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灰雪のベルクレア  作者: 村井 世那
旅立ち編②
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第41話 『寄るべき場所へ』

 

「イザヤ、いつまで寝てるの!」


 耳元に飛び込んできた声で、僕は寝台の上で跳ねるように目を覚ます。


 目を開けた瞬間、ぼやけた視界いっぱいにティエラの顔があった。彼女は朝から信じられないくらい元気で、こっちはまだ頭の半分が毛布の中に沈んでいるというのに、彼女の声だけはやけにはっきりしていた。


 たしか小さい頃、アリーシャにもよく起こされていたっけな。こんな感じで。


「うるさいなぁ。もう少しだけ寝させてくれよ...」


「何よぉ。起こしてあげたのに」


「あぁ、分かったよ。起きればいいんだろ」


 僕は重い瞼を擦りながら、寝台の上で上体を起こした。


 客間には朝の薄い光が差し込んでおり、窓の外では、村の誰かがもう動き始めているのか、遠くで桶の水が揺れるような音が耳に伝わってくる。


 僕の横では、クルエルがまだ寝ているのか、とも思ったが、そこにクルエルの姿はなかった。

 僕は再びティエラに視線を向け、そして尋ねる。


「あれ? クルエルは何処に?」


「あの人なら、村長さんと応接間で話をしているわ。直に終わるらしくて、起こしてこいって言われたのよ」


「そういうことか。なるほどな」


 壁に掛けられた時計は、朝の六時頃を指していた。


「.....」


 まだ六時じゃないか。

 クルエルは何を考えているんだ。


「いくらなんでも、早すぎないか?」


「知らないわよ。私だって、起こしてこいって言われただけなんだから」


 そう言葉を発しながら、ティエラは肩をすくめた。


 僕は寝台から降り、軽く髪を整えてから客間を出た。


 廊下には、木の家らしい乾いた匂いが漂っており、昨晩の暖炉の熱がわずかに残っているのか、壁際だけがほんのり温かかった。


 そして扉の前へ立ち、『トントンッ』と軽くノックをすると「入れ」という言葉が奥から返ってきた。


 そう言われるがままに、僕が扉を押し開くと、中には、カルロ村長とクルエルが向かい合うように座っており、机の上には湯気の薄れた茶器が置かれていた。


 どうやら、僕が起きるよりずっと前から話していたらしい。こんだけ朝早くから話し合わないといけないほど、重要な話なのだろうか。


 いや、どうせ他愛のない昔話に再び花を咲かせているのだろう...と考えた直後、カルロ村長は僕を見て、穏やかに目を細めた。


「少年よ。あの後、ぐっすり眠れたか?」


「はい。村長に話を聞いてもらったからか、よく眠れました」


「そりゃあ、よかったのう」


 村長は口元を緩めながら、ゆっくり頷いた。

 そして、満更でもないといった様子で、満足げに膝を叩き始める。


「また何かあれば、いつでも訪ねてきなさい」


「はい。ありがとうございます」


 そう言葉を返すと、今度はクルエルが僕に言葉を掛けてくる。


「それはそうと、イザヤ。すぐにここを出発する。寄るべき場所ができたんだ。とっとと着替えてこい」


(そんな急に告げられてもなぁ...)


 なんてことを思ったが、大人には大人の事情があるのだろう。


「分かったよ」


 そして僕は、応接間を出て客間へ戻った。


 寝巻き代わりにしていた服を脱ぎ、旅の服に着替える。それから、ベルクレアの牢で創ったダークグレーのフーデッドコートを羽織り、今度はティエラと一緒に応接間へと足を運んだ。


