えていた。
最初のうちは、扉を開くたびに緊張した。
何かが飛び出してくるんじゃないかとか、窓の影に誰かが立っているんじゃないかとか。
そう思いながら、いちいち溜息をついていた
――けれど。
どの家も似たようなもので、人や魔物の気配は何も感じない。
必要最低限の家具に、使われた形跡のない食器。
そして、埃だけが積もった棚。
寝台もあったが、誰かが寝転んだような形跡はなく、髪の毛は一本も見当たらない。
ただ、家の形をした箱が並んでいるだけという、そんな印象だった。
「十軒近く見て回ったが、手がかり一つ見つかってないじゃないか」
「.....」
クルエルは答えなかった。
ただひたすらに、足を動かしているだけで。
「はぁー。子供たちが隠れているんなら、大きな声で呼んだ方が早いんじゃ?」
「それじゃ駄目だ。魔物に気づかれる恐れがあるだろ。敵に自らの居場所を教えるなんて、そんな真似はしない」
一匹も魔物を目にしていないから、存在をすっかり忘れていた。
たしかにそうだ。
大きな声で叫べば、魔物に気づかれてしまう。
しばらくして、クルエルは再び家の前で足を止めた。
そして音を立てないよう扉へ手をかけ、ゆっくりと押し開けながら、中へと静かに足を忍ばせる。
僕とティエラも、続いて足を忍ばせた。
中へ入った瞬間、ティエラが息を殺して囁いてくる。
「なによこの家。さっきまでと違い、人がいないって割には、生活感がありすぎるわね」
ティエラの言う通り、床には布や小物が散らばり、机の上には倒れた木杯が転がっていた。
壁際の棚は半開きで、中身が引っ張り出されている。
まるで、誰かが慌てて此処を探し回ったのか、あるいは逃げる途中で荒らしたみたいだった。
もしかしたら、この家の何処かに息を潜めているのかもしれない。
魔物か...あるいは子供たちが。
ティエラの言葉を耳にすると、クルエルは振り返り、口元の前に人差し指を立てた。
それは、『静かにしろ』という合図だった。
するとティエラが、少しだけ頬を膨らませた
――そのとき。
『ガサガサ...ガザガサ......ガサッ!』と、奥の部屋から何かを必死に探しているような、そんな音が耳に届いた
――だが。
その音を耳にしてもなお、クルエルが息を呑むことはなかった。
剣を抜こうとする素振りもせず、ただ目だけを細め、僕たちに小さく手で『行くぞ』と合図を送ってきたのだ。
僕とティエラは冷や汗をかきながらも、クルエルから離れまいと後を追った。
猫のように足音を殺し、一歩、また一歩と慎重に廊下を進む。
そしてクルエルが扉の横に立ち、ゆっくりと中を覗いた。それから僕たちは、静かに部屋の中へと入った。
けれど、そこには誰もいなかった。
魔物の姿も、子供たちの姿も。あるのは、散らばった布と倒れた椅子、開け放たれた箱だけだった。
「なーんなのよ。誰もいないじゃない」
ティエラが、ほっとしたように言葉を零す。
その瞬間。
今度は、天井裏から『ドタドタッ』という音が、僕たちの鼓膜を揺らしたのだ。
その音は、先ほどの『ガサガサッ」って音とは違う。 何かが天井裏を移動している音のようだった。
「この上に、何かいるな」
クルエルが、小さく言う。
それなのに僕は、緊張で喉の筋肉が強張り、唾すらもうまく飲み込めなかった。
当然、声を出すことは出来なかった。
僕とティエラは、ただ静かに天井を見上げていた。
すると、その天井裏から小さな声が聞こえてくる。
「もっと・・・・・よ」
「今動いたら・・・・・・・よ!」
「.....」
「.....」
「.....」
途切れ途切れで、よく聞き取れない。だが、微かに聞こえるその声は、間違いなく子供の幼い声だった。
(よかったぁ...)
そう思いながら、僕はクルエルに視線を移した。
緊張はわずかに緩んでいるようだったが、完全に警戒を解いたわけではなさそうだった。
それは、剣に添えられたままのその手が、何よりの証拠だった。
「誰かいるのか?」
クルエルが、部屋の中に響く程度の声で言った。
とたんに、天井裏の音が『ピタッ』と止まる。
「......隠れていることは分かっている。俺はお前たちを助けるために来た。下まで降りて、話を聞かせてくれないか?」
その言葉のあと、天井から再び『ドタドタッ』と何かが動く音が聞こえてくる。
どうやら、言葉が通じているようだった。
少なくとも、人に化けている魔物ではなさそうだ。
やがて、部屋の隅の天井板が『パカッ』と外れ、そこから縄梯子が下ろされた。
その縄梯子を使って、二人の子供が降りてくる。
一人は僕と同じくらいの背丈で、カッパーブラウンの髪をした少年。
この家でずいぶんと身を潜めていたのか、服には埃がビッシリとついていた。
その少年に続いて、今度は同じ髪色の少女が降りてくる。彼女は少年よりも背が低く、縄梯子を降りる手が少し震えていた。
この子たち、雰囲気がよく似ているし、恐らく兄妹なのだろうか。
直後、少年が床に膝をつけ、クルエルへ深々と頭を下げる。
「ごめんなさい! てっきり、魔物が入ってきたのかと思って......」
「別に気にすることはない」
クルエルは、落ち着いた声でそう言葉を返した。
「しっかり身を隠そうとするなんて大したもんだ。よければ、お前たちの名前を教えてくれないか?」
「ムシュキって言います。そしてこっちが、妹のジェナです」
少女は紹介されると、僕たちに小さくお辞儀をした。
「このダンジョンへ来たのは、お前たち二人だけか?」
その言葉に、ムシュキは下を向いた。
拳を力一杯握りながら、震えていた。
「いいえ、兄貴も一緒でした」
「兄貴?」
「はい。僕たちを魔物から逃がしてくれて。多分今も、どこかで戦っていると思います」
とたん、クルエルの顔が少し険しくなった。
「魔物はどんな奴だったか、確認したか?」
「それが逃げるのに必死で、ちゃんとは...」
「あたし、見たよ」
横にいたジェナが、そう言って小さく手を上げた。
すると全員の視線が、一斉に彼女へと向き始める。
「一匹だけだったと思う。狼みたいなの。なんか、オォーゥって、変な声で鳴いていたの」
それを聞いたクルエルの表情が、さらに曇った。
知っている魔物だったのかもしれない。
「それは本当か?」
ジェナは、少し自信なさげに頷く。
「うん、たしか...」
「となると、その狼ってのは、恐らくナシランハイエナのことだろう」
「ナシランハイエナ?」
僕はすぐに尋ねた。
分からないことがあれば、すぐクルエルに聞く。いつの間にか、それが僕の中で当たり前になりつつあった。
「この魔物について説明するが、この場にじっとしていては、気づかれるかもしれん。だから、歩きながらだ」
「あぁ分かった」
クルエルは子供達に一度視線を移し、ゆっくりと歩き始める。そうして僕たちは、再び家の外へ出た。
暗灰色の空の下、空っぽの街は相変わらず静まり返っていた。しかし、その静けさとは裏腹に、僕の胸の奥では不穏なざわめきが満ちていた。
なんだがよく分からないが、とても嫌な出来事が、僕たちを待ち受けている気がするのだ。
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