「クルエル。出発の準備できたぞ」

「私も行けるわ」 


「よしっ! じゃあ出発するぞ」


 そうして僕たちは、カルロ村長に見送られながら玄関へと向かった。


           ***


 ――玄関扉の前。


「村長、ありがとうございました。また何かあれば、よろしくお願いします」


 そう言って、クルエルが頭を下げる。

 そして僕とティエラも、それに倣って頭を下げた。


「ありがとうございました」

「お世話になりました」


 カルロ村長は、少し寂しそうにも見える笑みを浮かべ、「また、皆で来なさい」と言ってくれた。


 その言葉が、不思議と嬉しかった。

 そんな約束ができるほど、僕たちの旅が安全なものじゃないという事は百も承知だ。


         ――それでも。


 そう言ってくれる場所があることは、僕たちにとってかけがえのない救いになる。


 自分たちを歓迎してくれる場所が、この【世界】のどこかに少なからず存在しているのだと。

 そう思うだけで、安心して旅ができる気がした。


 そうして僕たちは、先ほどクルエルの語っていた『寄るべき場所』へと向けて、セロ村を後にした。


           ***


 村を離れてから、しばらく歩いた。


 朝の空は白く霞み、地面にはまだ夜の冷たさが残っている。


「はぁぁぁ...さむっ!」


 横でティエラが、そんな声を零した。

 見れば、彼女は両腕を抱えるようにして摩っていた。


 彼女の白を基調にした服は、見た目こそ綺麗だが、どう考えても朝の冷気には薄すぎる。


 それに布が薄ければ、白だろうが黒だろうが寒いものは寒い。僕は、彼女が寒そうにしている姿を見て、放っておけなくなった。


「ティエラ。コートいるか?」


「うん。ありがとうっ!」


 ずいぶんと早い返事。

 おそらく、僕がそう言うのを待っていたのだろう。


 僕は苦笑しながら右手を軽く上げ、掌を開いた。


 とたん、右手を覆うカシミヤの指無し手袋の縫い目の下が、真紅色に滲む


         ――次の瞬間。


 掌の上に淡い銀色の粒子が、見えない糸に引き寄せられるように集まり始める。

 粒子は揺れながら重なり、やがて一枚のロングコートへと姿を変えた。


「ほら。これ羽織れよ」


「.....」


 ティエラはコートを見たまま、すぐには受け取らなかった。なにか不満があるかのように、僕の方を『ジッ』と睨んできたのだ。


「......んどうした、ティエラ。早く羽織らないと風邪引くぞ?」


 そう促すと、彼女は渋々といった様子でコートを受け取った。


「...はい、どうも」


 その声には、なんだか少しだけ棘があった。

 鈍感な僕には、その理由が分からなかった


         ――けれど。


 コートを広げた瞬間、彼女の表情が嘘のように変わった。


「なに、これ...!?」


 彼女は端から端まで視線を走らせ、目を大きく見開いた。


「どうしたのよ、このコート」


「お前に似合いそうなデザインにしたんだ」


 そう言うと、ティエラはまたコートの全体を見渡した。


 コーンフラワーブルーを基調にした、北方風のロングコート。細身の形だが、動きにくくならないように裾には余裕を持たせてある。そして、歩けば布が後ろへ流れるように、軽さも意識した。


 袖口、裾、胸元には銀糸の刺繍を入れ、雪の結晶や北方の植物を思わせる細い模様を


         ――ただし!


 派手すぎないように抑えている。なぜだか、ティエラにはそういう静かな華やかさの方が似合う気がしたから。


 だって彼女は、雲の上に住んでいるような人間。

 どうせなら、ちゃんと気品のある格好でいてほしかった。


 ティエラはしばらく眺めたあと、片腕ずつ袖を通した。


「あったかい」


 彼女は小さくそう呟いた。

 それから少しだけ目を伏せ、「ありがとう」と感謝を僕に伝えてくれた。


「それならよかった。もっと寒くなったら、腰のベルトを締めろよ。冷気が入りにくくなるから」


「...うん」


 ...てっきり僕は、いつもの調子で「そんなこと、知ってるわよ!」なんて言葉を返してくるかと思ったが、今の彼女は、人が変わったのかと錯覚してしまうくらいに、とても大人しかった。


 その様子が、なんだかアリーシャに服を着せている時みたいで、僕は少しだけ、胸の奥が柔らかくなるのを感じた。


(いつも、この調子だといいんだがなぁ...)

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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